騎士将のお仕事
アルトの仕事風景が主です。
「バイエルライン、爺さんの所から、ひったくって来れそうな書類を纏めてもってこい」
机と書類棚を増設した執務室で、アルトは山の様な書類に向かっていた。
既に、王都に帰還したシュルツも、隣で書類に立ち向かっている。一時的に、職責を預けなくてはならないので、引継ぎを兼ねてそばに付いているのだが、アルトが大量に持ち込んだ書類に埋もれる事になっている。
自分が、武器調達と、ドワーフとのコネクションを造りに行く間、仕事はシュルツと未だに来ない副官に任せるわけだが、せめてそれまでは出来る限りの仕事をこなして置こうと言う腹なのだ。
もう一つは、自分が騎士将に復帰した時、シュルツを一時的にでも爺さんの下に置いて置きたいという考えもある。仕事の軽減は勿論、護衛としての価値が非常に高いからだ。
「それから!今爺さんの護衛についている女がダレてやがる。天井の右奥の隅に居やがるから声掛けて、シャキッとさせておけ。気配の消し方が下手糞だからここに居ても判ると言っておけ」
カリカリとしたアルトに、触らぬ神に祟り無しとばかりに高速で頷いたバイエルラインは、部屋から駆け出していった。
横ではシュルツが呆気に取られたような顔をしているが、そんな事は無視して書類に向かっていく。
「マリーンさんの言っていた副官は、一体何時来るんだ。このままでは出発も出来ん」
爺さんと話をしてから既に3日、山の様な書類を、寝る間を惜しんでこなしたアルトは、精神的にかなり疲弊していた。
爺さんが倒れる前に、アルト本人が倒れそうな程の憔悴具合だ。
これは、リヒテンシュタイン宰相の仕事の一部を、代りに行っている事による仕事量増加もあるが、もう一つの原因が大きな理由になっている。
現在シュトラウス騎士総将の行っている軍制改革は、アルトが主体となって行っている物だ。少なくとも、アルトの持ち込んだ階級整備や、軍規の徹底化にはアルトに認証や、意見の整備などが確実に必要になってくる。
漸く、指揮階級が揃った今になって、一気にそれらの仕事がアルトを襲っていたのだ。仕事量で言えば、教導官としての指導は他の教導官への教育と言う名の拷問が終わったので、そちらに任せてはいるが、単純な書類仕事は以前の5倍近い量になっている。
シュルツが補佐しての5倍なので、実際には10倍近い量がアルトを襲っている事になる。元々書類仕事が得意ではないアルトには、致死量に近しい仕事量であった。
「このままでは、嫁も居らん内に後家作りになってしまう」
「騎士将、一息入れますか?」
シュルツは心配そうにアルトに声を掛ける。シュルツは、初日の教導において、アルトの規律を重視する発言に感銘を受け、さらには、その圧倒的な強さを見た結果、アルトに心酔に近しい感情を持つ様になっている。
マウゼルの町では、アルトに対する呼称はアルト殿だった。教導を見た後では、アルト様になり、様付けを嫌ったアルトが止めてくれと言ったので、騎士将閣下になった。しかし、それに関してもアルトは辞退し、アルトの呼称は単純に官職を呼ぶという事になった。
内心、既に弟子になっているバイエルラインに対抗意識や、自信も弟子になりたいという願いからのうらやむ気持ち等もあるので、バイエルラインとの関係は微妙である。しかしながら、シュルツ自身は、それらの感情を認めた上で、それらを律しようとしているので、表立った波風は立っていない。
しかしながら、その一瞬の微妙な感情の変化を感じ取った様で、バイエルライン側からはあまり好意的な目では見られていない。
感情を読む能力は、妙に高いバイエルラインだった。その辺りは、むしろアルトとは好対照といって良いのかもしれない。しかしながら、バイエルラインにしても、その能力は男性に対してだけであり、師弟揃って女性はどちらかと言えば苦手である。そう言った所は、似ている師弟だった。
「ん?」
「どうかなさいましたか?」
怪訝そうに眉をひそめたアルトを見たシュルツが、何事かと尋ねる。
「いや、爺さんの所から帰ってきているバイエルラインに、誰かもう1人付いて来ているんだが…これが誰なのかがわからん。会った事が無い人物だな」
あっさりと規格外の能力を披露したアルトに、分かってはいたもののシュルツの眼は輝く。
「そんな事も分かるんですからすごい物ですね。人間の可能性という物を見させて頂いていますよ」
「現状、城内の警備は殆どこれでまかなっているからな」
「兵員一同が教導中ですからね。しかし、城兵全てを一気に教導するのは無茶だと思いましたが、何とかなるんですね」
「せめて、フレッドと爺さんを守れる状態にないとな。俺が城を空ける事もできん。騎士総将にはマリーン中将が付いているから安心だが…知覚範囲が広い人間がもう1人は欲しいな」
書類に判を押しながら、如何にかならない物かとため息をつくアルトを見て、シュルツの顔には苦笑が浮かぶ。
「そんな事が出来る人間が大量にいれば、苦労はありませんよ」
ちなみに、アルトは殺意や害意などには異常なほど鋭いので、この人物も城に入った段階から確認はしていたが危険は無いと判断した。
その人物が会っているのが、マリーンと会った後で宰相の執務室へ行っていると言う事から、危険は無いと判断したわけだが、こちらに向かっているのを不審に思っただけだ。
そうこう話している内に、バイエルラインともう1人の人物が扉の前に到着する。何時もなら、ノックも無く入ってくるバイエルラインではあるが、同行者がいるので扉を叩き声を掛けた。
「師匠、お客さんです」
正直な所、その声の掛けかたは如何かとも思うが、アルトは礼儀に対しては頓着しないので、そのまま中に入るように促した。
「入ってもらえ」
扉を開け、中に入ってきたのは、小柄な女性だった。それなりに装飾の整った騎士の服を着込んだその女性は、やや緊張しながらも胸を張って右拳を胸に置く礼を取った。貴族や騎士の中などでは、目上の者に対して行われる敬礼の動作である。
ちなみに、バイエルラインは基本的にこの動作を好んでいないため行わず、シュトラウス将軍の周囲の人間は、今更とでも言わんこの動作をあえて行っていない。結果として、この敬礼に対して返礼を行ったのはシュルツだけだった。
アルトは、そもそもこの動作を知ってはいない。対応から、それが敬礼と返礼である事は察したが、遅れて返すのも変なので特に対応は取らなかった。
「私は、この度アルト・ヒイラギ・バウマン騎士将閣下の副将を拝命いたしました。プルミエール・シュトラウスと申します。以後よろしくお願いいたします」
「了解した。着任を確認する、プルミエール副将。そう固くならずに、気楽にしてくれ。それから、君の席はそこで、君の仕事はその山の様な書類を片付ける事だ」
「ハッ!了解いたしました」
固くならずにと言われはしたが、やはり固いまま執務机に座ると書類に眼を通していく。その席に回しているのは、予算管理と人員の名簿が殆どなので、そのまま仕事に入れるはずだ。
そうして、仕事に入ったプルミエールに、アルトからの声が掛かる。
「君は、名前からするとシュトラウス将軍の娘さんか?」
「はい、私の父は、現在騎士総将に就いている、ヴェルギエール・シュトラウスです」
「そうか、やはり君が噂の娘さんか」
プルミエールは、噂の一言に一瞬眉を上げたが、そのまま仕事を続けた。アルトも、その確認だけが目的だったようで、その後は自分の仕事に戻る。
暫く何事も無く仕事を続けていたが、正午の鐘が鳴ろうかという時間になって、アルトは眉を顰めた。
「来る」
重苦しいアルトの発言に、バイエルラインとシュルツは再び敵襲かと身構えた。しかし、その後そこを襲ったのは、面倒さではそれすら凌ぐものだった。
廊下を駆け抜ける慌ただしい騒音と共に部屋に転がり込んできたのは、娘を愛する馬鹿親父だった。
「総将、何か御用ですか」
ゲンナリとして訊くアルトを無視し、プルミエールに抱きつくシュトラウス騎士総将に、追ってきたマリーンを含めた一同は、深く深くため息をついた。
「この間は頑固ジジイで、今回は親馬鹿か……胃が痛い」
最近、アルトの机には、胃薬が常備されている。
アルトさん苦労人。
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