そそり立つ岩壁
「見えたわよ」
先を行くマリッカが声をかけるので、その視線の先を見ると、不思議な光景が広がっていた。
「しかし、変わった地形だな」
「まぁ、幾つか理由があってね」
広い広い平原に、いきなり急角度の山がそびえる。いや、山と言うよりは巨大で鋭い頂を持った岩塊、それが平地の真ん中に鎮座している。
更に遠くには同じような山並みもあるが、明らかに仲間はずれの様に、山の頂だけを平地に移動させたような、違和感を覚える風景が広がっていた。
「思っていたよりも、小さいんだな」
「そうねぇ、ドワーフの数自体も少ないからね、あんなものよ」
「そうなのか、鍛冶をするには鉱石なども必要だと思うが…それもあそこで採れると言う事ですかね?」
「まぁ、その辺りも行って見ればよく分かるわよ。ちょっとしたお楽しみって所ね」
「そうしますか」
「それにしても、結局バイエルラインちゃんは保たなかったわね」
オーザムの町で依頼は取れなかったが、その次に寄った村でも依頼らしき物は無かった。やはり、先に通った人間が厄介事を片付けて行ったらしい。
その結果、直接のアルトの訓練を休み無く受けたバイエルラインは、今朝完全な限界を迎えた。今は、マリッカの荷物と共に馬に掛けられた状態になっている。
「よくもった方です。元から無理だとは思っていました」
「あら?そうだったの」
「ええ、よくやっています。俺などよりよほど才能がありますね。楽しみですよ」
「うふふ、いいお師匠さんね」
アルトは、やや気恥ずかしげに目をそらすと足を止めた。
「あら?どうしたの」
「少し時間をください」
「ええ、良いわよ」
アルトはその場に座り込むと、瞬時に寝息を立て始めた。少し戸惑ったマリッカだったが、馬から下りて休憩をしようと用意を始めた。固形燃料と薬缶で湯を沸かし始める。
しかし、その用意も終わらぬ内にアルトは目を覚ました。
「お待たせしました」
「あら?もう良いの」
「ええ、少なくとも集中力は回復しますしね」
「それじゃあ、お茶だけでも飲む?もう入れ始めているから」
「そうですね、頂きましょう」
2人はお茶を飲むと、出発しようとした。僅かながら残っていたお湯を、マリッカが捨てようとすると、アルトが呼び止めた。
「ああ、それちょっとください」
言われるままにアルトに薬缶を渡すと、寝ているバイエルラインにその湯は注がれた。
「起きろ。目的地までは直ぐだぞ」
熱湯にのた打ち回るバイエルラインを見て、マリッカは呟いた。
「いいお師匠?」
「顔だけでも拭いておけ、ついでに水分も補給しておけよ。非常食も適当に腹に入れておけ」
バイエルラインに手ぬぐいを投げてよこすと、アルトも水分と糖分の補給を終わらせる。既に、お茶を飲み幾分かの水分補給は済んでいるので、水飴を卵膜で覆った物を食べ、残っていたスープを飲み干す。
水筒の水で顔を洗い、軽く刀を見ると、アルトは歩き出した。
「あそこまでなら、後四半刻。さっさと行きますか」
「そうですね」
「バイエルラインちゃん、動じないのね。慣れてるの?」
「ちゃん付けは止めてください。師匠になるべく心は平静に保つようにと言われていますので」
「そう、それは良い事よね。ただ、まぁその動揺を与えているのもその師匠だけど」
「試練だと思っています」
「あらあら、まるで惚気ね」
「俺が好きなのは女性ですが?」
「師弟揃って冗談は通じないのね…」
少なくともアルト本人は、軽口を良く叩いている自覚があるのだが、それが他人に伝わりにくいのは、本人の自覚とは別問題である。
「天然の要塞ですか」
てっきり山の周りにあると思っていたドワーフの里は、その岩の中にある様だ。岩肌には洞窟が開いており、中で曲がっている様で、その先は見えていない。しかし、奥からの風の流れがあると言う事は、奥が開いているか、どこかに抜けていると言う事だろう。
「損な物騒な物じゃないわよ。入里制限はあるけどね」
「制限?」
「1回に5人まで。それ以上は入れないし、入れないわ」
「なにやら面倒な事ですか?」
「まぁ、そのあたりも説明してあげるわ。でも、まずはいらっしゃいね。ドワーフの里へ」
洞窟に入り、2つ角を曲がると中は大きく吹き抜けた空間が広がっていた。
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