曇天と雨
今回は、結構な痛いシーンがございます。
残酷な表現が苦手な方には、申し訳ございません。
しかも短めだし…頑張ろう
今だ息のある、3人の男を引き摺って、街道脇の林に入る。
先ほどの、賊の内2人は、バイエルラインが切り伏せた。俺が胸骨を潰した男のうち片方は、そのまま窒息して果てた。彼らの死体は、林に入ってすぐの場所に積み上げてある。
生き残った3人を、木にそれぞれ縛りつけ、1人を覚醒させる。
「なぁ、て、てめ、ぐおっ!」
目を覚まして、直ぐに騒ぎ立てようとする男の口に、そこらに合った棒切れを突っ込む。歯をへし折りながら突き込まれた棒に、男は目を白黒させて黙り込む、いや、話せるはずもない。
「黙れ、黙っていれば、もうしばらくは生きれる。騒げば、拷問の末死ぬ。好きな方を選べ」
黙った所で、死んだ方がマシから、順当な死へと変わるだけだがな。
「なぜ馬車を襲ったか答えて貰おう。誰かに頼まれた、もしくは理由が有ったなら片目を、ただ、欲の為だけに襲ったのならば両目を瞑れ」
男の両目は、静かに閉じた。全身を瘧のように震わせ、股間からは小便を漏らしている。
俺は、黙って口に突っ込んだ棒を横に薙いだ。頬が横に裂け、幾つかの歯が飛ぶ。悲鳴を上げようとする男を、勁の一撃で静めて黙らせる。猿轡を咬ませ、舌も噛めず、言葉も発する事ができないようにする。そう強く打ってはいない、直ぐに目が覚めるだろう。
残りの2人にも、ほぼ同様のことをしたのだが、俺が胸骨を折っていた男は途中で死んでしまった。別段、生かす理由もなかったし構わない。行動が何処までも素人臭い、素人が、素人のまま、一般人を傷つけた。言ってしまえばただそれだけの事。
だが、こいつ等を行動に走らせた一因が、俺にもあるというのが気に食わない。挙句にあんな小さな子供を、あんな幼い少女を孤児にしやがった。俺にはそれが、我慢ならない。
正義でもない、偽善ですらない、ただただ気分が悪い。
だからこいつ等は、ただ俺の気紛れと、八つ当たりで死ぬが良い。
あの子に復讐はさせない。その代りに、無意味に俺に甚振られて死ぬが良い。
これは、あくまでも、俺の、俺による、俺のための八つ当たりだ。
空には、黒い雲が広がり始めた。空気が重い、雨が降るのだろうか、それとも曇天のまま、重苦しい空気を作り出すのだろうか。
おれは、漸く目覚めた2人に告げた。
「お前達に、止めを刺す気もない。餓えて死ぬか、猛獣に食われるか、どうでも良い」
ああ、そうだ。
「良かったな、今の季節なら凍えて死ぬ事はない。どうか、残りの生を全うしてくれ」
男達は、ビクビクと震え、涙を流し、身を捩っている。せいぜい、体力を消費して早く死ぬが良い。もしくは、さっさと狂ってしまえ。
足取りも重く、馬車のある場所に帰ってくる。未だに続く少女の慟哭に、雲はその厚さをどんどんと増していく。
馬車に寄り添うバイエルラインも、静かに声を出さずに咽び泣いていた。良い男だ、見ず知らずの他人の為に、声を殺して泣く。この男が羨ましい、俺にはことの他眩しく見える。
俺に気が付いたようで、袖で涙をふき姿勢を正す。恥ずかしがったのだろう、何処までも自分の感情に素直なこの男には、俺が持っていない物が幾つあるのだろう。なにやら気が遠くなってくる。
俺も馬車に寄り添い、ただ時の過ぎるのを待つ。
少女の鳴き声を聞きながら待つこの時間は、他のどの時と比べても、遅く流れていくのを感じた。
―お父様―
―お母様―
悲しいよ、痛いよ、寒いよ、苦しいよ、目が熱いよ。
悲しいよ、痛いよ、寒いよ、苦しいよ、のどが痛いよ。
悲しいよ、痛いよ、寒いよ、苦しいよ、頭がガンガンする。
悲しいよ、痛いよ、寒いよ、苦しいよ、のどが渇いて何も言えないの。
悲しいよ、痛いよ、寒いよ、苦しいよ、お父様頭を撫でてよ。
悲しいよ、痛いよ、寒いよ、苦しいよ、お母様抱きしめてよ。
悲しくて悲しくて、悲しいの。
痛くて寒くて、何も分からないの。
苦しくて、怖いの。
怖くて怖くて、悲しいの。
嫌だよ、嫌だよ。
「何か言ってよ」
何時もみたいに、優しく。
「抱っこしてよ」
高い高いって。
怖いよ。
お母様が抱きしめていてくれた。
最後の時に痛いぐらい、息が詰まるくらい抱きしめてくれた。
鼻が、お鼻が熱くて痛かったの。
でも、今は触っても冷たくて、濡れてるの。
冷たくて、痛くて、泣いてるの。
泣いてるのに、泣いてるのに。
泣いてるのに、お父様もお母様も来てくれない。
何時もならすぐに来てくれるのに。
―お父様―
―お母様―
―寒いよ―
声が止んだ。
泣く音も、名前を呼ぶ声も、静かになった。
扉を開けると、少女は床に突っ伏して寝ている。
その両手は、両親の服を掴んで離さない。
まるで、その魂もその場に留めようとする様に。その温度を、失ってしまわないように。
「やりきれない」
扉の向こうにいるバイエルラインは、俺にも聞こえないように呟いたのだろう。だが、バイエルラインお前の声はでかい、全てが耳に届く、素直に耳に着く。
「今は眠れ、悲しみだって有限だ。せめて別れは後悔しない様に」
少女に毛布をかける。馬車も、中の調度品も中々の物がそろっている。少なくとも、一般的な家庭の物ではない。せめて、やわらかく暖かな毛布が、少女にひと時の安らぎを与えてくれれば。
馬車の外に出て扉を閉めると、バイエルラインが何かを引き摺ってきた。
「御者だと思います。そこの直ぐ先で殺されていました」
「やはり居たか」
バイエルラインの顔が歪み、御者の服を掴む手に力が入る。
「主人を捨てて逃げ出すなんて。何たる!」
「そう言うな」
「ですが!ですが」
「死にたい奴なんて中々居ない、命をかけて守る物を持たない者も多い。それに」
「それに、何ですか」
逃げたのか、人を呼びに行ったのか?他に守りたい物があったのか、ただ恐怖からか?死んでいる御者の顔も、恐怖でゆがみ体中には血がこびり付いている。彼とて必死だったのだ。
いや、分からないまま夢想しても答えは出ない。御者が何故逃げたのか、それは分からない。ただ、彼も犠牲者だ。そして、その死因の一因は俺だ。
「いや、少なくとも彼に罪はない。死者を責めてやるな」
今回の俺は負け続きだ。
あの男に負け、作戦を完遂できず、その所為で被害を出し、被害者を前に守りきれなかった。
「死者を責める位なら、自分たちの無力でも呪うか?もしくは嘆くか?」
バイエルラインも、あの傭兵達の顔は覚えていたのだろう。顔がさらにゆがみ、唇をかみ締めている。
「無意味だろう」
「はい」
「なら、せめて強くなろう。もうこんな思いをしなくても済む様に、俺もお前も」
「はい」
せめて意地でも張っておこう、それくらい出来なくては、情けなさ過ぎる。空の雲は厚みを増す、黒い雲はさらに湿気を帯びる。一筋、また一筋と雨が落ちる。雨粒が、髪を濡らす。
「馬車はまだ動く。馬を繋ぎ直して、王都に帰ろう」
2人で無言で動く。
御者台に座り、強さを増す雨に只管打たれていた。
横では、雨の中バイエルラインが震えていた。
少しばかり言い訳を。
これまで、アルト1人の視点で進展してきました。(別話では有りましたが、話は進まない形でした)しかし、此処からはあるとの一人称だけでなく、三人称や別人視点も入ってくることになると思います。
一人称形態で行くと言うのが、自分なりの取り組みでしたが…
諦めました。というわけですので、今後少し変わって来ます。
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