妹の葛藤 兄の気持ち
「魔法使い、ふざけた二つ名だが、そんなに有名なのか?」
どんなに考えても、呆れる以外に選択肢が無いふざけた名前なんだが。そう考えながら、意見を漏らすと、バイエルラインがオズオズと声を掛けてきた。
「師匠、そのですね、魔法使いは二つ名等ではありません。あくまで能力を示したもので、二つ名はほかにあります」
「一応、それも書いてあった。現代では数少ない魔法使い、能力的にも精神的にも最低とな。アリシアさんにしては、直接的な言葉だから、不思議に思っていたんだ。そんなに強力な魔法なのか?」
呪式と違い、魔法は個人差がありすぎる上、能力的にも高くないと聞いていたが。例外もあると言う事だろうか。
「ロッソのあだ名は山ほどありますが。有名なのは、不死身と変態です。噂に聞く限りであっても、この表現は正しいようです」
最悪な組み合わせだな。知らず知らずに顔が歪む、どう考えてもお近づきになりたくない。出来れば、知らない土地で勝手に消えて欲しい。知識としても仕入れたくない。
「嘆きのロッソ・人の形をした化け物・うごめく変態・エロウリアより死なない・変態と悪魔の忌み子・敵に回せば身が滅ぶ、味方にまわせば心が病む。そんな嫌な話しか聞かない男です」
聞いていくだけで、吐き気をもよおす様な名前ばかりだ。ただでさえ、冒険者や傭兵が多く、力量に差があるこの世界で、それだけ嫌な名前がつくとは。
「神様が本当にいるのなら、今すぐそいつに神罰を落としてくれ。頼むから。人生ではじめて神に祈るから。それと、エロウリアって何だ?」
周囲にいる人間が、全てげっそりとした顔をしている。既にこの時点で、俺たちに与えた被害は生半可なものではない。行動は厭わないとは言ったけど、これは聞くからに嫌だな。
「ロウリアと言うのがおっての。水の中などに住んでおる生き物じゃが、頭をちょん切っても頭が生えてくると言う生き物じゃよ。その、大型化して穢れ物扱いになっておるのがエロウリアじゃ。C級じゃったかの」
うず虫みたいな物か、さらにやる気がそがれる情報だな。
「気持ち悪くなってきたな。それで、そいつの魔法は何なんだ。まさか、頭ちょん切っても生えて来るとでも言うのか」
期待を含めて冗談まじりに聞いてみる。実際にそんなのだったらどうやって殺したら良いのか分からん。ところが返ってきた返事は非情だった。
「腕は生えてきたそうです。高位の穢れ物などが使う再生の魔法が恒常的に掛かっているのでは、と言うのが通説です」
「最悪、縛ったまま餓死するまで放置するか。他に思いつかん。焼く、溶かす、他に何かあるかな。呪式で酸性の液体でも作るか?」
その発言に、部屋がざわめく。意を決したように、フレッドが聞いてくる。
「視認出きる量の液体が生成できるのか」
「出来る」と軽く言うと、皆が再びざわつく。バイエルラインにいたっては、なぜか涙を流している。
「固体の生成はできないぞ。後気体は操作し辛いし、まだまだだなぁ」
修行も止まっている、できれば、バイエルラインの修行も含めてまとめて時間が取りたいが、現状では不可能だ。
「あの、師匠。液体生成が出来るのってすごいんですが」
「そうなのか?でも蛍光とかは初歩なんだろ」
周りが、俺を取り残してざわざわ言っている。
「呪式使えるのに知らないんでしょうか?」
「教えたのがアリシアさんだからじゃないですか」
「ママも抜けてる所がありますから」
「あーアリシア嬢なら仕方が無いの」
「先生、確かに分からない話ではないですが、蛍光を基礎と言いますかね」
「だから、普通じゃないんですよ」
「流石です師匠」
「それにしたって非常識です」
「蛍光なんて、私いまだに出来ませんよ」
「確かに、液体生成としては初歩じゃな」
「先生問題がすり替わっています」
「すごいです師匠」
「一応頼もしい話だから良いんじゃないか」
「でも、私の今までって何だったんだろうって気になりません?」
「気を落とさないでメイ、貴方は十分に優秀よ」
酷く取り残されている気がする。少し寂しい。
会議も終わったようで、代表としてメイリンが発言を求めてきた。今まで挙手なんて、誰もしていないんだが。
「ハイ、メイリンさん」
「ママが、いえお母さんがどう説明したのかは分かりませんが。蛍光は難しい呪式です。さらに言うなら、炎や雷、光等現象自体を操らない呪式。物質生成の呪式は、非常に高度です。液体まで生成できれば、一流を超えて特級とでも言うべき腕です」
まぁ、出来るのなら構わないんだけどな。
「じゃあ、普通は呪式で明かりを灯すときはどうするんだ?それに、ギルドの札なんかは物質に呪式がかかっていたが」
「普通呪式で明かりを灯しませんし、そうであっても使うのは単純な光です。制御が難しく、長い間光を灯すのに向いていませんから、普通はたいまつを使います。ギルドの札は、ドワーフ等の秘術で、物質に呪式図を刻み込んだ物で、直接物質を生成しているわけではありません」
「そうなのか」
「そうなんです」
「そうか」と、呟くと。
「何でそんなに、普通なんですか。すごい事なんですよ」
と叱られた。そんな事を言われても困る。自分としては、アリシアさんのようにゲル状の物質を作れないのは才能がないと思っていたんだから。
「アリシアさんは、半固形の物も出していたぞ。パルプ倒した時」
そういえばゲル状って、固体なのか液体なのか微妙な線だな。
「お母さんは特別です。エルフの血が濃いから出来るのであって、普通の人間には出来ません」
「そうか」と再び言うと、メイリンがなにやら怒っている。何をそんなに興奮するような事があるのだろうか。そう思っていると、バイエルラインが耳元でささやいてきた。
「メイリンは、アリシアさんが凄過ぎて、よく比べられていたんですよ。その事がやはり気になっているようで、後から出てきて、あっさりアリシアさんに匹敵した師匠には思う所もあるのでしょう」
そんな事があったのか。まぁ、人の考え方は人それぞれだしな。コンプレックスも多種多様だ。
なんにせよ、話が大きくそれている。話を戻そう。
「素晴しい人に師事できた事を、光栄に思おう。ともあれ、今の問題は、マウゼルとロッソだ、こちらに対する対策をもう少し考えよう」
メイリンは言いたい事がまだあるようだが、一応押さえて席に戻る。その他の面々もそれぞれ席に座るが、ミリアはメイリンの横で、彼女になにやら声を掛けている。
「そうじゃの。いやぁ、前も言ったがお前さん、わしの思っているよりはるかに強いのぉ。ロッソにも楽勝かも知れんの」
「そんな、化け物みたいな奴、戦ったことが無いから分からんよ。なんにせよ、俺とバイエルラインで直接叩く。俺がロッソと周辺の敵を片付けるから、マウゼルとやらはお前が押さえろ」
シュトラウス将軍が、地図を指し示す。マウゼル領周辺の地図と、館の周辺地図だ。縮尺が大きく、細かな事はわからない上、等高線等も書かれていないので不安だが。それでも無いよりは、数段マシだ。
「此処が領主の館、伯爵の本邸だ。他に人を配する様な所は無いから、間違いなく此処にいるだろう。しかし、元々が防衛のために造られた所だ。人員数はともかくとして、壁の厚さや置かれている装備は十分な脅威になる」
前面には川、東側には山が迫り、西側には広く整った土地がある。建物自体も大きく、有事にはかなりの数の兵員が収容できそうだ。領土防衛と考えれば、少し微妙な所もあるが、定点防御として考えれば、かなりの物だ。
「固いな」
「長年、難攻不落の土地だったからな。私も此処で指揮をとった事がある。護り易く、攻め難い」
「だが、それは兵を持って攻めるとしたら、だ」
今回は違う、潜入し標的だけを撃つ。
「町まで入ってしまえばこちらの物だ。白昼堂々進入する。現在この館は多くの傭兵達でひしめいている筈だ、見知らぬ者がいても看過されにくい」
「君一人ならそうだろう、だが、彼に出来るのかね」
将軍がバイエルラインを顎で指す。バイエルラインとしては、不満そうな顔つきだ、だが自分でも難しい事が判っているのだろう。不安そうに俺を見てくる目が泳いでいる。あえて目線を返さずに、将軍に向き合う。
「問題はありません。あいつを舐めないで頂きたい。最低限、英雄になれる能力がある、そう見たから弟子にしたのですから」
尻尾があれば、振り千切らんばかりに喜んでいるバイエルラインには、やはり目線を送らない。どうも、直線的な好意は苦手だ。
「ともかく、俺に問題は無い。あいつにも問題は無い。だからフレッド、何も問題は無い。安心して待てば良い」
フレッドはあまりにも早く、俺やバイエルラインに出番が回ってきた事を。つまりは人を殺させる事に、深く傷付いている。人の気持ちが判りすぎるというのも辛い事だな。
「バイエルライン、今回用意する物は判っているな」
「はいっ」
「ならばそこに、細くて丈夫な紐を大量に加えておけ」
バイエルラインは、不思議そうな顔をしている。
「紐ですか」
「そうだ、なるべく殺さず無力化する。大めに用意しておけ」
殺しを望まないのなら、最低限で抑えてやるさ。
フレッドに笑みを向けると、照れくさそうに笑みを返してきた。
少し俺も気恥ずかしい。だが、兄の気分とはこんな物なのかもしれない。
最近感想が立て続けに頂けて、嬉しい限りです。
誤字を教えて下さる方もいて、本当に励みになります。
頑張って書こうと言う気持ちが湧いてきますね。
それでは、今回も私の文章を読んで頂き真にありがとうございます。
どうか今後もよろしく