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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第1章
27/85

戦いのための戦い 戦わないための戦い

ヴェルギエール・シュトラウス、彼の家に向かう馬車の中で、フレッドはもう一度尋ねてきた。


「アルト、やはり貴方が、総将をするわけにはいかないのか?」


俺は、瞑っていた目を開き、爺さんの方を見る。


「なぁ、爺さん」


「何じゃね?」


「今回の、ジギスムントへの親書。内容はなんて書いた?」


爺さんは笑っている。ようやく気付いたのかとでも言いたそうだ。すまないね、出来の悪い弟子で、本当に俺の周りには教師が多い。


「特別、何も書いてはおらんよ。王が代ったとだけ、書いておいた」


おれは、フレッドの方に向きなおした。


「これが答えだな。俺は、大戦略、国家戦略に関しては、素人だ。能力も経験も無い、この経験と言うのは大きい。全てにおいて能力が勝っていても、経験の差で負ける、と言うことは多い。この、経験豊富な爺さんの推薦だ。それだけで、任せるに足る人物と言うことさ。この爺さんは、人を食った教師だが、その分能力があるからな」


フレッドも、気が付いた様だ。


「ジギスムントとの件は、知らぬ存ぜぬを通すと言う事か?」


「まぁ、現状はそれで時間稼ぎだな。その場合怖いのは、ミリアだけでも、と婚約の件を出してくることだが。如何したものかね」


なぁ爺さん、とばかりに爺さんを見るが、また静かに笑っている。答えを、軽々には出してくれないようだ。


「ミリアに、婚約者でもいれば話は違うんだが。どうかなぁ、体調が優れない、と言うことにでもするか?この辺りかなぁ」


爺さんの顔は、変わらない。ちょっと違うと言うことか。


「あ、単純に、喪にふくすで良いじゃねえか。爺さん、この国では、大体どの位の期間で喪が明けるんだ」


「そうじゃの。半年から2年くらいかの。状況などによっても違うが、1年くらいが相場かのぅ」


「それじゃ、その辺だな。ついでに、教会辺りに取り入ってもらえれば、言うことなしだな。実際の問題として、教会ってどうなの?国への影響は?」


「教会は、基本的には中立です」


「建前としては、じゃな。実際には、金払えば手伝ってやる、て所かのぉ。あいつら金にがめつくての。ただし、お前さんが思うほど、他国に関しては影響が無いの。教会同士の諍いも無い代わりに、教会のまとめ役と言う者も、今は存在せんからの。あれは、神が直接任命するものじゃから」


めんどくさい話だな。まぁ、健全な宗教が残ってるのは幸いだろう。腐れた宗教は、お話にならん。百害あって十利位しかない。この十利ってのが曲者だ、百害あって一利無しなら、そんな物は即座に破棄できる。しかし、誰かに対して利があると、それは難しい。その利が、目に見えやすい物なら尚更である。


「まぁ、しがらみは少ない方が良いが、教会の、一般人に対する影響力は大きいしな。少なくとも、少しの間は行って貰うか、名目だけでも」


「まぁ、その辺りは爺さんに頼む」と言っている内に、シュトラウスの家が見えてきた。元とはいえ、一国の将軍が、住んでいる様には見えない家だった。館ではない、家だ。


消してみすぼらしいと言う事ではないが、可愛らしい。そう、表すならば可愛らしいだろう。こまごまとした、花が植えられた花壇。全体的に白でまとめられた壁と、赤っぽい色の屋根。曲線を多用して造られた壁面には、緑の蔓で作ったリースが飾られている。


「中々可愛らしいお宅だな」


「ですね」


「まぁ、ここは別宅じゃしの。奥さんの趣味じゃろ」


「まぁ良い。爺さん、挨拶の方を頼む」


「うむ」


トンットンッ


扉を叩くと、中から女性が出てきた。40代だろうか、物静かな感じをうける女性だ。


「やぁ、シンシア嬢、お久しぶり。ヴェルギエールは在宅しておるかね」


「まぁ、先生、こんな所まで態々どうも。ハイ、あの人は、何処へ行くという事もありませんわ。それから先生、私は、もう50を過ぎましたので、その呼び方は、恥ずかしいですわ」


「ふぉっふぉっ、学園のアイドルは、何時まで経ってもアイドルじゃよ。同じく、教え子も何時まで経っても教え子じゃ。まぁ良い、今日は、ちと用事があっての、あがらせて貰えるかの」


「ええ、どうぞこちらに、今主人を呼んできますので」


三人並んで、客間らしき部屋へ入る。


「爺さん、学長だったのは知ってるが。シュトラウスご夫妻も教え子だったのか?先に言っておいてくれないか、先生」


「お前さんのような、可愛い生徒ならぜひ欲しいが。爺さんのほうが良いのぅ。もう10年近くも、教壇には立っておらん。さっさとこの老人を、楽隠居させて欲しいもんじゃ、私塾を開こうと思っておるのに、そんな些細な夢が、一向に叶わん」


「いや、私塾はさっさと開いてもらった方が良いな。と言うか、国家的な教育制度改革をやろう。10年では足りないかもしれないが、30年後には大きな成果が出る」


フレッドが驚いたように、遮ってくる。


「教育制度改革は結構だが、これから直ぐにでも、戦争になるかもしれないという時に出来るのか」


「戦争にはしない。させない為に今日ここにも来た」


俺は、後ろを振り返りつつ、続ける。


「戦争を起こさない為の戦いなら、戦って頂けますか?シュトラウス将軍」


「可能だと思っているのかね」


将軍と言うよりは、教授。教育者と言った初老の男が立っていた。


「それを、話し合いに来たんですよ。将軍」



シュトラウス将軍は、白銀の長髪を後ろに流し、丁寧に整えられた口ひげを持つ男だった。長身ではあるが、細身の体つきで、軍を率いる人間とパッと見ではわからない。優しそうな教授と言った印象を受けるが、その目は鋭い。


「まずは、久方ぶりにお目にかかります、フレデリック新王陛下。このような所への行幸、光栄の至りでございます」


フレッドも返礼を返す。


「久しぶりですね、シュトラウス将軍。今日は、貴方にお願いしたいことがあってきました」


「お願いですか」


ゆったりと息を吐き、フレッドの眼を見据えて言う。


「命令ではないのですか」


「私のような若輩者が、貴方の様な歴戦の英雄に、命令などは出来ません。いえ、する日も来るかもしれませんが、それは今ではありません」


フレッドは、その鋭い眼光を真正面から受け止めて応えた。


シュトラウスは、爺さんと目配せをすると、失礼と一言良い、自分もソファーに座った。


「それで、私如きに、お願いとは何でしょうか」


「貴方のやろうとされていた、軍制改革を再開して下さい。私達は全面支援します。細かい話は、ここにいるアルトと話して決めれば良いと思っています」


「君がアルト殿か。先ほどの、戦争を起こさない為の戦いと言い、軍制改革と言い、君は何者だ」


「アリシアさんご推薦の冒険者、現在の立場は助言者兼護衛、そんな所でしょうか。貴方の質問に答えるには、あまりにも多くの時間が掛かる。説明するのは構いませんが、今はちょっと時間がありませんので」


俺としても、苦笑するしかない。一体どんな説明をすればいいのか判らない。フレッドたちは、なぜか受け入れてくれたが、自分としても、人に離して信じてもらえるとは思わないのだ。それでも言って置かなくはならない事はある。


「自分でも、妖しげな事を言っているが、これだけは言わせて頂きたい。俺は、自分が世話になった人は裏切らない、俺はアリシアさんに世話になった、そのアリシアさんの娘のメイリンと、彼女の友人であるフレッドとミリアも裏切らない。そこだけは、言っておきたいと思う」


「そうか、それならば良い。それに、ここに先生がいるということは、先生も君を認めていると言うことだ」


爺さんが静かに頷く。


「チョット経験が足りないがの」


シュトラウスは、さも嬉しそうに笑う。


「先達にとって、後進とは常に若輩です。経験が足りないだけならば、経験を積めばいいのですからな」


「うむ、経験を積めば、お前さんの娘の婿にちょうどよいぞ」


急にシュトラウスが顔色を変える。


「娘は何処にも嫁ぎませんし、婿も要りません。私の娘に、見合いを斡旋するのは止めて下さい」


「いい加減に諦めたらどうじゃ。娘はいつかは嫁ぐものじゃぞ、もう24ではないか、お前の教育の所為で、騎士道一本槍のような娘に育ってしまったのじゃぞ」


話が急に国家の大事から、親ばかお父さんになってしまった。話には聞いていたが、実物は始めてみる。大変だなぁ娘さん、何にしてもこのままでは始まらないので、話を戻す。


「娘さんはどうか知りませんが、私も結婚するつもりはありませんし、話を戻しましょう。と言いますか、巻き込まんでくれ、爺さん」


「おお、すまんの」


「将軍、話を戻しまして、貴方の書いた計画書、読ませて頂きました。ですが、あれはかなりの妥協案ですよね、今ならば、邪魔な貴族軍は無く。貴族の力も抑えられています。さらに王も代り、改革の節目としては最適です。そこで貴方の計画案を、さらに推し進めて実行に移したいのです」


俺は、城の資料室で見つけてきた、以前将軍が提出した改革案の写しを、テーブルの上に置いた。俺から見ても良くできた物で、しかも、周りに対する配慮も忘れていない。実際に10年前に改革が実行されていたら、先の戦とやらも、十分に余力を残して勝っていた可能性もある。


「確かに、状況としては、いいだろう。だがそれが、どうやったら戦争をしないための戦いとなるのかね。今現在、ジギスムントとの状況が、悪いことくらい、私でも知っている」


「貴方に軍制改革を任せ、貴方を軍のトップ、私は、騎士総将と呼んでいますが、それにするのと、戦争を起こさないための戦いは、別物です。将来的には、それも大きな力となります、しかし、現在のジギスムントとの事は、外交のみによってかたをつけるべきです」


「それではなぜ、外交で問題を解決してからではないのかね。そちらの方が急務だろう」


「一つは、王、フレッドの名声を高めるためです。軍制改革は進めますが、その申し出はあくまでも、王が行ったとします。英断をする者と言うのは、高い評価を得やすいものですからね」


フレッドが、何か言いたげに体を起こすが、手で制する。


「二つに、ジギスムントに対する牽制です、こちらは、軍備を増強する事も厭わないと言う事実を、外交のカードとして使いたいのです。ですが、実際に人員を増やしては、無駄にあちらを刺激するでしょう。ですから、軍制の改革なのです。人員を増やすことなく、装備とシステムで他国を圧倒する。戦うのに不利と思わせ、抑止力とする」


反応は無い、まだ待っている


「最後に、貴方のもつコネクションがほしい。これが一番大きな理由です。貴方が長年培った人脈、出来れば若い者の人脈が欲しいのです。貴族からは、あまり好まれていなかったかもしれませんが、実働の現場での人気は、非常に高かったと聞いています。そこの人脈と人気が欲しいのです」


俺は、話し終えた。暫くは静寂がその場を包む。


今、ここでの返事は、貰えそうに無い。今は、考える時間を取るべきだろう。


「これは、俺が、フレッドに提出した改革案、その原文です。せめて、これだけでも読んでみてほしい」


-待て-


立ち去ろうとした俺を、シュトラウスは呼び止めた。


「本当に、抑止力などが、戦わないための力になるのだろうか。お互いに牽制しあい、余計に諍いを生むのではないか。」


それに、と言葉を飲み込んだ。確かに貴族の力は弱まっただろう。今なら改革も進めることができるのかもしれない。だが、軋轢は必ず生まれる。それによって傷つく者も出る。最悪、国自体が崩れ、多くの人間を不幸にする。


「軋轢諍い動乱、いろいろな問題は生まれるでしょうね」


「ならば」


「しかし、それでも回避できる可能性は、上がるかもしれない。そこに賭けることも無く、戦に進む道を歩みたくはない。掬えるかも知れない可能性を、無くしたくは無い。ただ、それだけだ」


「戦なんて物は、権力者の玩具だ。それを理解した上で、それを言うのか。それを管理しようと言うのが、傲慢だとは思わんのか、虚しいとは思わんのか」


「だからこそですよ、将軍。その被害が一般人に向わないのなら、私は何でもしましょう。暗殺謀殺、罠にかけ殺し、毒をもって潰し、誰かを囮にするかも知れない、人質を取るかもしれない。それでも、私はかまわない」


フレッドが息を呑み、爺さんは何も言わない。将軍は俺の眼を只管に見てくるだけ、俺がさらに言葉を続けようとした時、フレッドが割って入ってくる。


「貴方にそんな事はさせません。正面から皆を平和にします。皆が楽しく住める国にしたいのです。得に貴方は、幸せに成らなくてはならないと言ったでしょう」


そう、願わくば、そうなってほしい。


「無理だな、それは無理だフレッド。お前は俺を必要だと言った。俺は全霊を込めてそれを助け護ると誓った。俺もお前も、そして貴族も軍人も、そこに居る爺さんも、シュトラウス将軍も、戦う人間だ。戦う義務がある、貴族に指導者、王族何らかの国家の恩恵を受ける者。彼らは戦う義務がある」


権利を受けたのだから、既に報酬は前払いされている。


「軍人も貴族も王族も、そして政治を司る者も、全て何も生み出さない。農民や商人職人、その他の一般の民の生活の上に立つ寄生虫だ。貴族や王族は税金で、軍人も同じだ。だから死ぬ事も仕事のうちだ。殺されるのも義務のうちだ。それが分からないような人間ならば、自分で何かを生み出して働けば良い。そうしないのなら、義務を背負うべきだ」


実際には、出来ていない者が大多数だろう。思ってもいない者が多いだろう。だが、知ろうが知るまいが、義務は肩に乗っている。


「ならば、その義務を負う者だけで戦うんだ。それを俺は厭わない。戦争の前の戦争を。戦争を起こさないための戦を俺は厭わない」


俺は行動を躊躇わない。シュトラウス将軍に目線を向ける。


「これは、巻き込まれた者の復讐です。私は26歳です。まだ26年しか生きていない若造です。ですが、私は23年と言う月日を、戦場で過ごしました」


俺の心の奥底にたゆたう泥濘が、俄かに沸騰する。静かに静かに煮え立って行く。


「何人殺したのでしょう?」


「何人が死んでいったのでしょう?」


「何時まで続けなければならないのでしょう?」


「私はもう飽きたのです。その虚しさに比べれば、私の戦争への復讐は、無体な国家に対する復讐は、愚かな為政者への復讐は、私にとって意味を持つ。そう、はるかに価値がある」


「私は、私は此処に来てはじめて叫ぶのです。そうあれかしと。そうであってはいけないのかと。私は平穏を願いたいのです」


周りを囲む皆が、顔をゆがめている。情けない話だ、何処まで行っても悲しい話だ。私はまたしても愚痴を言ってしまった。黒い気持ちを垂れ流してしまった。


「つまらない愚痴を言いました」


俺たちは、彼の家を去り城へ戻った。




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