外れた世界に、新しく
「戻ってきたのか?」
周りをぐるりと見渡してみたが、戻ってきたのではないと理解できる。俺が元々居て作戦行動をしていたのは、熱帯雨林だった。今居るのは、アメリカ杉に似た針葉樹の森だ。植物相が、まるで違う。
「違うな、近辺には針葉樹林なんて無かった。それに気温も低い」
手を握り、感触を確かめる。体を順に動かして行き不具合は無いかを確かめる。体には何の問題も無い。いまだに狂気の中に居るのかとも思ったが。
「痛みも感じるし、空腹も覚えている」
頬を叩けば、痛みを感じる。長らく感じていなかった空腹と、周囲に林立する、針葉樹からは、木の臭いと、水蒸気にも似た感触が、濃厚に漂ってくる。
一つ一つ、声に出しながら確認していく。しゃがみ込み下、草を少し千切りとって噛んでみる。青臭さと苦味を、味を感じる。すぐに吐き出し、背嚢から紙を出して口を拭く。
「少なくとも現実に居るのは間違いないかな?死んだんじゃなかったのか?俺は?」
何はともあれ、現在位置を確認しなくてはならない。装備はすべてある。問題なく3日、切り詰めれば7日は行動できる。マッピングしながら、移動してみるべきだろう。自分でGPSを持っていなかったのが、悔やまれる。幸い時計には、方位磁針がついているので、北に向かって移動を開始する。
「記憶に無い木だな、アメリカ杉みたいだが少し違う。全体的に小さすぎるが、人の手が入っている様子は無い、植林されたばかりと言う事も無さそうだ」
本当に、現実世界に復帰なのか、疑わしくなってきた。ここに来てから、異常に感覚が鋭敏になっていて、少しうざったい。周りにいる、小動物などの気配が、かなり広範囲にわたって感じ取れる。注意を向けると、半径にして150メートルほどは感じ取れるようだ。
「師匠の言っていた、達人のゾーンてのは、こんな感じなのかな」
まぁ、便利だからいいが、調節も覚えないと、街中などでは大変かもしれないな。おいおい訓練していくか?そう思いつつ、歩を進めていく。木に、マーキングをしながら、10キロほど歩いたところで、感覚に大型の獣らしき気配が感知された。
「人、ではないな」
荷物を持ったまま気配を消す。手近な木に登って様子を見ると、狼らしき生き物が、4頭ほど視認出来た。近づいて戦うと、狂犬病などの恐れがある。遠くから倒してしまうことにする。感覚を信じるならば、近くにはこの4頭しかいないらしい。
「実際に何かと戦うのは久しぶりだ」と、思いながら手首のバンドから棒手裏剣を出す。狼の延髄に2本ずつ正確に打ち込んでいく。銃を使うと気配を悟られるし、音で他の獣を呼ばないとも限らない。使い終わった後、回収も出来て経済的だ。すべて刺さったのを確認し、さらに5分待つ。再び、一頭ずつ棒手裏剣を投げつけて、死んでいるのを確認する。
木から降りて棒手裏剣を回収しようとしてある事に気付く。
「狼に、こんなサーベルタイガーみたいな牙は無かったよな?新種?」
冗談めかして口に出すが、そんな話聞いたことも無い。遺伝子組み換えや、
そのほか何かということも、考えられるかもしれない。しかし、実験動物としては、観測装置もなしに放し飼いにしているのはおかしい。
そもそも、漆黒の毛を持ち、20cm以上ある牙を、口からはみ出させた狼。そんな物は、聞いたことも見たこともないし。作り上げるのだって、簡単ではない、どう考えても異常だ。
「食べようかと思ったが。止めておくか」
再び歩き始めると、3キロほどで森を抜けた。森が途切れて100mほど先にかがり火が焚いてある。すでに、薄暗くなってはいるが、周りに何もないところに、かがり火を焚く意味がわからない。しかし、少なくとも人間がいることはわかった。多少賭けにはなるが、かがり火の下にいる人間に話しかけてみよう。
「おーい、おーい」
森から出て声をかけると、なにやらえらくビックリした表情をしている。すぐ近くまで近づいても固まっている。どうしたのだろう?何か俺が変なのだろうか?しかしやたらと牧歌的な格好をした男だ。今時中世の農夫のような格好をしている。祭りか何かで劇でもやるのか?
「おーい Excuse me Hello 你好 Ciao Oi」
反応がないな
「Es uliou se gupleio」
反応があったが、何語かわからないな。ドイツ語みたいだが違う。
「すまないな、判らない」
とりあえず、真摯に頭を下げておく。少なくとも敵意がないのは伝わっただろう。
「Wo westen his holisesten und loz auf」
男は、ため息をつくと手招きをして歩き出した。ついて来いと言う事だろうか、素直に後に続くことにする。300メートルほど先の丘の上に、別の男たちが2人いた。最初にあった男は、2人に何かを説明して片方の男が俺に向けて言った。
「Loz auf」
どうやらこの男について行けば良い様だ。丘を越えた先には、人らしき気配が300ちょっと感じられる。集落でもあるのだろうか?出来れば言葉の通じる相手がほしい。情報がまったく得られない。言いようの無い違和感が、消えないのも不安だ。自分の体重が、いつもより少し軽く感じる。不安がさらに膨らむ。
思ったとおり、集落があった。しかし古めかしい、ヨーロッパの中世の頃の町並みのようだ。古い時代の建物が残っている町でも、街灯などは立てられている。しかし、ここには電気が通っているようには見えない。
レンガ造りに、木を使った屋根、そして、窓は木戸だけで、ガラスは使われていない家々。舗装もされていない砂利道。白人が住むところで、このような土地は珍しい。そもそも、俺が知っている、何処の文化とも様子が異なっている。所々の家のドアには、クロスした翼が掘り込まれている。
集落の中心、他の建物よりも二回りほど大きな建物の前で、男は止まった。
「Stou enna poiket」
待て、とでも言っているのだろうか?手で押し留めるからには、待てばいいのだろう。男はその建物の中に入っていった。すぐに、男は初老の男と共に戻ってきた。少し派手な服を着た初老の男は、宝石ケースのようなものからイヤーカフを取り出し耳につけた。
「話が通じますかな?」
男が話していることが急に理解できた。日本語と一瞬思ったが、よく聞くと聞こえる言葉と口の動きが微妙にあっていない。だが意味は通じているようだ。
「はい、理解できます。突然ですが、害意はありません。ここが何処なのかよくわからずに迷ってしまったようなのですが」
初老の男性も、言葉はわかったようで頷いていた。
「そうでしたか、私はこの村の村長をしています。バドウィックといいます。失礼ですが、お名前は?」
「これは失礼いたしました。私は、アルト・柊・バウマンといいます」
「称号名があるところを見ると、貴族の方でしたか?」
急にあわて始めたバドウィックさんは、おかしなことを言った。貴族?今時貴族などが何か関係するのだろうか?
「いいえ、貴族ではありません。称号名と言うのが何かは判りませんが。私は生みの親と育ての親がいまして、両方の名前を名乗っているだけです」
「そうでしたか、ところで、森から出てこられたそうですが。大丈夫でしたか?最近、ガルムが出るので、警戒をしていたのですが」
?ガルム? ガルムって何だろう。
「失礼かもしれませんが、ガルムとは?」
「ガルムを知らないと?ガルムは小型の穢れ物で、牙の生えた大きな犬のようなものです」
さっきの狼モドキか、ガルム。しかし、やはり聞いたことないな、ガルムなんて。しかも、穢れ物って何だ?
「そのガルムとやらでしたら。先ほど、森の中で倒しました。4頭だけですので、他にも居ればわかりませんが」
「なぁ!なんですとぉ!」
うーむ、年食ってそうな割には、反応がいい人だなバドウィックさん。そんな驚く様なことかね?簡単とはいわないが、たかが狼4頭。それほどたいしたことはしていないだろう。
「あの4頭のガルムには、すでに10人以上が犠牲になっているんですよ。どうやって倒したんですか。本当なんですか」
バドウィックさん矢鱈と詰め寄ってくる。うざったい。
「本当です、何でしたら現場に案内しますので、自分の目でご確認ください」
何だろう、あまりにも久しぶりに人に会うので。対人関係がよくわからなくなってくる。異常なほどに人恋しかったのだろうか?内心では。一面で、ウザイと思いつつも、もう一面で、何かをしてあげたい気持ちにも、なってくる。役に立てたのなら、嬉しいとも思えてくる。
バドウィックさんと、他6名ほどを引き連れて、先ほどの現場へ戻る。今時、松明はないだろう。しかし6人全員が、持っているからかなり明るい。現場に着くと、屍骸は、まだそこに4体とも残っていた。
「おお、本当に死んでおる。いや、まさかたった一人で4体も」
えらく感心している。他の6人も唸っている。さっき、10人以上やられていると言っていたが、けが人が出ることぐらいはあるのだろうか。まさか殺されているなんて事はないだろう。
「いやぁ、アルトさん。ありがとうございます。これで敵も取れました。心配も無くなって、大安心です。何か御礼できることが、ありますか?」
お礼か、そもそも、まだ何の話も聞いていないし。ここがどこかも判らない。
「そうですか。それでは、少しお話を聞かせていただきたいのと、今晩御宅に留めていただけませんか?出来れば食事も」
「そんなことですか。何日でもどうぞ、とりあえず村に戻りましょう」
何で皆さんガルムとやらの屍骸を持って帰っているのだろう。食うのか?それは食えるのか?晩飯があれだったら一寸いやかな?肉臭そうだし。
しかし、俺が聞きたいことは、今だ何一つ聞けていない。やっぱり、久しぶりすぎて人との交流が下手になったのかな?
改訂版を出して行っています。
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