閑話その1
ちょっとした裏話です。
フランの町には酒場がある。ギルドに程近い酒場には、常に冒険者達が集まり、罵声が飛び交い、情報の渦が流れる。
「儲かった様だね」
酒場の主に声をかけられた男は、機嫌よく応えた。
「おうよ、ぼろ儲けよ。しかも、このまま戦争になるって話じゃねえか、ここが稼ぎ時だぜぇ」
腰に無骨な剣を指し、傷の入った皮鎧を装備した男は、盗賊でなければ傭兵と言った所だろう。実際に彼は傭兵で、そして過去には盗賊として物を奪った事もある。
「そうか、調子も良さそうだな。せいぜい豪勢に飲んでくれ」
「へっへっへ、良いぜぇ。はらわた破れるまで飲んでやる」
「戦争か、お前さん達には良いだろうが、こちとら遠慮願いたいね」
「まぁ、今回の戦は相対した事にはならねえんじゃねえか?前の戦の時程にゃならんだろ」
「ほぉ、どうしてだね?」
「ああぁん?皆言ってるじゃねえか。適当なところで終わるだろうよ。どっちもそんなに地力がねえ、たいした事にはならないだろうよ。傭兵うちじゃ常識だぜ、常識」
「そうか、そう願いたいね」
静かに笑みを浮かべる主をよそに、男は杯を重ね、そして酔いつぶれた。
すっかり店の灯も落ち、静まり返った店内で、3人の男女が話し合っていた。
ウィルキンズ、ライオネル、アリシアの3人だ。
戦争、その言葉の重さに3人の顔は暗い。
「避けられんか。情けない、見所があるかと思ったから服まで作ってやったのに」
「無茶を言うな。1人の人間に出来ることは限りがある」
「既に十分事を成したでしょう。あの王子を倒したのは、紛れも無く彼の実力です。ですが・・・」
「そうだな、揺らぎ歪んだ青年だった」
「ええ」
「しかし、リヒテンシュタイン学長が付いているんだ。大丈夫だろう、ああ言った人間は大好物のはずだからな」
「違いない」
「ですね」
「で、ウィルキンズ、アリシア、お前達は王都へ行くのか?」
「まだ、早かろう。ここでもう少し情報動くさ」
「私も、現状では動かない方がいいでしょう。それに、ここで絞めておかないと、無駄に冒険者が傭兵になってしまいます。それは、是非にも避けたいですから」
「そうだな」
「傭兵達の多くは、ジギスムントに付くようだ」
「そして、この王国からは傭兵がいなくなるでしょうね」
「知っていたか。いや、私も確信はしていない。だが、あの青年は軍制改革をシュトラウス将軍と行っているようだ。態々命令系統を混乱させかねん傭兵は使うまい」
「ふんっ。あいつは小心者のようじゃからな。奴自身もかつては傭兵じゃったろうに」
「少なくとも、望んでではないだろうな。しかし、多くはあちらと言えども、少なからずこの国に傭兵として付く者もいるだろう。そいつらの受け口は冒険者ギルドでは足るまい」
「ええ、野盗とならない様に何か対策が要りますね。それに関しては、教会が動いている節があります。程度はわかりませんが」
「私もそれは掴んだが、動いているという事柄だけだな」
「きな臭いな。不動の教会が何故動く」
「かつては、どっちにも付いて浮動の教会とまで言われた物だ。特権を持てば腐る者がいるのはしょうがないな。いかに神が実在し、神の信徒を名乗っていてもそこに欲がある限りは」
「ですが、此度は違うでしょうね」
「「「教団」」」
3人の声は重なり、そして皆顔色を悪く、そして暗くした。
「ヴェスター宰相閣下の努力も足らなかったか。30年前殲滅したかと思っていたが」
「生き延びたのだろうな。もしくは、新たに生まれたか」
「国内に関しては、あの時に打倒せしめた筈です。ですが、ジギスムントでも活動があったと報告はされていました」
「しかも、国家間の戦に関わってくる時期と言い、王家に付いているとしか思えん」
「先々代のジギスムント王は、秘密裏とは言え宰相閣下と協力し合ったものだがな」
「彼の国では、協力者も少なく、情報も回っていません。後代への伝達も行われなかったのでしょうね。私達も人のことは言えませんが」
「宰相閣下ご自身が望まれなかった。忘れるべき事実だと仰ってな」
「ジギスムントにせよこのアイゼナッハにせよ、この近隣の諸国は小国だ。大陸中心部の大国とは比べ物にならん。もはや無い脅威に手を伸ばせば、国家そのものに悪影響を与えかねんと考えられたのだろう」
「宗教が、道義を超えて偏りを持った時」
「偏執と狂信は暴力へと変わる」
「そしていとも簡単に壊すだろうな」
「世界を…か」
「神はそれを鑑みられ顕現されたと言うのに、それが結果的に狂信の象徴を産むとは、悲しい話です」
「ままならんな、そして神でも万能ではないという事だな」
「神なんぞ、最初から居なければ良かったものを」
「今も、そして遙かな昔から宗教団体などという物はクズの集まりだな」
「常に力と信仰を集めるからこそ、腐敗と混乱の温床になる」
「私自身は、神も宗教も否定しません。ですが、それは個々人の中にあるべきでしょう。教義を持ってかえって混乱に進むならば、それはもはや宗教ではありません」
「混乱と騒乱、そして戦い」
「30年前の戦いの後、8年の平穏」
「21年前の戦いの後、10年の平和」
「そして、今度はたった4年間。永遠ならざる平和と言うにもあまりにも短い時間」
「だがその短い時間は、玉石にも勝り黄金の価値すら歯牙にかけぬ。それほどに貴重で尊い物だ」
「無残な死はもう見たくないものだな」
全ての目には同意が映る。しかし、そこから吐き出されたのは、今までよりも大きなため息だった。
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