マウゼル領の戦い(後編)
今回、かなりきつい戦闘シーンがあります。
グロイ描写と変態が出てくるので、お気を付けください。
「バイエルライン。さっきの部屋だ、さっきの部屋に入って閂かけて篭っておけ。後で迎えに行く」
「ですが、し、師匠」
「急げ!」
半ば怒鳴るようにしてバイエルラインを、先ほどの部屋へ向うように命令する。マウゼルを抱えたまま、バイエルラインが駆け出すのを確認して、落ち着いてくるのを感じる。
守るべき者が居ると言うのは、たしかに力にもなる。だが、同時に精神的にプレッシャーがかかる場合もある。バイエルラインが居る状況に、自分も知らず知らず影響されていたのだろう。やっと頭が、戦闘用になってきた。
「態々、待っててくれるとは紳士だな」
「なぁに、仲の良い師弟は、後で仲の良い奴隷同士にしてあげるよ。どうだい、師弟の垣根を越えた交流が出来ると思わないかい?」
「師弟の垣根の中で、十分な交流は取れているから遠慮するよ」
未だに、2階の窓から声をかけてくるロッソとの会話は、どう転んでも不愉快な方向に行くようだ。
「さっさと降りてこないか?それとも魔法使いと言うだけあって、そこから攻撃してくるのかい?」
「君が僕の美しい姿を見て、気絶しない様に時間をあげていたのさ」
「それはどうも、あまりの醜さに目が潰れないか心配だね」
「そんな軽口も、僕の姿を見るまでさ」
そう言って飛び降りてきた、ロッソの姿は、異様だった。
まず、その武器が異様だ。3m近い金属の棒、太く長く、そしていかにも重量がありそうな、鉄塊と言うにふさわしい武器。並の人間は、持てる筈もない。
だが、その武器を使う本人の姿はそれに輪をかけて異様、いや、異質にして異常だった。
顔は確かに美しい、女性かとも思うような整った顔、端正な顔には来いブラウンの髪が映え、やわらかさと気品を醸し出す。整って、小さく纏まった顔、そこだけ見れば、何処かの王子か貴族の令息。女性からは、いや、男性からもため息が出るような美貌だろう。だがその顔の位置が問題だ。
肩口までの高さは、2mを超す。太い腕、あまりにも大きな大胸筋、筋肉の塊と言った上半身には何も身につけず。その鉄条を重ねたかのような筋肉を火の元に晒している。太く無骨な指、樽の様な脚、体中が盛り上がっている様な印象すら受ける。
まるで、子供が二つの人形の、体と頭を戯れにくっつけたかのような姿。どう考えても、嫌がらせか、悪い冗談のようにしか見えない。
「魔法使いかそぐわないな、筋肉の塊、とでも改称したらどうだ?よほどお前に合っているぞ」
俺は完全に皮肉のつもりで言ったのだが、ロッソはそうは受け取らなかったらしい。
「そうだねぇ。僕のこの美しい筋肉からすれば、それも良いかもしれない。でも、どちらかと言えば、美の化身とかの方が良くないかい?」
「そうだな、馬鹿にしか分からない芸術とかはどうだ?つまり、それを美しいと言ったお前自体が馬鹿、そういう意味だが」
なんだろう、気持ちの悪い光景。グロテスクとも言えるような光景は、今まで、それは飽きるほど見てきたが。単なる人間を見て気持ち悪くなったのは初めてだ。
「ふふん、そんな意地悪な事を言ってると、奴隷にしてからの扱いが悪いよ。それとも、虐められるのが好きなのかな?だったら僕との相性は抜群さ、僕は虐めるの超上手いよ」
もう、ただ言葉を交わすのも億劫になった。ただ只管に、嫌悪感しか沸いてこない。何も喋らず、刀を抜いた。
「せっかちさんだね。そんなに、僕のこの棒を喰らいたいのかい?良い趣味してるよぉー」
そう言って、棒を構えながらロッソが突撃してくる。周囲の空気も、何もかも巻き込む様な、怒涛の突貫。だがその進撃は、俺が作り出した、シャボン玉のような物に止められた。
パチンッと、空中に浮かんだ泡が弾け、中から来い林檎のような香りがあふれ出す。
「んー、今更僕を喜ばせようとしても無駄だよ。でも良い香りだねぇ」
「いや、お前があまりにも臭そうなんでな。前もって、臭いを消そうかと思ったんだが…まだ臭いな」
そう言いながら、荷物から抜いておいた防毒マスクを顔につける。目まで覆えるタイプの奴だ。臭いと言う言葉に反応したのか、ロッソは小刻みに震えていた。
「だがそれでもまだ臭いな、それに醜いから直視するのはきつい。これで顔を隠すとしよう。あー臭かった」
「僕が臭いだってぇー!君、死んでしまうかい。死んでしまいなよぉぉー!」
そう言って、再び、こちらに向ってこようとするロッソの前に、もう一度、シャボン玉が浮く。
「こんなものぉ」
そう言いながら、ロッソは手でそれを潰す。すると今度は、刺激臭を伴った、本当に酷い臭いが新たに漂う。ロッソは、右半身にその液体をべっとりと浴びた。
「く、臭い、臭い、臭い臭い臭い臭い、くぅぅぅさぁぁぁいぃぃぃ!」
「おや、自分で自分の臭いに気が付いたのか、それは重畳」
「ふざけるなぁ!き、君はもう、ただでは殺してあげないよぅ」
そう言って俺を指差すロッソの前に、三度シャボン玉が姿を現す。
「またこれかぁ、馬鹿の一つ覚えだ」
そう言って、持っている棒で、シャボン玉を叩き潰す。
その瞬間、爆音が中庭に響いた。
硝酸メチルとニトログリセリンの混合液。およそ1kgの質量を持ったその液体は、叩き付けられた棒の衝撃に反応し、爆発。衝撃波と、爆音そして熱量を周囲に振りまいた。
不意の爆発に、気を取られたロッソの懐に、一気に飛び込む。同時に縦に旋廻、俺の刀がロッソの太い腕を断つ。そのままの勢いを残し、首筋へ一閃。流石に、これは弾かれたが、ついでとばかりにわき腹を薙ぐ。そのまま、追撃が来ないうちに攻撃圏から離脱。
「腕が落ちたよ、大丈夫かい?」
ロッソは落ちた腕を拾うと、切り口に付けた。すると流れる血が見る間に止まり、瞬時に腕が繋がった様だ。
「それが噂のお前の力か。治癒と言うよりは、再生といった感じだな」
「ふ、ふふっ、ふひゃ、ふひゃひゃひゃ、あはっ」
腕をつなげたロッソは、いきなり笑い出す。痙攣するかのように笑うロッソの姿は、不気味と言う以外言いようがない。
「やるじゃないか、君は絶対奴隷にして、お尻から犯しまくって。そして、早く殺して下さいが、口癖になるほど心を壊してあげるよ。此処まで僕を怒らせた君を、僕が一生愛してあげよう」
「そんな愛は、いらないよ。変態同士で乳繰り合ってろ」
思わず、背中に寒気が走った。此処まで悪意に彩られた人間は、見たことがない。下衆は数多く居た、外道も、変態も見てきた。だが、こいつの物は一味違う。先ほどかいた汗が、背中で凍りつくような感覚。吐き気と、頭痛に近い感覚を抑え、ロッソへ向う。
低く入った、俺の頭の上をロッソの棒が薙ぐ。そのまま横を走り抜けつつ、太ももの肉をそぐように切り落とす。落ちた肉を、ロッソが拾う前に蹴り飛ばす。
その瞬間、俺の頭ほどもあるロッソの拳が、俺の肩すれすれに振り下ろされる。化勁を使ってそらしたが、それでもなお肩の骨が砕けそうな衝撃が、体に走る。痛みをこらえ、ロッソの首を狙って、刃を走らせる。体を曲げたロッソの肩を斬ったが、その所為で隙を作ってしまった。脚を払うように、ロッソの棒が狙う。間一髪跳んでかわす、更なる追撃が来る前に、ロッソの胸を蹴って距離をとる。
「化け物か、その図体でその速さ。しかも、斬ってもそのまま攻撃してきやがる」
「神の化身さぁ」
ロッソの周囲に、3つのシャボン玉を浮かせる。中身は、先ほどの混合液。作り上げた瞬間に棒手裏剣を投げ打ち、破裂、いや爆裂させる。
その爆発の中に紛れさせ、さらに頭上から、液体を降らせる。作り出した液体は王水、濃塩酸と濃硝酸を3対1の比率で混ぜ合わせた液体、殆どの金属を溶かす強酸性の液体。無論、人体に対しても強力な溶解作用を発揮する。
ロッソの皮膚が焼け爛れる音が響く中、悲鳴のする方向へ、棒手裏剣を続けて投擲。ブスブスと、肉に刺さるのを感じる。しかし、体表面をさんに焼きながらも、ロッソは攻撃してくる。
「この美しいロッソ様に、こんな事をするなんて。お仕置き2倍が確定だよ」
度重なる爆撃と、ロッソの重撃によって、足元の状態が悪い。ただただ、力で押してくるロッソの、竜巻のような棒の旋廻に、付け入る隙がない。普通はこんな攻撃をすれば、スタミナが尽きるか、肉体に限界が来る。しかし、そんなそぶりは毛ほども見せず、ロッソの攻撃は続く。
中庭に生える木を盾にするも、まったく攻撃の速度が落ちる事はない。ロッソの攻撃は、黒い暴風となってやむ事を知らない。
しかし、単調な攻撃で、よける事は容易く。おかげで、呪式の連発で負荷のかかった脳を休めることができた。
その時、音を聞きつけて、中庭に何人かの兵士が現われる。
「貴様ら、何をしている。あの暴れている男を止めないか!」
あまりの迫力に、混乱している兵士達に、わざと命令をする。本来であれば、聞くはずの無い命令ではあるが、一瞬考え込んでしまい、致命的な隙を作る。
「すまんな」
ぶん殴りつつ、兵士の持っていた槍を二本奪うと、ロッソに向けて投げつける。その後を追う様に疾走、槍を叩き落した棒の軌道が変わった隙に、一気に懐に飛び込む。右腕を、手首から先を斬り飛ばす。さらに、返す刀で左手を肘から斬りおとす。遠心力を与えられていた棒は、両の手の先と共に、吹っ飛んでいく。
得物を失ったロッソに、さらに攻撃を仕掛ける。首筋に突くように切り付けるが、残っている腕を盾にされてかわされる。さらに腹を、半ばまでも断つが、厚い筋肉と、熟練した技巧を持って防御され、断ち切る事はできなかった。
腹に、刀が締め付けられ、一瞬動きが鈍る。その隙に、膝を合わせられた。とっさに刀を引き抜きながら、後ろに跳んだものの、完全に威力を殺す事はできなかった。胃液が口元まで上がって来るのを感じる。
「やるじゃないか、だがね」
そう言うと、斬りおとした腕や、切裂いた腹が、見る見る回復する。まったく持って、化け物としか言い様が無い。
「無駄なのさ。さぁ、僕の奴隷におなりよ…って、何だこれは!」
復活した、腹の周りや、腕に黒い斑紋が見える。
「なぜだ、なぜ、なぜだぁぁぁ。僕の、僕の美しい肉体にこんな斑がぁ」
ロッソの、体に浮かぶ斑は、どんどん色濃く、そしてその範囲を広げていった。
「ロッソ、お前、癌というものを知っているか」
「がん?がん?がんんん?それがこの斑だとでも言うのかぁ!」
「その通りだ。癌、腫瘍、肉腫、言い方はともかく、お前は病気になったのさ」
「病気だとぉ!そんな物には、今までなったこともないぞ」
初めての経験、そして自分が美しいと言う肉体が、黒い斑で覆われた所為だろうか。端正な顔は醜く歪み、先ほどまでとは話し方も変わっている。
「お前が最初にかぶった液体、さらには、呼吸している空気、そして俺の刀や棒手裏剣には、毒が塗ってあった。それも、単なる毒ではない。その病気を誘発させる毒だ」
発がん性物質、そして発がん性因子。ベンゾフラン、アセトアルデヒド、テトラクロロエチレン、シスプラチン、硫酸ジメチル、エピクロロヒドリン、そして、王水による火傷、爆炎による火傷。それらの因子は、爆発的な細胞分裂の中で、結果を表す。
「その結果が、急激な癌の成長。動けば動くだけ、回復すれば回復するだけ、お前の死は早まる」
体中に高濃度で撒かれ、爆炎で暖められて気化し、斬りつけられる度、刺される度に体内に侵入した。皮膚に、肺に、内臓に、血管に、それらは一気に牙をむいた。
「苦しむよりは楽に死にたいだろう。首を一撃で落としてやろう」
この世界で、そこまで進行し、全体に転移した癌を治す術はないだろう。苦しんで多臓器不全で死ぬのが落ちだ。
呆然と、へたり込むロッソに、止めを刺そうと近づいた時。
ロッソに匹敵する存在感が生まれた。
危険を察知し、速やかに後方へ跳ぶ。さっきまで俺が居た空間を、3本の矢が通り抜ける。
「おや、避けましたか。気配は消していたんですがね」
「よく言う、アレだけ殺気を撒き散らせば、並みの奴なら気を失うぞ」
そこに立っていたのは、見た目年齢が分からない男だった。20代とも30代とも取れる。痩せた体に、猟師のような服を着込み、片目にはモノクルの様な物を掛けている。やわらかそうな物腰をしているが、青い目が、鉱物のように冷たい。
「ロッソさん、そんな物、ロベロ老師なら直ぐに治してくれるでしょう。心配は要りませんから、今日の所はいったん引きましょう」
「お前を帰すと思っているのか」
せっかく、此処まで追い詰めたのだ。今更、もって帰られては困る。
「まぁまぁ、此処は痛み分けと言った所で」
そう言いながら、男の右手がゆっくりと上がる。あまりにも自然な動作だったので、とっさに反応が出来なかった。
しかし、その男の目の色が、一瞬変わる。鉱物のような青から、揺らめく赤に。
先ほどの物を遥かに超える、寒気が走る。とっさに、開いている窓から、邸内に飛び込む。飛び込み際に、ロッソに向けて投擲出来る限りの棒手裏剣を擲って置いた、運が良ければ、脳を破壊できる。室内に入り、さらにドアを突き破り、廊下に出て、走る。走る。走る。
その時、後ろから。
ゴウッ!
と言う音が聞こえた。数瞬遅れて、背後から急激な熱波が迫る。髪の毛が、チリチリと音を立てるほどの、熱風が通り抜けた後には、静寂が待っていた。
来た道を取って返し、熱でむせ返るような部屋を抜け、中庭に戻る。
そこには、炭化した兵達の死体と、燃え盛る木。
そして、首の無いロッソの死体があった。
俺は、言葉も無く、立ち竦むだけだった。
周囲は、熱で焦げ付くようなのに、俺のかく汗は、冷たかった。
御意見御感想お待ちしています。
また誤字脱字などもありましたら教えていただければ嬉しいです。
今回は、ちょっときついお話でしたが、読んで頂いてありがとうございました。