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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第2章
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発憤 勘違い


「師匠、顔色悪いですよ」


「ああ」


会議の後、兵員教導は明日からとなり、とりあえず体を動かすために、裏庭の外からは見えない所に2人は来ていた。


「大丈夫ですか?」


「ああ」


心配そうにするバイエルラインを余所に、アルトは柔軟を繰り返している。それに習って、バイエルラインも柔軟に入る。


体の柔らかさを保つのは、単純に戦闘能力の向上にも繋がる上に、鍛錬中の怪我を防ぐ意味も高い。自然と、そこには真剣になる。しかし、アルトはそんな柔軟の間もぐったりしていた、酷く疲れている様子だ。


「本当に大丈夫ですか?」


「フ・・・フフッ」


心配そうなバイエルラインに、やっと反応したアルトの眼には、なにやら黒い陰がうごめいている。それに反応したバイエルラインは、1歩後退りそのまま逃走するかどうかを瞬時に天秤にかけた。


しかし、それを決断する時間をアルトは用意していなかった。


「弟子に心配される様では…おしまいと言うものだな。違うか?バイエルライン」


「いえ、その、なんと言いましょうか。そんな事は無いのではないか…と、まぁ、そう思ったり」


「いやいや、お前にも心配をかけたようだ。そこで、お前がもう心配しなくても良いように、きっちりと見せ付けておこう」


「いやっ、そんな、そのですね。心配なんかは全然、その、していないと言いますか。あの、そんなに気を使っていただかなくても、いや、嬉しいのですが」


その言葉に、アルトは口角を引き上げニヤリと笑う。バイエルラインは、踏んではいけない竜の尾を踏んだ事を自覚したが、もはや対処の方法は無い。


「そうか、嬉しいのならば、大盤振る舞いだ。そうだな、組み手を行こうか」


 少し後悔したバイエルラインではあるが、鍛錬は自分望む所と、無理やり自分を納得させ、ややヤケクソ気味に聞いた。


 「はい、何回でしょうか?」


「何回?」


心底不思議そうにアルトは答え、絶望的な言葉を返した。


「限界を超えて、さらにその次の限界までだ」


当然だとばかりに、早速鍛錬用の棒を構えるアルトに、背筋を凍らせたバイエルラインは吶喊する。


優しく手加減されながらも、グレイブを弾かれ、吹き飛ばされて壁に激突し、地面に叩き付けられ、空中に弾き上げられて、身動きの取れない所に追撃を喰らう。


傍から見れば、一方的ないじめか、もしくは虐待かの様にも見えるが、端々で聞こえてくる忠告は、間違いなくバイエルラインへの助言である。


「背の筋肉を意識し、そこから回転の軸をずらす様に突き出せ」


「足先から腕までに、一本の流れを作り出せ。力の流れを纏め上げろ」


「後が留守だ。視線だけではなく、皮膚感覚で危険を察知しろ」


「そんな無茶な」


何とかバイエルラインも言い返すが、その次の瞬間には、背後からわきの下に棒が通り、そのまま体制を崩されて弾き飛ばされる。


「無茶ではない、相手の行動の予測と、さらに勘と言われる経験と全体を想像する能力を十全に使え。自分の周囲に、自分の支配する空間を構築しろ」


そう言うと、足元から蹴り上げた拳ほどの石を、胸元の高さで砕くと、それを飛礫として飛ばす。散弾のように飛ぶ礫は、バイエルラインの視覚を奪う。


「眼晦ましをしたのだ、次の攻撃は死角から来るぞ、そう言った事を考えつつ、なおかつ反射的に動け。思考と勘を両立させろ」


脇腹に叩き付けられる棒を、何とかグレイブの柄で防御したバイエルラインは、嬉しそうに応える。


「はい!師匠」


しかし、次の瞬間、後方からの衝撃に地面に顔から突っ込む。防御された形から、半回転したアルトの棒が、バイエルラインの後頭部を直撃したのだ。


痛みは激しいが、加減してある為気絶も出来ない。涙目になりながら痛みをこらえるバイエルラインに、上から声が降りてくる。


「中々良かった…が、そのままの形で固まって如何する。すぐさま次の行動に移れ、攻撃であれ防御であれ、防がれた時防いだ時に重要なのは、その後如何動くかだ。一つ一つの技ではなく、一連の流れの動きとして術に昇華させろ」


瞬間、アルトの足元に銀光が走る。


うつ伏せになったままのバイエルラインが、脚払いを掛けて来る。空中に飛び上がったアルトの動きを追う様に、力で無理やり軌道を上に向けられたグレイブは、正確にアルトを下から突き上げる。


しかし、次の瞬間グレイブは空を切った。


棒に捕まったアルトが、そのまま棒の上に直立している。その棒が立っているのは、バイエルラインの肩の上だ。


まるで、奇術か曲技の様な光景。いや、魔法の様な光景にバイエルラインは息を呑む。


「悪くは無いが、あまりにも透けて見える攻撃だな。もう1つ2つ工夫が必要だ」


そう言って、アルトは棒を捨てた。


その後、素手になったアルトに2刻に亘って修行をつけられたバイエルラインは、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ち、ピクピクと痙攣を繰り替えしながら倒れている。


指も動かないが、筋肉が勝手に収縮し、痙攣し続ける体を無理に奮い起こし、棒に縋って立ち上がろうとするも、立ち上がれないでいる。


「今日はこの辺りにしておこう。メイリンに看病を頼んでやる、もう気絶しても良いぞ」


その言葉に安心した様に、一気に意識を手放すと、バイエルラインは一言呻いて白目を剥いた。


バイエルラインを肩に担ぎ、棒とグレイブを持って医務室へ歩き出す。途中で出会った兵士に、メイリンを呼んで来る様に頼むと、既に医務室に居る様なので、そのまま医務室へと向かう。


医務室に入ると、バイエルラインの惨状に息を呑むメイリンを余所に、アルトはバイエルラインをベッドに投げ出す。


「手当てしてやってくれ」


投げ出されても、呻き声1つ上げないバイエルラインに呆然としていたメイリンは、アルトの言葉にみるみる顔を紅潮させた。


「何をしてるんですか!アルトさん!」


「ん?手当てを頼」


大きな声を出しているのは不思議に思ったが、とりあえず聞かれた事に返事を下アルトは、その返事すらも最後まではさせてもらえなかった。


「違います!バイエルラインさんに何をしたんですか。ああ、こんなに怪我して」


あたふたと、周りにある棚から薬剤や包帯を用意し、洗浄の準備を片付けながらメイリンはさらに声を荒げる。


そんな様子を、不思議そうに眺めながらも、アルトはさらにその場にそぐわない物言いをする。無論、それはメイリンの怒りに油を注ぐだけの行為だが、アルトは気が付かない。


「怪我はたいした事ないぞ、手加減もしているし、殆ど疲労だけだ」


「黙ってて下さい。それから、そこで待ってなさい」


よく分からないままその近くにあった椅子に座る。横の長いすを見ると、シーラとリルが座っている。どうやら、意思表示の少ない2人に対して、メイリンが健康診断を行っていたようだ。2人の前には、各々の体重や身長を含めた身体特徴の書かれた紙が置いてある。


2人は、こちらから話しかけない限り、いや、話しかけた場合であっても行動を起こさない事が多い。その為、当初は2人を一緒にして置くのはどうかとも思ったが、それは杞憂に終わったようだ。


2人は、目線を合わす事も話し合うことも無いが、二人の手は結ばれている。無言な少女同士、何か通じる物もあるのだろうか。


そんな、どこか保護者のような目で微笑ましげに2人を見ていたアルトの前に、気焔を上げかねないほど怒りを上らせたメイリンが立った。


「説明をしてもらいましょうか。何故あそこまで酷い事になったのかを」


「修行だ」


「説明になっていませんね。私は、あそこまで酷い事をする必要があったのかと言っているんです。一体何刻の間修行したんです?」


「3刻程だな。この程度ではまだまだ」


肩を竦めながら言うアルトに、ついにメイリンの雷が下った。


「まだまだじゃありません!分かっているなら、それなりのやり方があるでしょう。バイエルラインさんを殺す気ですか!」


「いや、しかし」


「しかしじゃありません。そんな事は聞いていないんです。手加減という物じゃありませんよ、何であそこまでボロボロになるんです。良いですか、もう少し、ご自身の感覚が他人と違うという事を認識して下さい。大体、貴方は私を助けてくださったときも私を気絶さして。いや、勿論感謝はしていますが、あれは女性にする事ではありません。それにですね、フレッド様やミリア様に渡された武器の件もそうですが、ご自身が特別だという事を知っているのかいないのか、訳のわからないような言動は慎んで下さい。それにですね……」


延々と続く叱責の言葉に、何で自分は怒られているんだろうと、不思議に思いつつ耳を傾けていたが、幼い少女2人の前でしかりつけられるのは流石に恥ずかしかった。


途中で、「分かっているんですか?」と聞かれたため、「ああ」と応えたら、「返事は、はいです」と言われ、さらに説教の時間が倍加したりもした。


そのまま、半刻に亘って説教を受け、一向に反省の見えないアルトに、さらに憤慨したメイリンは、話しながら怒りが加速してきたようで。如何考えてもアルトに関係の無い愚痴についてまでアルトに被せ、自身の怒りを全て吐き出した。


結果として、最近の慣れない城での生活や、急変した現状などについての愚痴も吐き出し、すっかりストレスを解消したメイリンはシーラとリルを伴って寝室へ向かい。


残されたアルトは、救護室で眠るバイエルラインを一目見た後、ため息をつきながら棚から胃薬を出し、服用してから部屋へ戻った。


「何で俺が怒られる?」


しかし、やはりメイリンの怒りを、理解もしていなければ、反省もしていなかった。



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