紅金
「周囲を完全に囲まれた岩の壁。固い岩盤を通る、先の見えない洞窟には仕掛け。周囲から見えにくく、一方的に攻撃を加えることの出来る監視台。そして、中に入った時に感じる違和感。固すぎるほどの守りだな」
洞窟を抜け中に入ってしまえば、火山口にも似た巨大なすり鉢状の空間には日が差し、のどかな村の風景が広がっている。差異と言えば、所々から上がる煙が煮炊きの煙ではなく鍛冶の煙で、そこらを歩き回っているのが、やや背の低いドワーフ達と言うだけだ。
しかし、見る者が見れば堅牢鉄壁の要塞にもなる空間。それがドワーフの里だった。
「あんまり言いたくは無いんだけどね、過去、私達ドワーフは他の種族から攻撃を受けていた時期があったの。現在はそう言った事も少ないんだけど、もはや本能の領域なのかしらね。自衛意識が高いのよ」
「別にこちらも攻撃を仕掛けに来たわけではないからな。ただ単純に感心していただけだ。しかし、守るには理想的と言っても良いんじゃないだろうか。特に少人数で守るなら、ここに勝る環境は無いと言っても良いだろうな」
「褒めて貰っているって事かしら?」
「ああ、素晴しい対策が出来る土地だ」
敵意さえ向けられていなければ安心を覚えるのだろうが、そう内心では思ったがそれを口に上げたりはしない。アルトは、周囲からの狙撃を避けるように、動きに緩急をつけ、馬の体格を利用し死角を作る様に歩いていった。
直接的な殺意ではないが、圧迫感を覚えるような敵意がまとわり付いてくる。安全確保をしておいて損は無いだろう、過去感じた事の無い違和感のようなものも感じる。その違和感は、周辺環境から来る感覚だけではないはずだ、何らか別の要因がある。それが何かまでは分からないが。
「用心は必要さ。砦にしても里にしても、人にしても」
「ベルゲインさん。お客様よ」
「マルゼフか、久しぶりだな」
炎火に向かい、全身を黒く焦がしたドワーフの男は、振り向きもせずに応えた。腕には無数の火傷の痕が見え、濃い髭の下にも幾つか深い傷が見える。長年鍛冶に携わってきた者の証明、そして誇りだろう。
「マリッカよ、マリッカ」
「ふん!まぁ良い。客なんぞ寄越した所で無駄と分かっているだろうに。つまらん事にしかならんぞ、お互いにな」
「アルトと言う、この刀を見てくれ」
アルトが腰から刀を抜き、目の前に突き出す。そこに眼を向けた瞬間、ベルゲインと呼ばれた男の顔色が変わった。
「これは……刃色が出ているだと。単純な鋼か、単純な鋼でここまで、ここまで」
「水入り刃金、鉄をひたすら叩き鍛えて精錬した物。恐らく、鉄を使った武器では最高峰の系統だろう。形式としては、だがな」
「そうだろうな、作った奴の心は乱れてやがる。この鋼と武器としての完成度、そして作った奴の技量は大したものだ。しかし、悩みながらでは……刀と言ったか、駄作になっている」
アルトは、刀の柄を外し茎を見せる。
「ここに作り手の名前が彫ってある。銘を切ると言うが、ここに入っている銘は製作者本人の物ではない」
「偽物」
「そうだ、名工と呼ばれた男の名前が彫ってある。しかし、明らかに作り手は違うそうだ。金の為か、もしくは他に理由が在ったのか、それは分かりかねる。しかし、悩んでいたと言うのならそうなんだろうな」
彫られた銘は山浦真雄、新々刀時代の名工。新々刀にも拘らず、古刀の様な趣を持ち、実戦本意の荒刀。偽作としてこれを作った作者も、目指していた物はそこだろう。既に実戦での使用をこなし、十分な強度と切れ味を示している。しかし偽物は偽物。
「だが、もう使えない。これほどの地金を持ち、硬軟取り合わせた素材から作られた物であろうと、芯が折れては」
「そうだな、刃切れは完全に中まで通っている。実戦には耐えんな」
「そうだ、だから名工の腕を持つと言うドワーフの鍛冶師に武器を作ってもらいたい」
「これと同じ物をか?」
アルトはゆっくりと首を振る。
「いや、これはあくまでも例として持って来ただけだ。似た様な形で使える物が欲しいが、同じ物を求めるわけではない」
アルトは柄を付け直し、刀を腰に戻した。刀が鞘に戻る音が響き、暫くは静寂が流れた。
「無理だな」
ベルゲインは、一言で応えた。その答えはアルトも予測していた様だ。同様は見えない。
「理由を聞いても良いか」
ベルゲインはアルトの顔を指差す。
「お前の両の耳につけている耳飾。それは意思疎通を可能にする物だ、それは無論呪式による物だが、何故そんなことが出来ると思う?」
「皆目見当も付かん。ドワーフの手による物との説明は受けた、俺自身も呪式は学んだ。しかし、それがどうやって行われているかは、分からないままだ」
ベルゲインは立ち上がり、釜の火を落ち着かせる。手を軽く叩き合わせて、手袋を外すと腰を伸ばした。
「説明してやろう、茶でも飲むか」
釜の横に薬缶を置くと、ベルゲインはアルト達に座るように促した。
「そうだな、如何説明すれば良いのか。その右耳に着けている物と、左耳に着けている物、それは性能がかなり違うな」
アルトは右耳に着けた飾りに触れる、それはバドウィックさんから譲り受けた物だ。そして、左耳に着けたやや赤みの深い飾りに触れる。こちらは、城に来てからフレッドから礼品代わりに貰った物だ。会話は勿論、言語の理解が読み書きにも及ぶ高級品、かつて国家でも宝とされた、速読をも可能にする逸品。
「ああ、おかげで色々な面で助かっている。こちらを貰ってからは、実に便利に活用させてもらっている」
「その2つの品の性能差、それは何処から来ると思う」
「作った者の技量の差ですか?呪式の刻印には、それを彫る者によって差が出来ると聞いていますが」
バイエルラインが答える。彼の感覚でいえば、武器などと同じように名工の作る物が高性能なのは当然の感覚だ。
「無論それもある。しかし、刻まれている刻印は、つまり呪式円は基本的には同じ物だ。ならば、何故そんなに差が出来ると思うね?」
「つまり…腕以外の所、材質か?」
アルトの指が、左耳の飾りに触れる。明らかに装飾も違い、全体としての緻密さや均整に大きな差があるのは判る。それ以上に、素の材質に違いがあるのも一目でわかる。
「そうだ、その赤み。それこそが、神が我々に与えたもうた金属だ。紅神アルケオスが与え伝えた金属、アルケオニムと言う」
「アルケオニム」
「そうだ、呪式との高い親和性を持ち、概念の域にまで高める事が出来る唯一の金属。そして、非常に高い硬性、弾性、衝撃耐性を持ち、武器として利用すれば非常に高い機能を持つ。お前の望むような武器を、お前さんが望む様な性能が欲しいのならば、必要不可欠」
「そのわりには、簡単に貰えたものだな。素材として優秀ならば、再利用も可能ではないのか?」
右耳に着けているバドウィックから貰った飾りに触れる。確かに、王城でフレッドから貰った物よりも薄くではあるが、こちらにも赤みが差している。
「一度何等かの形にしてしまうと再利用ができないと言うのも特性だからな。1回きりの勝負だ、そして、中に含まれる量が増えれば増えるほど、加工の難しさは加速度的に上がる。そこまで赤い物は、ほぼ純品と言っても良い」
「つまり、原石なり何なり、素になる物を持ってこなければならないと言う事か」
「いや、原石はここで採れる。と言うかな、ここでしか採れん」
「それじゃあ話は早いじゃないですか。ここで採れるのならば、作っていただければ」
バイエルラインは嬉しそうにそう言ったが、それを遮るようにベルゲインの声が掛かる。
「さっき無理だと言っただろう。無理だ」
「理由は?」
「確かに、原石はここにある。しかし、その採取は出来ない。そう言う事だ」
「何故だ?」
「番人がいるのさ。押しかけ番人がな」
「番人…」
ベルゲインは深く頷くと、重々しく答えた。
「近づけば……殺される」
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