戦いと限界
本編復帰です。
何とか短めのペースで続きを頑張ります。
事が終わり、辺りは静けさを包まれていた。
しかし、それも一瞬の事で、その直後には後詰の兵達が、門を開けて町になだれ込んだ。あまりにも簡単に、門が開いたのには訳がある。
邸内で戦っていた時の、爆音等を聞きつけて、町にいた傭兵達の一部が確認しに来たのだ。そこで彼らが見た物は、焼け焦げた死体と、首の無いロッソの体。化け物とすら言えるロッソの事を知っていた連中は、それを見て一目散に逃げ出した。
既に、前金を受け取っていた事もあるのだろうが、その逃げっぷりには感心すら覚える。折り良く、外には兵が迫ってきていたので、強奪や虐殺なども起きず、兵は平和裏に町に入る事ができた。
兵を率いる指揮官は二人。その両名ともが、シュトラウス将軍のお墨付き、現状いる人材の中で一級品と言う評価の人間だった。
隊長を務める男は、シュルツ・コーエンハイム。シュトラウス将軍いわく、御伽噺に出てくる騎士の写し身。儀に忠実、仁に誠実、智を携え、胸には勇気の炎、絵に描いた様な騎士道一本槍の武人。
しかし、同時に少し一本調子と言おうか、真面目すぎるきらいがある。本人もそれを分かっている様で、他人の話にもよく耳を傾けると言う有能な人材だ。
今回副官を務めている女性は、それを補う為にも一緒になっている。キュリアという名前のその女性は、軍属の女性には珍しく呪式が使えない。珍しい体質、呪式拒否と言う枷を背負っている。
しかし、それを補って余りあるほどの情報管理と人員整備、そして知恵を持っていると評価されている。元冒険者の経験と、ハンデを克服するための訓練で、叩き上げの一級線となった彼女は、目つき鋭いクールビューティーと言うのがよく似合う。
色々と差異の目立つ二人だが、一つだけ面白い共通点がある。武器が変わっているのだ。
シュルツの武器は、地球で言う所のコーカサスサーベル。鍔のない片刃の重さのあるサーベルで、基本片手で扱う武装になる。寒冷地で、金属鎧の無い戦いを目処に創られた為、生身の相手に向いた武装と言える。
そして、彼は盾を用いることなく、ゴツイ手甲を使っている。騎士と言うにはいささか変わった武装と言わざるを得ない。
キュリアが使っているのは、一対の錐剣〈スティレット〉刃を持たず、先端だけに鋭さを集約した刺突武器。鎧や鎖帷子を持った相手に止めを刺すための、慈悲の剣。片方の鍔は長く、太く、剣身と平行に作られている。あれは、ソードブレーカーとしての役割も兼ねているのだろう。
やや変わった二人ではあるが、聞いていた分の仕事は十分にしてくれた。門を開けて中を確認した後は、兵員を3部隊に分けて行動した。1つは邸内の探索、これはキュリアが指揮を執った。1つは町内の巡回。そして、シュルツは残りを率いて逃亡した傭兵達の後を追った。
これは、正式に傭兵ギルドに登録した傭兵に関しては、そのまま負けた後でもギルドに残っていれば、犯罪行為のない限りその場で釈放になる。
しかし、あまりにも手広く傭兵を集めた所為で、ルールを知らない者があまりにも多く、多数の逃亡者が出たのだ。まともな傭兵を守るためにも、そういった連中には、相応の罰を与えなければならない。
捕まえたマウゼルはバイエルラインとキュリアに任せ、俺は単身、マリッカさんの店にいた。
「あっさり終わったわね」
マリッカさんは、丁寧に入れたお茶を出してくれた。独特のハーブティーのような香りが部屋に広がる。俺はそう言った事に詳しくは無いが、これがマリッカさんの気遣いであると言う事は分かる。
「ですが、自分の弱さを痛感しました」
「だからあの子は一緒じゃないの?」
バイエルラインには、気絶したままのマウゼルを見張らせている。奴等が奪還紙に来た時の為にと言っておいたが、そんな事は起きないだろう。
「弟子の前で位、意地を張りたいですからね」
そう言うと、マリッカさんはにこやかに笑う。その笑みは何かを修めた人間の様な、大きな背骨を持つ、おおらかな笑みだった。
「今日は穏やかな目ね、そっちの方が好きだけど。こんなオカマさんに何の御用かしらね?」
すこし、おちょくる様な言葉遣いも、今は心地よい。いや、悪意には感じないからだろう。これはこの人が持つ特有の物だ。
「私は、同性愛者はあまり好きになれません。しかし、それ以上にオカマさんを嫌いにはなれないのですよ」
この思い出を、良い思い出と言って良いのか悪いのか。それは分からないけれど、少なくとも俺を支えてくれた一つであるのは間違いない。
あの幼年期の拷問、訓練所の中での事。当然のように居た子供を痛ぶり、辱めようとする連中。そんな中で、ただでさえ狙われそうな東洋人の俺が、最後まで性的な虐待の被害にあわなかったのは、その他の多くの子供達が虐待にあわなかったのは、あいつが居たからだ。
名前も知らない、既に顔貌さえ細かくは覚えていない。俺よりも、1つか2つ年かさだったあいつは、そういった情欲を一手に引き受けてくれた。自分は体は男でも、お姉さんだから、皆を守るからと。
10歳程でしかなかったあいつが、なぜそこまで出来たのかはわからない。なぜ、そこまで守ってくれたのかもわからない。だが、あのお姉さんのおかげで俺たちは助かった。始めは気持ち悪いとか。変だとか言っていた俺たちを、なぜそこまで守ってくれたのだろうか。
俺たちを守って、歯を食いしばって耐えながらも、人を傷付けたくないと泣いていた。誰もが感情を麻痺させる地獄の中で、ただ1人皆の為に泣いていた。
今どうしているのかは知らない。あるとき不意に姿を消したから。当時の俺は、別段考えていなかった。しかし、今になって思う。
色々な偶然が、俺の人生を狂わせた。
色々な奇跡が、俺の命を救ってくれた。俺の魂を永らえさせてくれた。
「大切な思い出、そう言った所かしら?」
「そうでしょうね」
上手く伝えられないから、俺には言葉にする方法がないから、今は黙って頷いておこう。
マリッカさんは、それ以上追及することもなく、俺にお茶のおかわりを入れてくれた。
しばらくは静かな時間が流れる。俺は黙ってお茶を飲み、マリッカさんはクッキーを摘む。一種独特ではあるが、とても穏やかな空間だ。
しかし、落ち着きに此処に来たわけではない。
「まずお聞きしたいのですが、マリッカさんはドワーフですよね。そしてドワーフの多くは、鍛冶等の職人としての腕を持つ。そうですよね?」
「そうね、私は残念ながら呪式が使えないから、そっちの道は諦めたけど。多くのドワーフたちは、その腕に誇りを持っているわ」
「今回の戦い、自分の弱さを痛感しました。そして武器の弱さにもです」
目の前に刀を持って、ゆっくりと引き抜く。光を反射していく刀身が、ある所で一際大きく光を放つ。だがそれは、けして美しい光ではなかった。
「歯切れ。よく折れなかったわね」
「それが刀の特性ですからね。折れず曲がらず、その切れ味はかみそりのように鋭い。ですが」
「その、刀だったかしら。それはもう使えないわね」
「ええ」
その通りだ。歯切れは、刀身の半ばまで行っている、細かい刃こぼれならば何とかなるが、此処まで割れてはもう無理だ。
元々が新々刀、それも偽作であるのは分かっていた。銘は山浦真雄と切ってはあるが、真っ赤な偽物だ。それでも、そこそこの品ではあった。
しかし、今後もロッソのような奴や、あの時現われた男などと戦うのなら、これではダメだ。もっと、信用できる武器が要る。今の俺の力では、この刀を全力で振れない。刀の方が耐え切れない。
2尺1寸5分(約65cm)山浦真雄銘の偽作、良い刀ではあったが、これ以上は無理だ。長らく役に立ってくれたが、致し方ない。
「そこで、これに変わる武器を探しています」
「正確に言うなら、その武器を作れる者をって事ね」
「その通りです。どなたか心当たりはありませんか?」
「そぉねー」
マリッカさんは、顎に指を当てて考えるしぐさを見せる。指が髭に埋もれているので、少し変に見えるが。
ふと目線が合うと、マリッカさんはニヤリと笑う。
「でも、何でかしらねぇ?」
「何がですか?」
「貴方は、本質的に他人をそんなに信用しないはずでしょう?先日、1日だけあった私を信用して、武器のことを聞くなんて、何でかな?そう思ったの」
「そうですね」
そう考えてみれば良く分からない。以前の俺ならば決して行わない行動であるのは間違いないだろう。
「何と無く。何と無くでしょうね」
そう、そう言うしかないだろう。他にはなんとも言葉にならない。
「あら、あら、あらあら。貴方に似合わない言葉ねぇ」
「そうでしょうね。最近、どうもおかしい事が多いですが」
「ですが?」
「それが、嫌ではないのですよ」
自分の知らない一面が、見えてきたということだろうか?そして、今回の一件まで、調子に乗っていたのも確かなのかもしれない。どうも、こちらに来てから強くなりすぎていたように感じていたが、油断だったとしか言えない。
ロッソとの戦いに現われた男。
あの男に勝てた気がしない。いくら、ロッソとの戦いがあった後とは言え、勝てる確信が持てなかった。いや、むしろ負けると思った。
もう一度、俺はニュートラルな所に戻るべきなのかもしれない。だが、既に弟子を持ち、フレッド達の守護者を誓ったのだ。現状で足掻くしかない。
「それに、さっきも言いましたが、オカマさんは嫌いになれません。そしてそれ以上に、俺は負けず嫌いでしてね。負けると思ったのが、許せないのですよ。それを払拭するためならば、すがれる所にはすがりますよ」
クククッと、マリッカさんが笑う。口元を手で多い、笑いをこらえるようにしても声が漏れるその姿は、形だけなら完全な女性だろう。
「そういうのは嫌いじゃないわ。それならちょうど良い事に、王都の傍のローグ山にドワーフの里があるわ。そこに私が直接案内してあげる。マリッカ・ローグが、貴方の望む武器を作れる職人に会わせてあげる」
しっかりと俺を見据えるその目には、優しさだけではなく、断固たる決意と熱意の炎が燃えていた。
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今後も頑張ります。