マウゼルの町で
やっと出来ました。でもちょっと納得がいかない。
バイエルラインと馬を駆り、マウゼル領へと急ぐ。
「町に入る時はどうします?突破しますか」
妙に気分が高揚しているらしいバイエルラインが気になるが、過ぎるようなら注意すれば良いだろう。一応質問には答えておこう。呪式の通信は、手に何も持つ必要が無く、音声もクリアーだ。馬上においても問題なく運用できる。
「いや、状況で変更する予定だ。一応、冒険者としての依頼も用意してある。だが、傭兵を募集しているらしいから、それで入れるようならそっちだな」
情報が少なすぎて、作戦の立てようも無い。情報の流れる速度が遅すぎる、偶然にも、バイエルラインをアリシアさんの元に走らせていたから、迅速に対応できたが。
偶然に頼るわけには行かない、少なくとも、諜報をメインに行う部署が今後必要だろう。その辺りは、シュトラウス将軍に期待しておこう、今の自分にはそれをなす人脈が無い。
「そんな、適当なんですか?」
「適当ではなく、臨機応変と言っておけよ。しかたないだろ、情報が無い状態で作戦の立てようも無いんだ」
邸内に入ってからの作戦はあるが。町自体に対する作戦は無い。
「まぁ、町には最悪夜になれば入る事は出来る。そこまで心配しなくて良い」
あの広さの町を、高々傭兵雇ったぐらいで完全に管理できるものでもない。少なくとも、経験のある兵が600人規模で必要だ、傭兵は戦闘技能職ではあるが。軍律からは外れる事が多い、話を聞く限りのこの世界の傭兵はそう見て良い。
明文化しているかどうかは国によるようだが、傭兵の略奪や強姦、その他の行為に関しても暗黙的に許可されている場合が多い。その影響は、無論徴用兵や騎士にも及び、軍の規律は俺の感覚からすればかなり悪い。
良くも悪くも、中世、もしくはそれ以前の軍で止まっている。爺さんに話を聞く限り、戦術的な天才は多くいたが、軍制と兵站にまで考えが及び、なおかつそれを実行できた者は此処400年ほどいないらしい。あくまでの爺さんの言ではあるが、他に信用すべき情報も無いのでそうなのだろう。
「やれやれだ」
思わずもれたため息混じりの感想は、未だ解いていない通信の呪式にのってバイエルラインにも聞こえたようだ。
「なにか、なにか問題でも」
「いや、軍の意識改革が必要だと思ってな。傭兵も今後は使わないようにして、軍の規律も徹底しないと、無用の悪意と憎悪を招くだけだ」
長年の慣習だから、生半な事ではないがなぁ。最近ため息も増えた、昔はあまり考える事も無かったが、最近は心労も多い。フレッドのことは言えないな、胃の心配を俺もするべきかもしれない。
「先は長いな」
「とりあえず、後半刻もせずに町には到着します」
「そうだな、出来ることからやっていこう」
ふぅ。ラッセルも、よく胃が痛いと言っていたが、もう少し気遣ってやればよかった。以前の戦友、時々上官を思い出して、少し気が和んできた。
「門が見え始める前から速度を落とすぞ。お前の判断で知らせて来い。幸いここまでは、人も通っていなかったから駆け通しで来たが、流石に目立つのは不味い」
「はい、師匠」
「それと、偽名も決めておけ。俺はラギにするが、お前はどうする?」
「ベイルでお願いします」
「わかった、お互いにそれで呼び合うぞ」
「ハイ、師匠」
分かってるのか?こいつ。
暫く走ると、バイエルラインから通信が入って俺達は速度を緩める。町がだんだん見えてくるが、フランの町との大きな違いはない。
全体的に城壁が高く、白っぽい石を使っていたフランに比べて、城壁の石は黒っぽい。流石に厚さは、ここからは見えないが、シュトラウス将軍から得た情報によると、7フィールはあるらしい。戦争後に被害箇所の多くを改築したので、老朽化の心配も少ないそうだ。
フランと同じく、町には教会の青っぽい塔も見える。これ以上は、中に入って見なければ分からない。
「行くか」
「はい、師匠」
お前は、そればかりだな。
門には番兵が10人ほどいるが、お互いに話をしており、士気は高くない。やはり、貴族軍が存在しないので、傭兵をかき集めはしたが、烏合の衆にとどまっているようだ。集団的な行動が取れる軍ではない。
「オイ、お前ら」
ゆったりと門に近づくと、その中で恐らく隊長格であろう男が声をかけてきた。
「お前らも、雇われか」
「ああ、こちらに寄る依頼もあったしな。ついでに一稼ぎしようかと思ったんだが、調子はどうなんだ?」
周りの男達も、そろって笑う。どこか馬鹿にしたような雰囲気にムッとなるが、今は顔に出さない。バイエルラインは苦労しているようだが、まぁ、仲間を馬鹿にされて怒る役というのも悪くはない。
「上々さ。それにしても、依頼ついでとはマメな奴だな」
「よっぽど困ってんのか?」と周囲からさらにヤジが飛ぶ。
まぁ、馬鹿にしてもらって油断してくれるのならやり易い。
「まぁ、依頼はついでさ、世話になった人に頼まれてな。その依頼の話なんだが、ローエルイ亭って飯屋知ってるか?手紙を預かっているんだが」
「知ってるか?」と男達がささやきあう。一人がなにかに気が付いた様子で、「マリッカの店だ」と言った。他の男達も「ああ、あそこか」と認め合う。
「お前の言う所は、マリッカの店だと思うが、それならば門を抜けて直ぐの道を、右に入った所だ。ケバイ紫の看板だから直ぐにわかるぜ。あんなゲテモノ屋に何の用事だ」
「俺に言われても困る。フランに住んでる、酒場の親父から、これを渡すように頼まれただけだ」
俺は、布袋に包まれた手紙を指に挟んで振った。ヒラヒラと舞う包みを見て、男は興味をなくした様だ。「さっさと、入りな」と門を開けた。
「傭兵として働くなら、ギルドに行きな。そこで、受け付けてるよ」
中々気が付く男のようだが、能力的にはダメだな。こんなに簡単に通していては、門番の役には立っていない。直ぐに傭兵をやめて、田舎で畑を耕す事を勧めよう。聞きはせんだろうが。
あの男が言った店は直ぐにわかった。言われた通りのケバイ店構えで、どう見ても周りから浮いた雰囲気を作り出している。言うなれば、一般の市場のど真ん中に、ストリップ劇場があるといった感じだろうか。どう見ても、一見さんお断りの空気をかもし出している。
「すごい店っすね」
「そうだな」
二人して、思わず店を見上げてしまった。何時までも、ボーっとしているわけにもいかないので、店の戸を叩く。どうやら、営業時間ではないようで、扉には「まだよ」と書かれた札が下がっていた。中に気配はあるのだが、反応はない。もう一度扉を叩く、やや強めに叩くと、今度は中から誰か動き出す気配があった。
「はぁい、ごめんなさーい。奥にいたから」と人が出てきた。
頭を下げて、手紙を渡す。
「失礼しました。こちらは、フランのヴェル様からの手紙です。ローエルイ亭様宛、こちらで間違いないですね」
「そーよー。ああ、ちょうど良いわ、お茶を入れようとしてたの、ついでに飲んで行って。美味しいお茶菓子貰ったのよ」
「それでは、お言葉に甘えてお邪魔します。私はラギ、こちらはベイルと言います」
「ラギさんにベイルさんね。どうぞ中へ。私は、マリッカって言うのよ。よろしくね」
マリッカさんが、手を出してきたので、握手と思い手を出すと、力強く握り返された。手に痛みを感じるほど握られる経験は、久しぶりで微妙な気分だ。
中に入ると、席を用意され、そこに座った。マリッカさんは「ちょっと待っててね」と言い、台所らしき場所へと入っていった。横にいるバイエルラインに、一言声を掛ける。半分以上は自分自身に向けて言っているのだが。
「落ち着け、平常心だ。冷静に対処しろ」
「しっ、しかし、師匠」
「世の中には、説明のつかん事もある。状況に柔軟に対応しろ」
マリッカさんは、筋骨逞しい背の低い髭面のドワーフだった。俺はドワーフに会った事が無いが、もしかしたらドワーフには性別差が無く、皆あんな姿なのか。それとも、素直にオカマのドワーフなのか。
「まさか、ドワーフの女性って皆あんな感じって事は無いよな」
「あれは、ドワーフのオカマさんです」
「やはりそうか」
二人で、奥に聞こえないように小声で話す。良かった、ドワーフの里に行ったら、皆ああだったらどうしようかと思った。しかし、オカマなら髭は剃れば良いのでは?髭面と、ファンシーエプロンはどう考えても似合わない。世の中は、謎に満ちていると言う事か。
「お待たせしたわねぇ。これ、私が作ったんだけど、とっても美味しいのよ。ぜひ食べて頂戴ね」
出されたお茶からは、生姜に似た香りがする。飲んでみても感じは近しく、疲れた身体に心地よい。添えられた茶菓子は、クッキーと言うよりはラスクに近い感じのものだ、とても甘いが、こちらも疲れた身体には美味しく感じる。
「美味しいですね。疲れも癒されるような感じがします」
精神的な疲労度は、跳ね上がったが。そう内心思ったが、顔には出さない。
「美味しいですね、師匠」
バイエルラインはどうやら甘党のようで、ラスクを何枚も食べている。俺は、甘いものがそう得意ではないので、小皿に取られた2枚だけで十分だった。と言うか、2枚で限界だ。
「あら、気に入っていただけた様で嬉しいわ。なんだったら、お土産に持って帰る?」
「良いんですか?」
「ええ、良いわよ。後で包んでおいてあげる。でも、仕事が済んでからね」
そうだな、何事も仕事が済んでからだな。まずは、改めて自己紹介と行くか。
「そうですね。もう、手紙は読んで頂けましたか?」
「ええ、大変だけど、出来る限りは手助けするわ」
「では改めて自己紹介を、私は、アルト・ヒイラギ・バウマンと申します。こちらは、バイエルライン、私の弟子です。貴方の助勢に感謝します」
「手紙は読ませてもらったわ、悪いんだけど。燃やしてもらえる?私は、ドワーフなのに呪式使えないから」
そう言うと、手紙をこちらに渡してくる。偽装の手紙の方は残したままで、本命の手紙だけをだ。受け取ると、内部からゆっくりと燃やす。ブスブスと音を立てて、手紙は完全な灰になった。そのまま、暖炉の中にまいて置いた。
「ありがとう。さて、説明は読ませてもらったわ。マウゼル伯爵は、今は、ずっと屋敷に篭りきり。出てくる事はないわ。ジギスムントの動きにもよるでしょうけど、暫くは動かないでしょうね」
ジギスムントに、亡命でもしようとすれば、移動を狙えたのだが。やはりしないだろうな、領地を捨てては、ジギスムントからの利用価値さえ無くなる。出来るだけ時間を引き延ばし、国力を低下させるのが目的、と言う所だろう。
「ならば、館に忍び込むしかないですね」
「そうね」
「大体、何人ほど集まって来ていますか。特に館に詰めている人数が知りたいですね」
そう多くはないだろうが、館にばかり人数を集めているなら、また策も変わってくる。
「舘にはそう多く詰めていないわ。100に満たない数よ、全体でも300と少し、そんな所ね」
「門などを見た所では、錬度も低そうですが」
マリッカさんは、肩をすくめて笑う。鼻で笑うと言うよりも、情けないと言う感じのようだ。馬鹿にするよりも、むしろ同情すら覚えているのだろう。
「とりあえず、集めれるだけ集めた、そういった感じね。酷い話で、前日にギルドに登録した者から、どこぞの山賊みたいなものまで来ているわ。酷い話よね、治安が悪くなって最悪よ」
そんなものか、ならば心配は少ないな。
「傭兵たちは、それほど問題にならないでしょう。ロッソに関しての情報はありませんか」
「それが分からないの。マウゼルに付いているのは確認済み、姿も確認したわ。でも、ずっとマウゼルに付いている訳でもないみたいなの。街中にも、見たという話は聞かないわ。傭兵達も不思議に思っているみたいよ」
「かえって面倒ですね。最初から分かれば、まだ対処もあるのに」
変態の思考なんぞ、読みたくも無いが、対処ができないのは痛い。しかし、結果として、マウゼルを生け捕りにしなくてはいけないのは変わらない。
「でも、傭兵の士気は低いわ。しかも、臆病風にふかれたマウゼルが、傭兵の士気をあげる為報酬を前払いしたから」
馬鹿だな、報酬は後で入るから、命も懸けるのに。前払いしては、そのまま逃げる者もいるだろう、少なくとも、形勢が不利になればさっさと逃げるはずだ。馬鹿のおかげで助かったな。
「馬鹿ですね」
「馬鹿よね」
「馬鹿だな」
しかし、馬鹿のおかげで国が倒れてはかなわない。
「それじゃあ、その馬鹿捕まえに行くか」
「はい」
しかし、誰も傭兵の扱い方教えてやらんかったのか?人材の払底は怖いな。
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