セシリエル
俺は、達人に憧れていた。超人的な、圧倒的な、そんな力を、個人で持つ者に憧れていた。
幸いにも、俺の家は、代々続く武門の名家で、望めば様々な達者に会うことができた。彼らに、教えを請う事も出来た。才能もあったらしく、18の時には一端の戦士だった。
しかし、そうやって合っていった人たちも、俺が望むような達人ではなかった。確かに、現状では勝てないような人も居た。それでも、もう少しで届くとか、幾つかの策を持ってすれば、勝てるような人たちだった。
違う。俺が望むのは違う。もっと強く、圧倒的な、そんな技能、そんな力。
だが、何時しか俺は諦めていた。そんな御伽噺の様な人間は居ないのだと。
それでも、武への興味を捨てきれなかった俺は、親の推薦もあり、国立の学院へ入学した。授業の片手間、冒険者ギルドにも出入りし、ランクもこの歳としては高くC級まで上げた。仲の良い友人も出来たし、フレデリック殿下とも知り合え、何と恐れ多くも、友人になることが出来た。今では、何とか友人のように付き合えるが、最初はずっと緊張していた。今でも、様は着けてしまう、あまり、そのような言い方は、好かれてはいないようだが、仕方ない。
学院へ入ってから三年目、気になる娘が出来た。貴族ではないのに、この学院へ入れるのだ、何かしらの力か才能はあるのだろう。それでも、そうであっても、守りたいと思った、守っていきたいと思った。明確な、目的をもてなかった俺の武、その目標が見えたように思った。何者からも、彼女を守れる力を欲した。
その後、俺は何とか、その娘と仲良くなることが出来た。あくまでも友人として、または、学院の先輩として。フレッド様にも紹介した、その時、たまたま居たミリア様と、親友と言えるような間柄になってしまったのには驚いた。メイリンの親を、見知ってはいたらしいが。少し嫉妬すら感じたものだ。それほど仲がよいのだ、ミリア様とメイリンは。
その後、フレッド様は、実の父によって命を狙われ、ミリア様にも危機が迫った。俺は勿論、メイリンも友人として、そしてこの国に生きる人間として、二人を助けた。その馬鹿王子の事は、国民なら誰でも知っている。
二人を助け、活動を続けていた俺たちだったが、限界は直ぐに訪れた。
いかに王族であり、支援者も居たとは言っても、相手は実質の国家支配者。活動は行き詰まり、起死回生の行動が求められた。そのための、助っ人を頼むため、メイリンが故郷へ赴くと言うことになった。
彼女の母親は、以前は有名な冒険者で、現在はギルドの支部長をしているそうだ。コネクションも持っていて、フレッド様やミリアの信頼も厚かった。
出来うることならば、この俺が護衛についていきたかったが、俺はかなりマークされていて、余計に彼女に危険が迫ることになりかねなかった。せめてもと、王都で引き付けられる限りの人員を、引き付けはしたが、心配だった。ありがちな言い方かもしれないが、胃が溶けて消えるかと思った。
無事に彼女が帰ってきたと、連絡があり、即座に向かった。はやる気持ちで彼女の方を見ると、見知らぬ男の横でにこやかに笑っている。
―誰だ、あの男は、あんな弱そうな男が助っ人か。―
その男の言う作戦は、到底許せるものではなかった。たった一人で、フレッド様ミリア様の二人を守り、誰にも見つからずに王城の中を進む、そんな事が出来るはずがない。それこそ、昔俺が憧れた達人でなければ。
そんな事は信じられない、そんな事はあるはずが無い、人間には無理な話だ。
そう思い、その男を睨み付けていると、男はゲームをしようと言い出した。そのゲームが馬鹿にしている。こんな狭い部屋で、俺にあいつを見失うなだと。見失う何処ろの話じゃない、俺が取り押さえてやる。
男が消えた。声だけが聞こえてくる。一、二と。その声が聞こえた方を向くだけで、俺の目にはその姿は映っていない。三、後ろから声が聞こえた。首筋に当たる感覚、驚愕で動かない頭、まだやるかと聞かれ、ただ首を横に振ることしか出来なかった。
あんな人間が実在したのか、桁が違う。到底手が届かない。遥かかなたを進んでいる。あんな人間に、俺も成りたい。守れる力を手に入れたい。
そのまま、矢も盾もたまらず走り出した。何が言いたいのか、何が聞きたいのか、何をしようとしているのか。部屋の前に到着してもわからなかった。何が、何が、何が俺の望みなんだろう。扉を開けて声に出た言葉は、俺をかえって安心させた。
―師匠、俺を弟子にして下さい。師匠、お願いします。―
頼み込むと、師匠は試験をしてくれるといってくれた。なんていい師匠だろう。
師匠は当たり前のように、作戦を成功させた。師匠なら、勿論簡単なことだ。
ところが、師匠は、作戦が成功した後、倒れたらしい。様子を見たかったが、皆から止められた。俺にも少なからず、任された仕事もあり、どうしようもなかった。
その後、師匠は回復したが、フレッド様に呼び出され、注意を受けた。
「バイエルライン、お前は、アルトの弟子になりたいそうだな」
「はい」
「今回、彼が倒れた事情などは、一応俺たちは聞いた。だが、それは、とても大きな彼の過去に起因する。彼自身、自分が不安定だと言っていた、それでも、弟子になる気持ちには変わらないのか?」
「関係ありません。私は、あんな凄い事が出来る人間を、師匠を、尊敬します。憧れています、その気持ちは、曲がる事はありません」
「そうか、だが、彼とて万能ではないし、弱い部分も有る。ほかの人間よりは強いかもしれない、それでも彼は、弱いと思っているかもしれない。そのことだけは、忘れてはいけないと思う。私も、彼にはついつい、頼りそうになってしまうからな」
「はい」
回復した師匠は、会議にも出席された。会議では、個人の強さではなく、政治と軍制改革にまで言及された。こんな、多岐にわたる知識と技能を、持ち合わせた人間を、俺は知らない。ますます、尊敬の念を深めた。
同時に、メイリンが師匠に惚れてしまったら、どうしようと思った。話に聞けば、やはり道中襲われたメイリンを、師匠が颯爽と助けたらしい。惚れてもおかしくは無い、師匠はどう思っているのだろう。
話の流れで、シュトラウス将軍を、師匠とフレッド様自らが、召致におもむくらしい。自分も一緒に行く、といったら断られた、なぜだ、弟子は師匠と共に居るべきだ。
そういうと、試験がまだだと言われた。ならば、直ぐに試験をして欲しいと願うと、師匠は、薪を一本手に取った。
師匠が、軽く投げた薪に、ゆったりとした動きで、手を当てる。何事かと思って見ていると、薪を確かめてみろと言われた。
ありえない。動きには注視していた。力が加わるような動きは無かった。薪も、その場で落ちたはずだ。どうやったらこんな、繊維の一本一本が、ズタズタに裂かれるような、握り潰せるほどに、グサグサにしてしまえるのか。
-俺の手から生み出した力を、全て薪の内部に留めた、その結果がそれだ。これは、俺の武の中で、まさに象徴的な技法だ。シュトラウス将軍の所から帰ったら、試験をしてやる。お前の持っている技の中で、これこそがおまえ自身を表す、と言う技があるだろう。帰ったら、それを見せてみろ。それが試験だ。-
師匠たちが、部屋を出て行く。俺は、ただただ呆然と、その薪を見つめていた。
俺は考えた、どうしたら認めてもらえるかと。
俺の武、その象徴、わからない。
ただただ、強くなりたかった頃。
守りたいと思った頃。
そのどれもが、力を鍛え、技を磨いた。
だが、それだけだった。
まさか、こんな所で、それが大きな障害となるとは。
どうしたら。
どうしたら。
遅くとも今日中には帰ってくるだろう。それまでに、何かの答えを見つけなくてはならない。師匠は、何をもってして、俺を認めてくれるのだろうか。
どうすれば、真に弟子と認めてくれるのだろうか。