ただ、生きるために生きる
翌日、異世界に来てからは4日目の朝。
4時30分、日の出にはまだ少しだけ時間がある。公転周期や、季節環境にも疑問は残るが、今のところそれらに関する情報は少ない。村で聞いた感じでは、地動説すら一般的では無い様だ。地動説の概念が在るのか無いのかではなく、教育も受けていないので考えたことも無いと言う事らしい。
身体が軽く感じられるが、これが、星としての質量の差なのか、俺の身体の変化なのかわからない。単純に、身体の使い方が、省かれて、省エネになっているのかもしれない。
ベッドと壁の、隙間から這い出る。周囲に感覚を広げるが、動くものは少ないようだ。さすがに、日の出前から動いているものは、少ないのだろう。時代的に準拠できるのならば、明かりの類はまだ貴重品のはずだ。先日は、あまりにも久しぶりだったので、ベッドの中で寝てしまった。しかし、今後戦闘を続けていくために、以前の様に生活ペースを作っていくべきだ。異世界ゆえに多少の変更は必要かもしれないが。
服を脱ぎ、体を鍛え始める。ゆっくりとした柔軟、吐納法を組み込み、1時間続ける。全身に汗がびっしり浮かび上がる。しかし呼吸は荒げない。腹筋背筋をゆっくりと300、腕立てとスクワットを200、8種類の武術の型、套路をゆっくりと。終わったところで、昨夜の内に、運び込んでおいた水に布を浸し、体を拭く。本当ならば、素振りや走り込み、実弾射撃もしたいが、街中の道で素振りも出来ないし、変に目をつけられても困る。銃器などもあるので、荷物からも離れられない。これらについても要考察と言ったところだ。
銃器は、師匠の形見のcz75とvz85を持っている。9ミリパラを、通常弾頭・ホローポイント・ピアシングと合計で400ほど持っている。小銃は、俺の戦闘スタイルには合っていないので持っていなかった。偶然、補充したばかりで、かなりの量が背嚢には入っているが、少ない。
戦闘するならば、1時間も持たない量でしかない。咄嗟の時用に、cz75には装填しているが、基本的には使わない方が良いだろう。この世界では、入手は絶望的だろう。パッキングはしてあるので、劣化の心配が低いのは幸いだが。
「はぁ、身一つで何とかするしかないな。せめて安心できる倉庫やセーフハウスがほしい。昨日も、少し変な目で見られたからなぁ。野戦服のままという訳には行かないか。昨日、店を除いた感じだとオーダーメイドみたいだし」
服装自体は、かなりバリエーションがあって。変わった服を着ていても、そこまで問題視はされないだろうと言うのが結論ではあるが、油断は出来ない。
しかし、それ以上に直面している問題がある。下着と風呂だ。アンダーシャツのようなものは、来ている人間がいたので、仕立て屋で注文できた。しかし、パンツが一般的ではない。なぜか、基本的に女性の物という感覚らしい。店で聞いたら変態を見る様な目で見られた。一般男性は、さらしを巻くらしい。何とか実物のボクサーパンツとソックスを見せて、作って貰える事になったが、特別料金を取られた。パンツを手に握って、店先で説明しながら懇願するのは、恥ずかしかった。しかし、さらしは頂けないので、これも必要な恥だ。と、思うことにする。
風呂は、以前も作戦中は入れないことが多かったから、我慢は出来る。しかし、俺は風呂が好きだ。師匠は、オランダ生まれだったが、ハンガリーに長く住んでいて風呂が大好きだった。俺も連れて行かれたことがあるが、あちらでは温泉が盛んなようだ。ヨーロッパでは、珍しい。その影響を、多分に受けて俺も風呂好きになった。気配を消すにも、石鹸の香りは勿論ご法度だが、体臭を発散させている訳にもいかない。体臭が原因で死亡は、情けなさ過ぎる。そういったわけで風呂を探したわけだ。
少なくとも、この町フランには、温泉は存在しない。大衆浴場のようなものはあるが、サウナの形式で、浸かれるような風呂は無い。町で一番の高級な宿屋には存在するようだが、宿泊客のみで、しかも紹介がないと泊まれない。昨日は一応、そのサウナに行って汗を流してきた。村などでは、たらいに水を張って流すだけのようである。実は、娼館に泊り込みで行けば、たいてい風呂にも入れるらしいのだが、あまり好ましくは無い。別に怖いとかではないが、なんとなく苦手だ。
いつかは行くだろうけど。
男だし。
やっぱり戦士には、そういうものも必要だし。
俺だって健康な青年だし。……一応。
「何で、自分で自分に言い訳してるんだ?」
師匠も女性には初心だったしなぁ。女といる所等は見たこと無かった、女を買っていた様子も無かったし。家族はいないと言っていたから、奥さんなんかも居なかった様だし。尊敬は、無論しているし、今でも最高の親父だとは思っているけど、こんなところは似なくてもよかったのに。
ため息を一つついて、朝食を取りに行く。ギルドは、8時から開くようだ、食事を済ませて行けばちょうど良いだろう。この町では、アワーリピーターが採用されている。昔ながらの機械時計のシステムだが、1時間ごとに鐘を鳴らす仕組みだ。朝6時から夜8時まで1時間ごとに鳴っている。教会内ではクウォーターリピーターも採用されているようだ。こちらは15分おきに鐘を鳴らす。
測ってみたがかなり正確なので、時間感覚はそのままでもいいレベルだろう。懐が、かなりさびしいので、早く稼がなくてはならない。町を出るにもある程度のたくわえは必要だ。金貨一枚程度はほしい。
すべての荷物を持って宿を出る。元々1日だけ泊まるつもりだった。宿もいろいろと泊まり比べてみるつもりだ。少なくとも、大っぴらに異世界から来たとは言えない。危険は残るが、自分で確かめないといけない。本来の俺は、臆病なほど慎重に行動する性格、いや、そう訓練されている。何度も自分に言い聞かせる。自分で、やるほか無いのだと。
ギルドに入り、依頼を探す。俺はF級らしいからDまでは受けることが出来る。ガルムは、C級では弱い方らしいので、D級ならば問題ないだろう。D級の駆除依頼、討伐依頼をメインに探していく。
平原で、ウォルンバットを3体倒すという依頼があった。重複依頼可能となっており、3体倒す毎に1回依頼を完遂したことになるようだ。D級の駆除・討伐依頼で重複可能なのは、現在それだけだった。一度に済ませられるならば、済ましてしまおう。情報を得るにも、ある程度実力を示しておかなければならない。実力主義の世界は厳しい。依頼の板を持ってカウンターへ向かう。
「この依頼を受けたいのだが、ウォルンバットとはどんな穢れ物だ?」
「こちらはD級の依頼になりますが、大丈夫ですか?ウォルンバットはE級としても強いクラスの穢れ物になりますが」
ランクの精度がどの程度かはわからないが。少なくとも、C級を簡単に倒せたんだから、Eなら問題は無いだろう。
「かまわない、ウォルンバットの情報を教えてくれ」
しぶしぶといった様子で、受付嬢は話し始めた。昨日いた、小さい娘ではなかったが、もう少し感情を、顔に出さない様にすべきだろう。
「ウォルンバットは、3~4フィールの蛇のような穢れ物です。毒などの特殊な攻撃はありませんが、かなり力が強いです。硬い鱗はなかなか砕けませんし、刃を滑らせます。なかなか手強い穢れ物です。仲間を呼ぶ場合もありますし、元から群で移動していることもあります。一族で縄張りを持つので、1体見つければ、そばにまだいると考えていいでしょう」
「判った、ありがとう」
去り際にもう一つたずねておく
「荷物などを保管したいんだが、どこか管理してくれる場所はないか?」
何だか、あからさまに馬鹿にした視線を、投げかけてくる。何なんだ?俺の言動に、何か落ち度が有ったか?
「ただ預けるだけでしたら、当ギルドでも行っています。しかし、貴重品などに関しての保障はありません。部屋を開放しているだけですので。手数料をかけてもいいのなら、教会が預かってくれます。お金なども預けることが出来ますが、その教会でしか払い戻しは出来ません。店などで、個人的に預かりをしている所も無いでは無いでしょうが、判りかねます」
「そうか、判った」
何だか、一寸いやな気分になって、ギルドを出る。依頼用の板に呪式が掛かっているそうで、穢れ物などを倒した際には計測してくれるらしい。便利だが、呪式ってのはどうなっているんだろう。酷く情報が集めにくい。実際に呪式を使える人間に聞くしかないようだ。
何にしても、大荷物抱えたままでは、聞き込みも出来ない。銃器や、明らかに時代にそぐわず使えないものは、いったん預けてしまいたい。金庫などに入れておいた方が良いだろうから。まずはその資金も作らないといけない。
やれやれと、ため息をつきながら門に向かう。
「何処に行っても、運が無い」




