食って、寝て、働いて
俺は今、この地域では一番大きな町である、フランに向かう馬車に揺られている。昨日、丸一日かけてハナシを聞いて周った所では、この近隣の国5カ国は、現在10年間の同盟協定と、平和条約を結んでおり、戦争などはしていないらしい。
今から4年ほど前、大飢饉が起こり、戦争どころではなくなったと言う話だ。パルムエイトの村は、人数も少なく、すぐ近くに、大きな森もあったので、被害はそこまで大きくなかったそうだ。しかし、街道沿いの町や村などでも多くの餓死者を出し、ひどいところは、村が丸々消滅したりもしたらしい。
経済は、ほぼ完全に穀物と貴金属の価格に連動している。株式や保険の概念も無いわけではないが、一般には浸透しておらず理解しているものも少なかった。識字率は高くなく、田舎の村では1割、大きな町や首都などでも4割ほどだと言う。学校などは、国に国立のものがひとつだけ、都会では塾もあるが、学費が高い。教育は、あまり普及していないと言うのが現状のようだ。
銅貨1枚が1ガランという通貨単位になっている。銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で銀板1枚。銀板10枚で金貨1枚。金貨100枚で金板1枚。
一般的な生活は、ほとんど銅貨と銀貨で事足りる。最低限の店で飯を食っても2ガラン。宿は、安いとこであれば一食ついて10ガランといったところだ。ちなみに、ガルムは1体倒せば、肉と毛皮そして牙で、安くとも銀貨1枚にはなるらしい。なかなかおいしい獲物だ。
此方の世界で少し特異に感じたのは、男女の平等が、ほとんど確立しているところだ。文化的には、地球の中世ヨーロッパに近しいが、男尊女卑は、ほぼ撤廃されている。領主や王の中にも女性が大勢いて、当たり前になっている。軍の中の指揮系統にも、女性は珍しくないらしい。リヒテンラーデ公国には、女性だけで構成された軍もあるらしい。王女を旗頭に据えた、聖処女騎士団だとか、そんなものだそうだ。
女性の地位向上は、暴論ではあるが、男性の肉体的なアドバンテージが、決して絶対的ではないという証明が必要になる。文化活動か知的技能、もしくは子供を生むと言うことや、女性である事そのものが、文化的、もしくは宗教などによって、肯定され、価値有る物とされなければならない。
旧時代、文明が発展する以前は、むしろ女性の地位は高かった。しかし、古代以降のヨーロッパでは、後天的に、宗教によって、女性の地位は低くなった。これはその他の所でも、殆ど同じと言える。これは、宗教が悪いのではない。ある種の、防御思想の行き過ぎた形、とも取れるかもしれない。護るべき存在、から、たかが護られている存在へ、見方がシフトしたのだ、と俺は思っている。
さらに、現代において、知的職業や文化的職業にあったにしても、男女の扱いは均等とはいえない。事実として、多少の不平等は残っている。しかし、この世界においては、その不平等がほとんど無い。
理由は、大きく分けて二つ。それは、宗教と知的技能分野において、女性に大きなアドバンテージがあると言う事だ。この世界は、神様が実在するらしい。実際に、歴史上に顕現したことが多数あるようだ。しかも多神教。その中で、主神の座を占め創生神でもあるのが、女神ナーガス。蛇のねーちゃんみたいな名前だが他の神々とは一線を画するらしい。
このナーガスを始めとした、5柱の神々をあがめるのが、ナディンと呼ばれる信徒たち。精霊信仰なども在るらしいが、主流ではないらしい。しかし、お互いを、排斥しあってもいないようだ。
あくまでも、創生神はナーガス、というのは共通認識。直接神をあがめるか、それより身近な神の使い、世界の調整者である、精霊をあがめるかの違いのようだ。どちらの宗教も、神官などはほとんど女性が占めている。男性もいるが全体の2割程度らしい。肩身が狭い思いをしていることだろう。
もうひとつは、俺が今着けている、耳飾の元にもなっている呪式。呪式そのものは、詳しく調べられていないが、基本的に女性のほうが、適正が高いらしい。話を聞くと、完全に魔法のようだ。才能や適正に差はあるが、努力すれば誰にでも習得可能だと言う話だ。誰でも出来うるからこそ、最初から適正の高い女性が、優遇されるのだろう。上記のようなことと、中世期の男性主意がちょうど良くぶつかって、バランスを取っているようだ。
これは、後になって聞いたことだが、昔は一部の女性神官が、娼婦のような役割も担っていたらしい。従軍神官として、戦地に赴いた時の重要な役割だったそうだ。死に行く兵士の、癒しだったのかも知れないが、俺には理解が追いつかない。しかし、そういったことも手伝って、娼婦や春売りに対しての風当たりも少なく、一つの職業として認められているようだ。
これが、昨日今日で調べられた事。そのまとめだ。今向かっているフランは、近郊では一番、国の中でも5指に入る町だそうだが、人口は2万人程度。国全体でも40万人ほどらしい。経済として考えてもそれ以上には増え難いだろう。物々交換ほどではないが、経済的には貧弱と言っていい。国家の力が弱いと言うことでもある。村の畑でも、農機具はほとんど木製で、鎌や包丁などが辛うじて鉄製だった。アイゼナッハ王国は、鉄資源には恵まれているらしいが、それでもその程度だ。
これ以上のことを調べるためには、パルムエイトの村では、どうにも出来なかった。少なくとも傭兵として戦うならば、国の事は調査をしておくべきだ。今は頼れる仲間も、使えるコネクションも存在しない。すべて自分でやらなくてはならない。
さらにそれと平行して、生活の糧を得ることも必要になる。地球での蓄えが、使えるわけも無く、バドウィックさんから、謝礼が貰えなかったら、いきなりサバイバルを始めなくてはならない。やって出来ないことはないのは経験済みだが、出来れば遠慮願いたい。
バドウィックさんの話では、今現在、傭兵としての仕事は、無いのではないかと言うことだった。近隣には戦争をしている国がないからだ。そこで、冒険者ギルドを推薦された。冒険者ギルドは、他のギルドと同時に入れる数少ないギルドで、日銭を稼ぐのには向いているそうだ。
依頼を受けて、それを遂行するのはどのギルドでも一緒だが、冒険者ギルドは、その垣根が広いらしい。穢れ物と呼ばれる凶暴な獣、つまりはモンスターの討伐や、護衛、貴重品の採取や保護、ベビーシッターや家庭教師の依頼などもあるらしい。
そうこうしていると、フランの町が見えてきた。中央に塔が立つ城塞都市だ。スコープのスケールで確認をすると、城壁の高さがおよそ12m、城壁が湾曲しているところを見ると、方形の城壁では無いらしい。城壁の上と門には歩哨が立っているが、出入りのチェックなどはしている様に見えない。あくまでも穢れ物に対する対策なのだろう。
そのまま問題なく市内に入り、ギルドの前まで案内してもらった。冒険者ギルドは、大通りの入り口、入って直ぐの所に在った。有事の際の詰め所にもなっているのだろう。周りには、商人ギルドや、少し外れて傭兵ギルドもあるそうだ。
送ってくれた村人とは、案内に対しての礼を言って別れた。本当ならば、道中1回襲われたので、その報酬を貰っても良かったが受け取らなかった。襲ってきたのは、ピッツボーグという名前の鳥に似た穢れ物で、人の目を狙って攻撃して来るそうだ。俺は、あらかじめ拾っておいた小石を、指弾の要領で撃ち出した。10羽ほど倒したところで、諦めたらしい。食べれないことも無いが価値は低いし、美味しくも無いと言う事なので、そのまま捨て置いた。
ギルドの中に入ると、思った以上に清潔で整った場所だった。カウンターが設置され、幾つかの受付に分かれていた。この耳飾は優秀なようで、文字も見れば意味は把握することが出来る。固有名詞はそのままなので理解できない場合も在るが、それほど苦には感じない。総合受付と書いてあるカウンターに、俺は向かった。
「新規の登録をしたいのだが」
小柄な女性が、中にいた。小さ過ぎて、椅子に座っていると、カウンターの前に来るまでは見えないほどだ。気配で存在は判っていたので希望を告げる。
「かしこまりました。他のギルドに登録はされていますでしょうか?」
「いや、していないが」
えらくにこやかに返事をされて少し面食らった。ファーストフードの店員ではないのだから、あそこまでしなくてもいいとは思ったが、そこに文句をつけるようなことではないと思い直した。それでも、尻がむず痒い様な感じは抜けきらない。判っていようと女性に対する耐性は低いままだ。
「軍の兵役経験などを証明するものはございますか?もしくは何らかの戦闘に対する証明などはございませんか?」
「いや、何も持っていない」
「それでしたら、F級からのスタートになります。登録の前に説明を聞きますか?」
「ああ、よろしくお願いする」
「判りました」
コホンッ、軽く咳払いをすると彼女は説明を始めた。なにやら小動物のような印象を受ける。可愛いのかも知れないが、何処かキビキビした動きと、なぜか、滑稽さのような印象も混ざっている。
「当冒険者ギルドは、お客様からの以来を受け、それをギルドメンバーの方々に斡旋をするのを業務としています。ギルドは依頼の報酬の1割を、残りの9割を依頼を完了したメンバーに支払います。特例として、上級のメンバーには、国からの依頼などを要請することもありますが、基本的にはメンバーが自分で依頼を選びます。次はランクの説明です。ランクは、選べる依頼の難しさを表しています。自分のランクより2ランク上の依頼までは選べます。始めはともかくD以上でしたら、自分のランクにあった依頼を選ぶことをお勧めします。ランクの上昇は、遂行した依頼のランクによって変わります。自分と同ランクの依頼を30回、1ランク上なら10回、2ランク上なら2回達成することによってランクが上昇します。Cランク以上になりますと得点がありますのでがんばってください。宿が安くなったり、武器の代金が安くなったりします。ランクはFからA、そして特級が存在します。あなたは、先ほども言いましたがF級からのスタートになります。登録をなさいますか?」
大体、前もって聞いてあった通りの事なので問題ない。
「よろしくお願いする。文字が書けないので代筆を頼みたいんだが」
この耳飾は、文字は読めるが、字は書ける様にならない。おいおい覚えていくしかないだろう。文字はほとんどアルファベットだが、字体がキリル文字のような字体で、文字が34種類ある。似通った字体も多くて非常にめんどくさい。
「かしこまりました、お名前は、アルト・ヒイラギ・バウマン。お年は26、使用武器は?何ですかそれ?」
この世界には、太刀はないようだ。はじめて見た様で興味深げにしている。
「ソードでいい、片刃の物だが剣には変わりない。それと無手での組打も出来るな」
「判りました、片手剣でよろしいですね。片手剣と無手組打。以上で登録は終わりました。一回目のカード発行は無料ですが、紛失されますと銀貨一枚かかります。カードはどのギルドでも発行できますが、最後に依頼を遂行したギルドでないと、依頼遂行の履歴が消えてしまう場合も在りますので、お気をつけください。それではがんばってくださいね」
依頼は明日からにして、今日は町を見て、宿にとまることにする。3時間ほどかけて町を見て回り。食事を取って、宿で寝た。安全性を配慮して少し高い宿にしたので、明日からは稼がなくてはならない。酒場で聞いたうわさや、この町の警備兵の錬度の低さに一抹の不安を覚えながら、今夜は眠ることになった。
こんな世界で生きていくことを考えると、気分が重くなってくる。