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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第1章
22/85

終わる世界 回る世界


「また、ここか」


白い世界。また、ここに戻ってきた。


遠く広がる何も無い世界。荒涼とした、俺に対する罰なのか、それとも癒しなのか。罰なら生ぬるく、癒しならば、皮肉に過ぎる。


「何なんだろうな。またここに戻ってきたのか。終わるのならば終わってしまえば」


―楽なのに―


「違うな」


何かがいる。ここには何も無かったのに。聞いた事のある声が聞こえる。


「何だ」


いない筈なのに、誰も、何もいない筈なのに。


「師匠?」


まさか、居る筈が無い。彼はもういない。


「まさか、師匠」


「俺を見忘れたか、この馬鹿弟子が」


嗚呼、バウマン師匠が、そこに居た。


嗚呼、幻覚だ、幻聴だ。それでもなお、会いたかった。見たかった。声を聞きたかった。でも。


「久しぶりだな、BOY。夢枕に立ってやろうと思ったのに、お前は夢を見ないからな。話せるようになるまで、死ぬほど待ったぞ。もう、死んでいるがな」


分からない、何もわからない。夢枕?夢の中なのかここは。何で師匠が?懐かしい。俺が殺してしまった。俺が。俺の所為で。嗚呼、何が言いたいんだろう。言いたい事は山ほどあったのに。考えが纏まってくれない。


師匠のつまらない洒落が、嬉しすぎて、もう何でも良い。


「師匠。俺の所為で、俺の所為で、師匠を殺してしまいました」


「この、馬鹿弟子が」


ゴインッと、師匠に拳骨で殴られた。嗚呼、この痛みだ。


懐かしい。嬉しい。


「この、馬鹿弟子が、誰がお前の所為で死んだだと。おれは、お前なんぞに殺されるような、ちゃちな男なのか。ふざけるな。傭兵が死ぬのはその傭兵の責任だ。これは、一番初にお前に教えたことだぞ。傭兵は、傭兵として生きる限り、自分の死以外に責任を持てないと。だから俺の死は、俺の責任だ」


「ですが、師匠。あの時は俺が、俺が、罠を作動させました。しかもそのまま、師匠を助けずに」


バウマン師匠が、情けなそうに苦笑する。


「やはりお前は、傭兵としての才能は無かったな。だから、辞めさせようとしてたんだが。すまんなぁ、俺が先に死んでしまった」


俺が、戦士としての才能が無いことは判っている。射撃も、狙撃も、今は別かもしれないが、格闘も、破壊工作も、その他各種技能に老いて俺より強い者は腐るほど居た。


「確かに、俺は才能が無いです。いろいろな分野で勝てない人間はいくらでも居ました」


師匠が、とことん呆れた様にため息をついている。


「そうじゃない、そうじゃないんだよ。傭兵がそんなとんがった特性持っててどうする。ラッセルの所のは異端なんだよ、あくまでチームとして機能してる所なんて、そうは無いんだよ。むしろ、全体的に高いお前の方が向いてるんだ。俺が言ってるのは、精神面の話だよ。お前は、精神的に傭兵を生業には出来ない。それは分かっていたんだ」


師匠は、座り込んで頭をかく。


「お前は、基本的に気が優しいし、命を重く見すぎる。命が実際に思いか軽いかではない、他人の命は軽く見ておかないと、人を殺すことを生業には出来ない。本来ならば、殺していくうちに、敵や目標の命はどんどん軽くなる。しかし、お前はあまりにも早くに、全てを諦めてしまった。いつかは破綻することが分かっていたから、復讐が終わった後は、一緒に引退しようと思っていた。俺には、家族なんていなかったから。偽者ではあるかもしれないが、お前と家族を作っていきたかったんだがな」


師匠は、俺にも座るように手で指示を出す。


「お前、案の定分かりやすく壊れやがったな。実を言うとな、今までもお前の夢の中には何度も来てるんだ。ただし、お前は普段夢見ないみたいで、俺が来た時は、お前が狂ってて、まともな話は出来なかったんだ。師匠をこんなに待たせるとは、まったく師匠不幸な弟子だ。俺の思う、逆へ逆へと行きやがる、そんな全てに敵対するような生き方をして欲しくなかったんだぞ」


「師匠・・・」


「俺はなぁ、お前にも言ってなかったが。本当なら、当の昔に軍人なんか辞めるつもりだった。傭兵なんかになる気も無かった。俺のことを言っても仕方ないが、俺は、昔教導員だった。それも、本来は存在しない部隊のな、お前なら言ってる意味も分かるだろ」


つまりは、特殊部隊。それも、イリーガルセクションもしくは、内に対しての対処部隊か。正確なことは知らないが聞いたことは有る。ゆっくりと頷くと、師匠も答える。


「それで、俺の名前が何処からか漏れてな。後はお定まりさ、両親を人質に取られ、言われた通りに情報を流した。それでも両親は殺されて、俺は国に責任を取らされた。表向きには存在しないセクションだったからな、命だけは助けてもらったんだろう。いっそ殺してくれればよかったのにな。その後は傭兵として渡り歩いて、お前を弟子に取った。最初は、チョットの間子守をする、そんな物だと思ってたがな。暇つぶしみたいな物さ」


酷い話だろ、と目で師匠は笑う。


「だから、お前をどうして良いかよく分からなかった。子供の扱いなんかは、知らなかったし、お前は普通の子供でもないと思ってたからな。そうしたらだ、何とまぁ、普通の子供だった。予想を遥かに超えて、俺が思い描いてた、普通の子供って奴だったのさ、お前は。困惑したねぇ、まったく。こんな戦場に居させちゃまずいと思った、新政府樹立が成功して、あの馬鹿な大統領を倒したら、お前も俺も、こんな世界から、足を洗っておくべきだと思ったのさ。失敗したがな」


「そうだ、それであの時、師匠たちとあいつを追い詰めて、仕様は死んで、俺もあいつを、倒せなかった」


「ああ、失敗したなぁ。あんなに未練が残った時なんか無いぜ。ただな、それは死んだことに対してじゃ無い。希望が多すぎたんだ。お前と生活して、お前が学校に行って、俺は家で待ってて、みたいな生活がな。夢みたいじゃないか、お前に俺を親父って呼ばせてよ、料理したり、お前の学校での話を聞いたりさ。チョット恥ずかしいけど、俺が親父からしてもらったことを、お前にも出来たらいいと思ってた。キャッチボールしたり、一緒に風呂入ったり、旅行なんてのもいいな。そんなことばかりが未練だった」


馬鹿みたいだろ、と自嘲するように笑う。師匠の目が温かい。もっと早く気付いていれば、もっと、もっと何かが出来たのに。


ああ、この人はこんなにも俺のことを思ってくれていたのに。俺も親父と呼びたかったのに。一緒に暮らしたかったのに。家族になりたかったのに。


「未練だったぜ。ああ、悲しかった。だがな、お前がその後、普通の生活を送ってくれれば、俺はそれで満足できた。なぁ、アルト。お前は、俺の分も幸せに成らなきゃならなかったんだぜ。それが、あんな詰らん生活と、詰らん死に方しやがって。よっぽど嘆いたわ、この馬鹿弟子が。なぁ、もう良いじゃねえか、楽に生きろよ、楽しく生きてくれよ。幸いその世界には、しがらみも何にも無いだろ、幸せになれよ。そうでなきゃ、俺は何時までも未練だよ」


「でも俺は、俺は、何人も不幸にした、親も、師匠も、ラッセル達も。そんな俺が幸せになんて」


パスッ 師匠が俺の頭に手を置いていた、昔から、俺が何か出来た時、出来なかった時、師匠は、頭をなでるでもなく、手を頭にのせて来た。恥ずかしがりやな、師匠の精一杯だったのかもしれないが、俺はうれしかった。嗚呼、涙が流れる。嬉しいのに、堪らない。


「俺は、お前から見て不幸に見えたか?お前のご両親や、ラッセル達の事までは、判らねぇ。だが、俺はお前と居て幸せだったぞ。そうじゃなきゃ、一緒に暮らしたい何て、言うと思うか?小恥ずかしい。自信を持てよ、お前は、お前の親が命を賭けて守って、ラッセルたちの仲間で、俺の弟子で、それで、俺の息子だ。俺の自慢の息子は、そんなに情けない奴なのか?なぁ、MY BOY」


「ふざけるな、俺は、アルト・ヒイラギ・バウマンは、親父の、そして両親の立派な息子だ。俺をなめるなよクソ親父。俺だって、俺だって、貴方と一緒に生きて居たかった。親父と家族として生活したかった」


貴方と、仲間と暮らしていきたかった。生きていきたかった。


「すまなかったよ、俺が死んだ責任は俺に有る、お前を悲しませたのも俺だ。だがな、だからこそ、お前はあそこで幸せになってくれ。死んでいたって、家族は家族さ、俺はあっちで、お前のご両親と、孫の誕生でも楽しみにしてるさ」


「ああ、あっちの父さんと母さんにもよろしくな、親父。でも、孫は気が早いよ」


「気長に待つさ、こっちは死んでるんだからな。元気にやれよ、息子よ」


「ああ、親父。またな」


「ゆっくり来いよ、焦りはしない、しわくちゃの爺になって来い。笑ってやる」


「ああ、大分待たせるよ。その時は、豊富な人生経験を語ってやる」


「楽しみだな」


「ああ、楽しみだ」


本当に楽しみだ、生きることが楽しみだ。






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