表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第1章
40/85

やるせない時


その日は一晩町に留まり、夜にロッソの死体や、そのほかの犠牲者達の火葬を済ますと、翌日早くに俺とバイエルラインは町を出た。


兵たちは、未だに周囲の警戒と警備、そしてジギスムントとの関係性を示す証拠を探すために町に残っている。案内を約束したマリッカさんは、2日ほど遅れて後を追うとの事なので、軍と一緒に王都へ来るように手配しておいた。


急ぐ道でもないので、来た時よりはゆっくりと馬を走らせながら、王都へ戻る。その道中、バイエルラインがこう呟いてきた。


「師匠の戦いが見れず、残念でした」


「お前も燃えたかったのか?死んでいたぞ。お前も、そしてマウゼルも」


現実問題として、あの状況で誰かを守りながら戦うのは勿論、あの男が出てきた時点で、行動を起こせたとは思わない。ガスマスクも数が無かったし、毒の中に晒すわけにも行かないだろう。ロッソがもう少しくみ易ければ、刀だけでも倒せただろうが、今の俺では無理だった。


「俺もまだ弱い。少なくとも、お前を守りきれる自信はなかった。俺はさらに強くなる、お前もさらに強くなってついて来れば良い」


「ロッソはそこまで強かったのですか?」


「アレは、強い弱いと言葉で言うのは難しいが、倒しにくさで言えば一級品だな。少なくとも、対策無しに戦える相手ではない。変態だったし」


思い出すとゲンナリしてくる。心の底から気持ち悪い変態だった。


「変態ですか」


「ああ」


「そうですか」


「ああ」


よく分からない空気が流れ、お互いになんとはなく気分が悪くなった。倒したはずなのに、さらにダメージを与えるとは。何処までも厄介な相手だ。


しかも、正確には倒し切っているのかも判らない。考えるほどに気持ち悪い奴だ。本当にプラナリアの様に、生えて来たらどうしよう?と言うか、何か生えて来そうな気がする、頭持って帰られたし。


「良い天気ですね」


「そうだな、良い天気だな」


バイエルラインの、何とか空気を変えなければならないと言う意思がはっきりと感じ取れる言葉に、とりあえず返事を返しておいた。


そのまま、痛々しい空気も変わらず、会話もないまま街道を進んでいた。確かに、雲の流れは緩やかで、穏やかな日差しは遮られる事もなく辺りに降り注いでいる。しかし、良い天気であればあるほど気持ちが落ち込むのは、今回俺が負けたからだろうか?昔はこんな事は無かったのに。


ため息の一つでもつこうかと、肩を落としかけたその瞬間。バイエルラインの叫ぶ声が聞こえた。


「師匠!煙が!」


見ると、街道の先に黄色い煙がたなびいている。アレは以前聞いた事があるこの世界での発煙筒、緊急を表す色。


「急ぐぞ!バイエルライン」


「はい!」


一気に馬を加速させ、そのまま一気に駆け抜けながら、意識を拡大していく。呪式を併用させ、一気に知覚範囲を増やす。しかし、有効範囲内には存在がない、最低でも500mは離れている。


さらに馬の腹に蹴りを入れ、加速をかけて走る。


バイエルラインが、やや先行している。俺の馬も借りた物なので、そこまでの名馬と言うわけではない。しかし、バイエルラインのほうが乗っている馬が良い、そして乗馬に関しては、俺よりも上だ。そのバイエルラインから通信呪式が届く。


「視認しました。馬車が賊に襲われています」


「人数は、生存者はいるか?」


「生存者は不明です。馬車の周りには、賊らしき奴等が6人ほどいます。いえ、山賊ではありません、傭兵らしき格好をしています」


傭兵だと、6人と言うのは賊にしては人数が少ない。訳あり?狙われたと言うわけか?


「一人は生かせ、生存者は判らないが、できれば守れ。ただし一人たりとも逃すんじゃない。賊も、そして生存者もだ」


「了解」


バイエルラインは、馬の鞍から外したグレイブを逆手に構えて突進をかける。鞍に脚を掛け立ち上がると、両手を広げて跳躍する。ようやく気が付いた賊達が、武器を手くこちらを向く。


「遅い、遅すぎる」


取り出した棒手裏剣を、武器を構えた賊達に擲つ。2人は目を貫かれ、絶叫を上げて倒れ付す、ただ1人だけ反応し、辛うじて避けたが額から血を噴出す。


「クソがぁ!」


視界を奪われた男が声を上げるが、そこをバイエルラインのグレイブが見逃すはずがない、太ももと両肩に、続けて攻撃をくり出す。


四肢から血を流しながら倒れていく男を見て、背筋が黒く固まるのを感じる。その男は、マウゼルの町で門衛をしていたあの傭兵だった。


やっと俺もその場に到達し、鞍を蹴って馬車に飛びつく。馬車の中には、人が4人剣を構える男が2人、そして隅にうずくまる血まみれの男女。いや、もう1人。


「なぁ、なんだてめえは」


男の1人が誰何するが、応えてやる義理はない。この男にも見覚えがある、しかし相手は俺たちを覚えてはいない様だ。つまらない奴らだが、人に危害を加えるのなら容赦はしない。


「てぇ、ぐあぁ!」


「ふぅっぐっ!」


刀の柄を、鳩尾に深々と突き刺す。胸骨の折れる音、肋骨のきしむ音、そして筋肉の引き千切れる音がする。死にはしないだろうが、決して健康体でいられるわけではないだろう。


「いっそ、死んだほうが楽かも知れんな」


だが、情けはかけないよ。


「助けられなかったか。すまなかった」


隅でうずくまる2人は、既にこと切れていた。外に居た連中を片付けたバイエルラインも、馬車の中を確認し言葉を失っている。固まる女を包み隠し、こちらを睨みつける男の顔は、視線のみで人を射殺せるほどの形相のまま固まっている。


しかし、その視線も、そして決意もむなしく、男も女もこと切れていた。


「すまんな。間に合わなかった」


見開いたままの目を閉じる。まだ若い男は、俺とそう変わらない年齢だろう。命をかけて誰かを守るものとして、そして、その行動をとったっものの先達として、貴方を尊敬しよう。


同時に、貴方達を殺してしまった一因は俺にもある。あの町で、俺がロッソを倒しきり、一気に町を陥落させていれば、このような人間を無造作に放つ事はなかった。


すまない。


男の体をどかし、女の体に声をかけた瞬間。


「師匠!」


バイエルラインの叫びと共に、小さな影が飛び出してきた。その影が持つ小刀は、俺の腹に浅く突き立った。


「師匠」


とっさに駆寄ろうとするバイエルラインを手で制し、震える小刀を素手て握りこむ。


「お前の両親は守れなかった」


握った手から血が漏れる、腹にはうっすらと血が染み出していく。


「そして、お前の敵を討たせてやる訳にも行かない」


手から漏れた血は、小刀を伝わって相手の手にも広がる。


「お前が俺を怨むのも自由。誰かに憎しみを撒き散らすのものも自由だ」


震える手が小刀から離れる。1歩2歩と後ろに下がり、ペタリと尻餅をつく。


「だが、それでは何も生み出さない。俺は復讐を勧めない。恐らく、お前の親もそう言うだろう」


尻餅をついたままの少女は、自分に良く似た顔立ちをした母と、同じ髪の色をした父を見て、涙も流さず下に手を付いた。


「泣けば良い。涙を流せる時に流せないと、後で後悔する」


俺は後悔をした。あの時泣き叫び、絶叫したかった。


「かならず後悔する」


だから涙を堪えるな、泣け、涙を流し、叫び、慟哭しろ。


「泣け、君の両親は死んだ。君に出来るのは、ただ泣く事だけだ」


自分の無力を、涙で流せ。一時で良い、覆い隠せ。


「泣け」


他の誰でもない、君自身の為に。


「泣け」


少女の双眸から玉のような涙がこぼれる。


「叫べ。しがみ付いて泣きじゃくれ」


大きく息が吸い込まれ。


少女の絶叫が響き渡る。


動かぬ両親にすがりつき、物言わぬ顔を見つめて。


ただただ涙と叫びを解き放つ。


俺とバイエルラインは、賊たちを馬車から担ぎ出し。


静かに馬車の扉を閉めた。


少女の絶叫は、その声が掠れ、少女が疲れて眠り込むまで続いた。



ちょっと短めですが、難産でした。

御意見御感想、誤字脱字をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ