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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第1章
34/85

在りし日に酒を酌み交わし

その後、もう少し話を詰めて、マリッカさんの店を後にした。


治安が悪くなったとはいえ、人口が一気に増えたのは確かなのだろう。大通りには屋台が立ち並び、路地を覘けば、日もまだ高いと言うのに春を売る女達が見える。中には、女装した少年や、男装の麗人の姿も見える。冒険者ほどではないが、女性の傭兵も低くは無い、そちらの需要もあるのだろう。


「ベイル、とりあえず宿を確認しよう。さっき聞いた話だと、傭兵の多くは既に宿舎に入らされているようだ。宿の部屋は空いているだろう」


少し歩き回るが、戦時需要の物売りや春売りなどが部屋を確保しているようで、中々部屋は見つからなかった。しかたなく、さらに中心に向うと、目的の館マウゼル邸の近くに、少し高級な宿があった。どうやら値段で避けられていたようで、まだ部屋があったのでここに決める。二人部屋を取り、中で荷物を降ろす。


指で合図を送り、近くに寄らせると、小声で話しかける。


「作戦は、明日正午にギルドで受付を済ませ、その後館に侵入。速やかにマウゼルを捕らえ、外へ脱出。その際、発光呪式で、後詰に来るはずの部隊に信号を送る。発光順は、成功なら赤赤紫、失敗なら赤赤白。確認」


「作戦内容確認しました。明日まではどうします」


「何もしない。下手に顔を覚えられても厄介だ。此処で時間をつぶす。食事も下の食堂で済ませよう」


「それだけですか?」


「ついでに、口伝になってしまうが。お前に教授してやろう。弟子に取ってから纏まった時間も無かったしな」


出切れば、同時に体も動かせればよかったが、仕方が無い。流石に、弟子に取っておきながら、走り込みしかさせていないのは、悪かったと思っている。口に出しはしないが。


「ありがとうございます!」


無駄に返事が大きい。ただでさえ、傭兵風情が町で一番高級な宿に止まっているんだ。気は使い過ぎても、過ぎる事はない。


「大きな声を出すな。馬鹿弟子」


俺とは大分に違うな。どう扱って良いのか、実際の所良く分からん。



「以前も言ったが、体の動かし方には、2種類ある。瞬発と持続、瞬発に関しては、体の問題もあるが脳の抑制の問題が大きい。これは後でまた説明するが、人間の体には、最低限体を壊さない様に、って何をやっている」


俺は、目の前で巻物に、必死に言葉を書いていくバイエルラインを睨んだ。


「はぃ、一言一句漏らさぬように」


「馬鹿弟子、口伝と言ったろうが。書き記してどうする。耳で聞いて覚えろ!この馬鹿者。そんなものは破棄だ、破棄」


「あ」じゃない、この馬鹿者。今後体を動かしながら教えていくんだから、変な癖を覚えるんじゃない。


「続けるぞ。人間は最大の力を発揮すると、高確率で組織が壊れる。これを防ぐために、脳にはある種の抑制、制御がかかっている。これを外す事により、本来は3割から4割しか発揮できない全力を、7割から8割発揮する事が出来る。しかし、これは次の課題だ。時間もかかるし、手間もいる。後に回して、まずは持続だ」


少なくとも、知っておいてから、訓練した方が進みが速い。イメージと理解は、訓練を次の段階へと進ませる。


「今回の本題になる持続だが、要は緊張を含まない脱力した状態、そして無駄を排し流れる様に力を伝達させる動き。この二つだな、そこで大事なのは、構えと脱力、圏と円だ」


「構えに脱力、圏に円ですか」


「そう難しく考える事はない。正しく構えれば、正しく脱力出来る。その構えから、正しく動けば円の動きになる。円の動きは、圏を作り出す。全ては、ひとつの線の上だ、拳であろうが刀槍であろうが、その根幹は全て同じだ。なんにでも応用が出来る」


まぁ、それは大分先の話になるが、難しいと言う先入観を与えるまでもあるまい。むしろ、肉体的には十分に出来上がっているのだから、精神面と理の問題だ。


「両腕が大きな円を描く様に、両足と頭頂がへそを中心とした円の円周上に在る様に。腕はゆったりと肩からなだらかな曲線を、膝は緩やかに曲げ、両足の間にある空間を意識しろ。背に力を入れず、背筋ではなく胸で体を支える感覚。へそから真直ぐ上ってきた力が、喉元で釣り合う様に。逆にへそから真直ぐに降りた力は両足の中心、その空間で支えられる様に」


やはり体が出来ている。対応が早く、体幹の位置の把握がすばやい。しかし、やはりまだ固く、体の位置が直線的だ。


「もう少し力を抜け、脇は絞めつつも腕はゆったりと余裕を持って。それと胸を張りすぎだ、深く呼吸し深く吐け、吐き切った所から呼吸が楽になったところで止めろ。その形が基本と言う事を覚えておけ」


構えをグルリと見てから手直しをする。少しずつ位置を直し、再び深呼吸させる。


「深く吐き、深く吸え。呼吸ごとにゆったりと構えを交互に。一歩ずつゆったりとだ。あせらず形を確認するように歩け。始めは半刻で良い、それ以上は持ちはしない」


慣れなければ、早々長く持つものではない。恐らく今のバイエルラインでも1刻は持つ、だがそれでは明日に疲れを残しかねない。ゆったりとした動きは、想像以上に体に応えるものだ。しかし、故障を起こしにくく、変な癖が付き難い、非常に良い訓練と言える。


その後、半刻その動きを続けさせ、柔軟を終えてから風呂に入りに行った。この宿は、流石に町の中で一番高級なようで、風呂の用意があった。とはいえ、そう大きくないバスタブに、順番に1人ずつ入っていくだけだが、それでも、無いよりははるかにましだ。しかし、薪の関係なのかやや温い、できればもっと熱い風呂につかりたいが、あまり贅沢も言えない。


城には大きな浴場が在って、俺はとても気に入っている。本来は王家の者が使う風呂らしいのだが、あまり関係なく俺やバイエルラインも入っている。メイリンも、初めて入った時には感動したそうだが、かなり深いのでくつろぐと言う感じにはなりにくい。今度、防水の椅子でも探して来ようかと思っている。


ともあれ、風呂でさっぱりした俺たちは、下の食堂で遅めの食事を取り、酒とつまみを用意してもらって、部屋で飲みだした。流石に、まだまだ寝るには早い。


「バイエルライン、お前には話してなかったな」


「何をですか?」


「成り行き、俺がなぜ今此処に居るか。そういった話だ。かなり飛んだ話になる、信じなくても良いが、フレッド達に話しておいて、弟子に話しておかないのもどうかと思うんでな。話しておくよ」


「俺が師匠の話を信じないなんて事はありません」


「そうか、それじゃあ」


俺は、以前フレッド達にした話を繰り返した。親の事、師匠の事、前の世界の事、俺がフレッド達を護ろうと思った事についても話しておいた。バイエルラインは口を一切はさむこと無く、黙って聞いていた。俺もバイエルラインも、時折自分で酒を注ぎ、1瓶が無くなる頃俺は話し終えた。


「そう言った事があったわけだな。弟子を取ったのは計算外と言うか、予想だにしていなかったが」


本当に、思っても居なかった事だ。なってみれば、別におかしなことも無く、この状況を好んではいるのだが。


「そうだったんですか。すごい話ですね」


普通に信じるんだな。フレッド達もそうだったが、異世界からの来訪って普通なのか?まぁ、神が実在してる世界だから無いとも言い切れないが、帰る気なんて無かったから、まったく調べてもいなかったな。今後調べる気も無いが。


「では、師匠がそんなに強くなったのも、その師匠の師匠のおかげなんですか?傭兵だったんですよね。師匠も、その師匠の師匠も」


早口言葉みたいだが、確かに師匠の師匠だな。


「バウマンと言う人だったよ。俺の家名にもなっているだろう。俺の師匠で親父だ、名前はフレデリックと言った。中々、奇遇と言っても良い名前だな」


強さか。教えてくれたのは、戦い方と考え方そればかりだったな。それでも今の俺を作り上げたのは師匠だ。


「今の俺の直接的な強さなら、師匠の死後鍛えた方が大きいな。だが、生き方考え方、そんな事は全部師匠が教えてくれた。彼が居るから今の俺がある、そう考えれば、お前の行ったことは間違っていない」


これは、これだけは、間違えようの無い事実だ。


「それを俺にも教えてくれるんですか」


「いや、それは教えない」


「何でですか!」


まぁ、言い方が悪かったな。


「師匠が俺に教えた事を、そのまま教えても意味は少ない。お前には、俺が師匠の教えを元に作り直した物を教える。お前も、お前に弟子が出来たら、お前が作り直したものを教えたら良い」


かならず、間違いなく技やその精神は変化していく。変わらなければ、取り残されて意味がだんだんと無くなって来る。


「俺は、バウマン師匠にはなれない。お前も、俺にはなれない。俺はお前の進歩の手助けをする、そこからお前の形を作る。それは、俺とお前が共に行って初めて出来ることだ。だから、俺の教えを受けたからと言って、お前が俺になれるわけではない」


もう既に、俺からバウマン師匠の色は抜けかけている。それは寂しく思う事でもあり、誇りに思う事でもある。「どうだ、俺は此処まで練り上げたぞ」と。そう思う所でもある。しかし。


「だが、お前は俺に良く似ている。呪式については分からないが、武についてなら、俺の所までは引っ張りあげてやる」


「似ているのですか」


この世界に来て本当によかった。思ってもいなかった、護る相手、弟子に弟や妹のような存在まで出来た。俺を、ガキ扱いしてくる大人もいる。そんな環境は面映く、また楽しい。何よりも嬉しい。


「俺が、バウマン師匠に弟子入りする時、最初は断られた。そうだろう、まだ子供だ、面倒を見る気にはならないだろう」


最初は、何を言っているんだと馬鹿にされたものだ。

 

「それでも何とか認めて欲しくてな。それ以上に力が欲しかったんだ、だから何とか教えを受けたかった」


今考えれば、意地になっていたのだろう。


「普通の試験では飽き足らず、俺も不意をついて襲ったのさ。もっとも、俺は2週間で30回ほど襲ったがな」


「あそこで、お前が奇襲をかけてきたときは驚いたよ。俺の時よりははるかに高度な奇襲だったぞ」


そう言って、酒をのどに流し込み笑う。バイエルラインも気恥ずかしそうに笑っている。


こんな時間を護れるならば、色々な問題など、なんとも軽い事だ。


先に、こんなにも嬉しい時間が待っているならば、諸々の問題など、笑って乗り越えてやる。


「寝ろ。明日に疲れを残してもいけない。続きは、作戦を終えての祝杯にしよう」


「はい、師匠」


今は、ただ穏やかに眠ろう。


たとえ、明日は血風が舞い雷火が散ろうとも。




御意見御感想お待ちしています


追記 次回とその次の回は ガッツリバトル予定。上手く書けないのはわかっている。

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