見守るやさしい目
完全に進路が改訂前とは変わるのか?と思いきや変わらないと言うお話。
石造りの城を歩く。ヒヤリとした空気、やや湿気を含んだ風は、きちんと設計通りに城内を巡る。
天井は、そう高くは無い。しかし、部屋よりも廊下のほうが、はるかに天井が高くなっていることが分かる。緩やかなアーチを描く天井、壁際に飾られる、剣や盾、そして全身鎧。幾つかはただの飾り、そして幾つかは。
フレッド達は、もう寝ている。明らかに目の下に隈を作り、歯がゆさに身をよじっていたフレッドを、俺は無理にでもと言って眠らせた。国を良くする前にアレでは、あいつが死んでしまう。バイエルラインを呼んできて、フレッドと。そしてメイちゃんとミリアには、同じ部屋で寝てもらっている。今俺がいるところから、100mも離れていない場所に、皆で固まってもらっている。
廊下を歩き、資料室と書かれた部屋へ入る。ノックもせずに、気配を消して。
「ご報告は済みましたか?」
部屋の中には、女性と爺さんが居た。
ビクリと身をすくめる女性とは裏腹に、爺さんはまさに悠然とした態度を崩さない。
「気が付いた様じゃの、良かった良かった」
「ええ、おかげ様で。夢を見ている間、みんなの護衛もしてくれていた様で、どうもありがとうございます」
女性は、さっきからずっと爺さんに目線を送っている。しかし、爺さんは完全にその視線を無視して、おれとの話を続ける。
「それで、こんな夜中に何の用かね?」
「さっきも言った様に礼ですよ、お礼。後はまぁ、少しばかり、お話をしようかと思いまして。あと、そこの彼女は間諜には向いてるかもしれませんが、護衛としては二級線です。向いてる所だけに、特化しておいた方が良い」
薄い茶色に、やや赤味がかった瞳を持つ女性が、俺をにらんでくる。だが、正体がばれた上に、俺を此処まで案内してしまった事には変わらない。何も言えないのだろう、ただにらんでくる。
「ですが、間諜として報告は済ませたのでしょう?だから、わざと放置して、聞かせたのですから。私に対しての疑惑は、多少は晴れましたか?リヒテンシュタイン翁」
「ほっほっほぅ。まぁ、お前さんが、此処に来れた時点で故意にこの娘を見逃したのは明白じゃな。この娘は、わしの部下等ではなく、預かっておるだけじゃからのぉ。助かったわい」
「城の外に行くなら、また別でしたがね。悪意や害意も感じませんでしたし、それは、まぁ良いとして。フレッドの陣営の精神的な支柱は貴方ですよねぇ。国学院の学長、中央の賢人、バルヴェルホーン・リヒテンシュタイン閣下」
「名前が一つ抜けておる。あの王子の教育係、と言うのがのぉ。今回のことも、教育者としての意地みたいなものが主じゃよ。短い期間ではあったが、アレの教育に携わっておきながら、その後の状況を止めれんかった。わずかばかりの責任を取ろうとしただけじゃよ」
「師の務めですか」
「言ったじゃろ、意地じゃよ」
弟子と師匠か、バイエルラインの事も、しっかりと考えてやらねばならないだろうな。少なからず思い入れがある関係、弟子と師匠、立場は変わるかもしれないが、双方が考えなければならない関係だ。
「それと、わしももう少し信用して欲しいのぉ、フレッドが懐いた時点で疑ってはおらんよ。あの子は、人を見る目だけは神がかっておるからのぉ。他にも良い所はあるが、アレだけは誰にもまねできん」
「それは、光栄だが。俺はそんな良い人間じゃない。報告聞いたのなら分かるだろう」
先ほどの、フレッド達に話した内容も、全て伝え聞いているはずだ。
「聞いてなお、いや聞けばなおと言う所じゃの。照れんでも良い、誰しも若いときは恥ずかしいものじゃて」
優しげに笑う爺さんの目には、何かが浮かんでいる。奥深く、またその多さに、おれではうかがい知る事ができないほど、何かが。見透かされているのは、恥ずかしく思い、またどこか嬉しかったりもする。俺は、どうも年寄りに弱い。
「まぁ良い、それよりもリヒテンシュタイン翁」
「固いのぉ、学長、もしくは爺さんとでも呼んでくれんか」
「では、爺さん。フレッドは、外政に意識が向いているようだが、実際には」
おれ自身も、あいつに同意した。いやむしろ意識をそちらに向けたが、そこに関して、俺の考え方は違う。
「うむ、外政は現状相手の出方待ちじゃな。今は内部の整理と改革が急務じゃ。しかし、お前さんはどの辺りまで知っている?」
どの辺りまでと言われてもな。
「何も、いくらか想像はしているが、確定している事は無いと言っても良いな」
「それでは、色々と話しておこうかの」
「そうして頂ければありがたい、が」
俺は、未だに壁際で控えている女性を見る。
「彼女には、フレッド達を見ておいて貰って下さい。護衛と言うよりは牽制として。バイエルラインも、彼女には気付いていたようですから、居てもらえれば良いです」
「そうじゃの」
爺さんが目配せすると、俺の方を敵でも見たかのようににらんで、女性は出て行った。能力的にはその方が適所なんだから、しょうがないだろうに。
「まずは、国の成り立ちじゃが。此処がジギスムントとの軋轢の原因にもなっておる。歴史的には今から、300年ほど前じゃの、この一帯には帝国があったんじゃ。今のアイゼナッハとジギスムント、さらに西方の一部を支配していた帝国の名前は、ジギスムントと言った」
「隣国と同じ名前ですね」
「うむ、彼の国は、その正統を名乗っておる。一応当時の皇帝の一族が、今の王族じゃから、名乗っておると言うのもどうかとは思うが、まぁ一寸訳があっての」
「いったん瓦解した後、正統を理由に成り上がった。そして、瓦解した理由は、アイゼナッハが分裂したからですか」
「まぁ、そうじゃの。それが向こうの見解じゃ」
「ほぉ、それではこちらの見解は?」
国によって歴史認識が違うのは当然だ、プロパガンダとしては勿論、単純に文献などの差などの場合があるが。今回は前者だろうな、と言うか殆どの場合が前者だ。
「そんなには変わらんがね。要は帝国の瓦解と、わが国の成立がどちらが早いか、と言う所だな。あちらは、わが国の初代国王、ヨアヒムバルト・ウルト・アイゼナッハが帝国に対する反逆者にして瓦解の原因と言い。わが国の見解では、既に瓦解した国の民を、安んじるために国を作ったと伝えている。わしも研究したが、この時代の帝国は、乱れに乱れていた上に、その後の戦火で資料が無くなっておっての、よくわからんのじゃよ」
つまり今更言っても水掛け論、証拠も根拠も口伝のみ、もしくは改変済みということか。
「ジギスムントのほうが、元の帝国の主城があった上、中枢であった事は間違いない。だが、あちらに残っておる資料は、既に都合よく変わっておるじゃろうの。いまさら、どうにもならん」
歴史に対しては、真摯な爺さんなんだろう。あえて歴史を改変する相手を、憎んですらいるようだ、それ以上に悲しんでいるのだろう。もう、真実が見えないかもしれない歴史の裏を。
「向こうとしては、元の大国を再興。いや、反逆者に切り取られた国を元に戻すだけ、それが、名目か。厄介だな、何であれ、大義名分があるのは強い」
「そうじゃの。同時に、そういった歴史が、前王までの、貴族の台頭も招いておった。さっきも言ったが、初代王は散り散りになった民草を、纏めるために国を作った。その時、既に民を手中にしていた、貴族達のまとめ役としての。その所為で、貴族、特に国家の成立に寄与した、八大家と言われる貴族の権能は大きい。お互いが、牽制しあっておるから、いやしておったから、マシじゃったがの」
「王子の所為でまとまった?」
静かに頷く。つまり、今までとは状況が変わっていると言う事か。
「そうじゃ、確かに貴奴は、貴族の権能を削った。じゃが、同時に奴らをまとめおった。内心はともかく、現在は歩調を合わせておる。かえって、対処が難しいかも知れぬ」
「唯一の救いは、貴族軍が今は無い事じゃの」と、良いながらため息をつく。確かに、直接的な暴力を持った勢力が纏まれば、それだけで国が割れる。
「やはり、軍制の改革は急務か。骨だな」
以前、軍の情報を聞いた時に、思いついた事をまとめてみるか。
「何せ、王子の時の締め付けは、文書化されて正式に決められたものではない。早いうちに、正式に法制度化せんと、勢いで流されそうじゃの」
「より反発しないか?」
「しょうがなかろ。国が潰れるよりは、幾分かマシじゃ」
前途は多難だな。
「なんにせよ、爺さん。俺は、覚悟を決めた。そんな奴らの思惑は、吹っ飛ばして、笑って暮らせるようにしよう。爺さんも、楽しい老後を過ごしたいだろ」
「そうじゃの。老骨に鞭を打つとしようかの」
互いの顔を見て笑いあう。年長者の腕を見せなければなるまい。
「さぁ、とりあえず、この数日が山場だ。気張って行こう、爺さん」
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