淑女の随行
本編です。
アルトが城門を抜け、門前にある繋馬場へ行くと、マリッカさんとバイエルラインが荷物と共に待っていた。
「淑女を待たせるものではないわよ。アルトさん」
「申し訳ありません。ちょっと話していまして」
内心は、淑女と言う言葉に思うところが無かったわけではないが、恩義があり、今から世話になるマリッカに言う事でもあるまいと言葉は飲み込んだ。
横で、バイエルラインは首をかしげているが、それはその言葉そのものにではなく、何時もは相手を気にせず話す師匠が、何で気を使っているのだろうという疑問だ。
「ところで、言われたとおり馬は2頭しか用意していないけど良いの?」
「ええ、俺とバイエルラインは走りますから」
その言葉に反応したのは、マリッカでは無くバイエルラインだった。
「馬が2頭な時点で俺は走るものだと思っていましたが、師匠もですか?」
「そうだ、馬の1頭にはマリッカさんが、もう1頭にはマリッカさんの荷物を載せる。駆足で行って貰わなくてはならないからな。馬の負担は軽減しないと」
「俺たちの負担は軽減しないんですね…」
「軽減どころか…まぁ良い」
ニヤリとほくそ笑むアルトに不吉なものを感じたバイエルラインだったが、今更何かを言っても始まらないと諦める事にした。諦念漂う師弟である。
「仲が良いのは微笑ましいけど、そろそろ出発しましょうか」
「そうですね」
歩き始めた面々だが、流石に街中で馬を走らせる訳にもいかない。マリッカは馬に乗り、それぞれの馬の口を取ってゆっくりと門へと進んだ。
門から出て、人影も少なくなってきた所で、アルトがマリッカに話しかけた。
「そのドワーフの里までは、馬を使っておよそ3日、それは間違いないですね」
「そうね、明後日の夕刻には着くかしら」
現在は、朝の鐘がなってからおよそ1刻、宿や休憩の時間を含めても30刻ほどあれば着くと言う所か。
「ちょうどよい時間ですね」
「何の話です?」
「訓練にはちょうどよい時間だ。なぜか、最近厳しい訓練をする度にメイリンが怒鳴り込んでくるからな、遠慮していた所もあったのが。少しばかり、本気の訓練と行こう」
「あらあら、大変なお師匠さんね」
「いえ、強くなるためですから」
強がって応えるバイエルラインではあったが、今までの地獄のような訓練メニューが遠慮していたと言われ、今回の訓練には内心恐々していた。
「とりあえず、水と保存食を全部出せ。あと金もだな」
「はぁ?まぁ良いですが」
自分の背嚢から、保存食と水筒、それから財布を出したバイエルラインは、アルトの差し出した袋にそれを全部入れる。アルト自身も背嚢からそれらの品を出し、袋に入れて濡れた紙で封印をした。
それを背嚢に仕舞うと、小さな袋を差し出した。手にとって見ると、中には液体が入っている様子だ。
「何ですか?これ」
「塩水に幾つかの成分を混ぜ込んである液体だ。と言うか、出汁の薄い塩分大目の野菜スープと言った所か」
「はぁ、100パト…は無いくらいですか。これを如何しろと?」
「里に着くまで、俺とお前が摂取して良いのはそれだけだ」
「?」
言っている意味が分からないと、首を傾げるバイエルラインにアルトの宣告が突き刺さる。
「本来は完全断食にしたいんだが、お前は初めてだしな。一応の栄養と水分などは取らせてやる。喜べ」
もはや言うべき事もないと天を仰ぐバイエルラインに、更なる条件が示される。
「道中は宿などには一切泊まらない。マリッカさんには泊まってもらうが、その間俺たちは町のギルドで難しめの依頼をこなす。更に、道中は勿論依頼中であっても、俺はお前に不意に攻撃を加える。手加減はしてやるが、討伐系の依頼中なら死に繋がる事も十分に考えられる、気を付けろ」
「いや・・・気を付けろって」
「少量の糧秣で動く訓練と、不眠不休で動く訓練、更に戦闘訓練を同時に行う。無駄な力を使わないように留意しろ、出来なかったら死ぬぞ」
流石に顔を引き攣らせながら、横で聞いていたマリッカがバイエルラインに言う。
「遺言があれば聞いて置いてあげるわよ」
「止めて下さい、縁起でもない」
「では、始めよう。マリッカさんは先行して走っていってください。その後を俺たちは追います」
「分かったわ」
マリッカの乗る馬が走り出すと、バイエルラインは背後から強烈な殺気を感じた。
振り返ると、今にも自分を殺そうとする気配をアルトが発している。
「ついでだ、強烈な殺気や悪意に萎縮しないで動く訓練も同時に行こう」
前を向き、目じりに涙を煌めかせながら、バイエルラインは疾走した。
猛獣から逃げる小動物の気分と言うのを嫌ほど味わい、まさしく逃走と言う言葉が正しい疾走だった。
「涙なんぞで、水分を浪費するな馬鹿弟子が!」
「すいません!」
バイエルラインの左右に、微妙に的をずらして石が飛ぶ。気配に踊らされ、避けると逆に当る位置と言う微妙な位置を飛んでいく。
「相手からの攻撃をよけるのは勿論、遠方から攻撃されぬように常に不規則に動け」
「はい!」
いつの間にか右斜め前方に移動していたアルトから拳が突き出される。何とか急速に方向を変え、更に激しく体をねじって避ける。
「避ける時は次の動きに移る事を考えて避けろ!」
瞬前まで、バイエルラインの顔があった空間をアルトの蹴りが薙ぐ。もはや返事をする余裕も無く地面に転がり、その勢いを利用して立ち上がる。そのまま駆け出すと、そこを狙って投石が来る。
「不規則な動きと言ったろうが、何を馬鹿正直に動いていやがる。天から自分の動きを俯瞰的に観察する様な感覚を持て」
「はい!」
「観の目鋭く、見の目弱く。一点のみに集中するな。全体に集中を配るんじゃ無い、全体を大きな一つとして捉えろ」
前方から、アルトが何かを振りかぶる動作をしたので、投石かと思いグレイブで弾こうとしたが、投石ではなく砂を投げる目潰しだった。
「常に騙される事を意識しろ。攻撃の形態は常に変化する、相手の動きを読んだと過信したら、そこを逆手に取られるぞ」
瞬間目を瞑った後目を開けると、目の前には2本の指があった。固まるバイエルラインに、アルトが脚払いを掛ける。
「気配が読めないのなら視界を有効に活用しろ、目潰しに関しても、対処法は幾らでもある。視界か気配のどちらかは維持していないとな」
アルトが背後を指差す。
「それから、目標物と離れすぎだ。俺が少しずつ進行方向をずらして誘導していたのが分かったか?相手や見方との位置把握は、集団戦においての大前提だ」
見れば、マリッカが進んでいる街道からはかなり距離が開いている。既に姿も見えてはいない。
「これ以上離れると、俺も感知できん。一旦は全力で追いつくぞ」
「はい!」
「息が荒くなっているな。息を整えたら、少しだけ水分を補給しておけ。少量をこまめに取った方が良い、一度にとっても汗として流れるぞ」
馬に追いつくように走りながら息を整えろと言うのは、一体どんな基準でものを言っているのだろうかと、師匠と自分の力量の差にバイエルラインはため息をこぼす。
「如何した?」
「いえ、精進が足らないと思いまして」
そう言うと、アルトは笑って応えた。
「そんなものは俺だって足らんさ。もっともっと強くならなくてはな」
「そうですね、もっと、もっと強く」
漸く姿が見えたマリッカの向こうには、今日宿泊する予定の町が見えた。
宿に泊まるのは一人だが。
1パトは10グラムほどです。
アルトが渡した袋の中身はおよそ750ccくらいですね。
読んでいただきありがとうございます。
最近なぜかランキングにのっていまして、非常に驚いているんですが・・・
のる前とのった後のユニーク件数の差に驚愕しました。
私もそうですが、これだけ多くの作品の中から何かを探すのは大変なので仕方が無いのでしょうが、それにしてもすごい差ですね。
40とか50位でもこれですから、本当の上位の方は、どの位の差ができたのでしょうか?
それとも上位の方は最初からすごいのか?
ちょっと興味があります。