乱学者
PCがお亡くなりになってしまったため、更新が遅れました。
この土日は多めに更新出来ればと思います。
「依頼が無い?」
ギルドの受付を兼ねている酒場で、アルトは首をひねった。
「いや、B以上の依頼は、と言う事だがね。C級以下ならあるが、推薦付きのB級に振れる様な依頼は無いんだ」
「何で、また。いや、聞いていた限りでしかないんだが、失礼になるかもしれないが支部すらない町などでは、上位の冒険者が少ない事もあって、B級以上の依頼は長期に亘って残る事が多いと聞いていたんだ」
現在いる町、オーザムと言う宿場町と言うにはやや寂れた町だが、ここにはギルドの支部は無い。人数が少ない町などでは、ギルドから認可を受けた宿屋や酒場、もしくは町長の家などが代理にギルドの依頼を受けたりしている。
村のレベルになるとそれすらも無いが、街道沿いの町ならば、大抵は支部か兼業のギルド依頼受付所がある。そして、そう行った所ではある一定以上の依頼は消化されにくい。
「まぁ、普段はそうなんだがな。この間、1週間ほど前に通りがかった冒険者が、一気に終わらせていったのさ。おかげで今は空いている状態だな」
「そうか、それならば良いんだ」
「ああ、悪かったな」
「いや、心配事が無いなら何よりだ」
「ああ、また寄ってくれ。そのときには多分溜まっているから」
やや自嘲的な酒場の親父の言葉を背中で聞いて、アルトは酒場を出る。
「予定が崩れたな」
「如何します?」
「適当に狩るか?」
そう言われ、バイエルラインも少し考えたが、結局首を横に振った。
「幾らなんでも、D級以下なら訓練になりません。C級以上がこの辺りにいる可能性は低いですしね」
「それもそうか」
「如何します?C級が居る可能性に懸けてみますか?」
顎に手を当て考えるアルトだったが、良い考えは浮かばない。希望としては、盗賊団の殲滅などがよかったのだが、まさか何も無いとは予想もしていなかった。
そうこうしていると、横のほうでパチパチと言う音が聞こえる。
「何だこの音?」
「ああ、あそこの子供達ですよ。色火です」
横を見ると、焚き火に砂をかけている子供たちが居た。かけられた砂は、火に当るとパチパチと音を立てながらピンク色の火花を散らしている。
「何種類かあるんですが、おがくずか何かに粉を混ぜて置いた物だそうです。燃えると綺麗な色を出すので、暗くなると子供が遊んだりするんですよ。俺も良く、色街から拾ってきて遊んでました」
「色街?」
「何でか分かりませんが、色街では良く燃やされてますよ。いっぱいあるので所々に落ちてるんですよね」
ちなみに色街で燃やされている理由は、ピンク色の発色が艶めいているので、客引きなどのために大店が利用しているからだ。
「ん?…ピンク色の炎色反応」
何かに思い付いたかのように考え込む、少し半眼になり、遠くを見つめるように思考を探る。
「後は、紫とか緑とか、濃い黄色なんかもあります」
「ピンクや紫の炎色反応…硝石!あれは硝石か」
「なんです?それ」
「どう言えば良いのか…簡単に兵器に転用できる物の主材料とでも言えば良いかな。言ってしまえば、爆発の呪式を知らない者でも似たような効果を出せる物の材料の一つだ」
「それって凄いじゃないですか」
硝石・硝酸カリウムは言わずと知れた黒色火薬の材料の一つだ。殆どの配合の黒色火薬で全体の7割から8割を占める主材料といって良い。黒色火薬は、多少の差異はあれ硝石と硫黄、そして木炭の混合物である。
「あそこの子供達に話を聞いて見るか」
「そんなことしなくても、売ってるのはあそこですよ」
通りの少し先を見ると、一人の男が道端に座っていた。
青年は知っていた。自身が決して無能ではないと知っていた。しかし、有能とは思っていなかった。
彼は王都の学院に通っていた、小領とは言え貴族の後ろ盾があり、学ぶ機会が与えられた。しかし、彼の成績は低く、更には地方で行われた学士試験にも落第した事で、卒業を前にして支援を打ち切られた。
試験に落ち、貴族から見放されたとは言え、途中まで学院に通っていた男は王都で職につくことはできた。全体的に教育を受けた人間は不足している、中退とは言え、引く手は数多有った。
しかし、仕事を投げ出し個人的な趣味の文章ばかり書いていた彼は、早々に退職を余儀なくされた。と言うよりも、首を切られたと言った方が良い。そう言った事を幾度か繰り返し、王都での職が絶望的になった彼は、適当に燐棒売りと色火売りをして日銭を稼ぎながら生活していた。
その日も、子供達に色火を売った後、道端に燐棒を並べて軒下で文章を書いていた。
「色火の事を聞きに来たつもりだったが…変わった事をしているな」
「燐棒も売っていますが、色火も置いていますよ」
客の話を無視して、ペンを走らせる彼に、アルトも無視して話を続ける。
「何を書いているんだ」
「10本纏めて買われますと1本おまけしますよ」
勝手に後ろに回りこみ、男の書いている文章を読む。
「言語学…いや、こちらは料理の方法だな」
「こっちは地理についてですね。あとこっちはオムツの上手な洗濯方法です」
「これは軍棋の手についてか?あと占いの方法」
「きのこの栽培方法。石臼に向いた石の産出場所。子供の髪を使った筆」
「地方による屋根の作り方の違い。馬の調教方法。穢れ物から作る特産品」
「槍の穂先の作り方。上手なジャムの保存法」
「何者だこいつ」
「脈絡も節操もありませんね」
勝手に摘んである文章の束を読んだ2人は、そのあまりにも多岐に亘る文章に呆れた顔を見せた。
「お前、推薦してやるから王城で働かないか?」
「働きます」
「あ、直ぐ応えるんですね」
唐突に話しかけたアルトもアルトだが、それに即応する男も男である。
アルトは、自分が持っていた紙に名前と紹介文を書き、男に城門で見せるように言うと紙を渡した。
男も特に言う事も無い様で、その紙を手にすると店じまいをして歩き去っていった。どうやら即座に王都へ向かう様子だ。
歩き去る男を見てアルトが呟いた。
「そういえば名前も聞いていないな」
「今さらですね」
その後は、朝日が昇るまで、アルトのしごきに悲鳴を上げるバイエルラインの声が町にまで聞こえていた。
途中で声を聞いた自警の兵が様子を伺いに来たりもしたが、それ以外はおおむね変化無くバイエルラインの訓練は続いた。
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