少女と追手 母と娘
12日間の修行を終えた、予定よりも長く掛かったが、最後のセットでは、最長59時間動き続けていた。呪式の負担もかなり軽減できたので、それが大きかったようだ。それでも、かなりの疲労が蓄積している、帰ってから暫くは、療養に努めなくてはならない。ゆっくりと歩いて帰るとしよう。
馬を引きながら、街道までもう少しのところまで歩く。今回の修行で身に着けた技を使い、より広範囲の気配を感じる。元々持っていた気配を読む能力を、通信の呪式で拡散させたものだ。情報精度は、やや落ちるものの、半径500mをカバーできる。これが今回の修行での、一番の成果かもしれない。
そのほかにも、様々な事が分かった。例えば、創造系の呪式、物質の想像には、かなりの制約が掛かることがわかった。俺だけなのか、他人もそうなのかは分からないが、物質の創造は液体と気体だけ。固体は、創造できない。ゲル状のものなどは出来たが、完全な固体化は無理だった。
同時に、密度や硬度、さらには比重など、重いほど長時間の存在は不可能。むしろ、光や炎の方が長く持つ。
さらに、出した水、自分の理解するH2Oの液体は、冷気にも変化せず、熱にも変化しない。つまり、氷にも水蒸気にもならなかった。グラスにも入って形も変えるし、飲むことも出来る、しかし、形状以外の変化はしなかった。
反面、炎や音、光などは、むしろ物質の様な特徴を持つことが分かった。炎同士をぶつけると、核になるものもないのに、弾け消えた。このあたりの、減少はわからないが、むしろ現象が物質へ、物質が概念へと近くなっていると言うことだろうか。更なる研究と確認が必要だ。
ともあれ、森から出てくるのを、人に見られたくなかったから、気配を読んでみた訳だが、反応があった。それも、殺気と、敵意を、撒き散らしている。しかも気配から見ると、誰かを追いかけている。
とっさに、馬を手近な木に繋ぎ、背嚢を置いて走り出す。近づいていくと、言い争う声が聞こえる。その瞬間、追われていた人物の乗っていた馬は、横倒しに倒された。乗っていた人は、馬から落ちて気を失ったようだ。落ちた人物に、追っ手が迫っている。
先手必勝。まだ此方に気付いていない、馬に乗った二人組みに、指弾を撃つ。続いて、馬から落ちた二人の右肩と股関節を、棒手裏剣が貫く。
「仮に理由があったとしても、女性相手に男二人で襲い掛かるのは感心しない。理由があるなら、後で聞いてやる。だから、今は眠っておけ」
聞く余裕は無いとは思うが、一応声をかけてから、二人を気絶させる。ロープで二人を縛ると、棒手裏剣を抜く。間接を貫かれても、痛みは大きいが、死ぬことは無い、もっとも、障害が残る可能性は高いが。続いて倒れている女性のほうに向かう。息を確かめ、瞳孔を確認していると、女性が目を覚ました。
「来るな、バカヤロー」
いきなり起き抜けに剣を振ってくる。
「まて、俺は助けてやったんだ。お前を追っていた相手は、あっちで伸びている」
「やられない。やられないわよー」
どうやら、ショックで一時的に混乱しているらしい。背後に回りこみ、両手を押さえ密着して足の動きも封じる。
「落ち着け、君は今安全だ。落ち着け」
「うにょー。うにぃおー」
もはや、意味ある言葉すら出せていない、瞳孔に反応は無かったので、脳の問題は少ないとは思うが。どうしようもないので、延髄に一撃叩き込んでもう一度気絶させた。
改めて、足裏を何度か押し込んで、バベンスキー反応を見る。異常なし。指の震えなし、瞳孔も異常なし。耳の横で、大きな音を立てると反応する。これも問題なし。
ただ、気絶しているだけだが、放って置くわけにもいかない。しかし、彼女の馬は死んでいるし、二人組みの馬は逃げてしまった。仕方が無いので3人を引きずって、自分の馬のところまで戻る。
二人の男は、縛ったまま馬にくくりつける。血を多少出しているので、馬が嫌がっていたが仕方が無い。女性の方は、俺が抱いて歩いていく。休息を取る筈だったのになぜこんな事に。幸いにも女性小柄なので、あまり重くは無いが、また面倒ごとに巻き込まれそうで困る。
誰かが目を覚ますだろうと思ったが、道中誰も目を覚まさなかった。おかげで、門兵に呼び止められ、事情を説明しなければいけなかった。今後の対処もあるので、門兵にアリシアさんを呼びに言ってもらう。B級の冒険者と言うのが効いたのか、丁重にもてなされる。怪我した2人は、縛ったまま治療し、女性は別の部屋でまだ寝ている。こちらも医者が見た限りでは問題ないそうだ。
20分ほどしてアリシアさんが来た。
「申し訳ありません、お手数をかけまして」
「いえ、大丈夫ですよ。これも業務の一環ですから。それよりも修行の結果はどうでしたか?」
「おかげさまで、少しはマシになりました」
「それはおめでとうございます。それで、その男たちと、女性と言うのは?」
「ああ、すいません。男達はそこの医務室で、女性は仮眠室で寝ています。チョット強く当て過ぎまして。医者の言う事では、問題は無いそうなのですが」
まずは、男たちを見てもらう。
「少なくとも、近辺で手配されている盗賊や、犯罪者ではないようですね。捜査は、騎士隊に任せるよりも、ギルドでした方がいいでしょう。幸いB級以上の人間には、捜査を取り仕切る権利があります。目が覚めたら取調べを始めましょう。手伝って下さいね」
「自分の、まいた種ですからね」
続いて、女性の部屋に向かう。部屋のドアを開けて、顔を見た途端アリシアさんが叫んだ
「メイリン!!」
寝ている女性に駆け寄り、おたおたとしている。
「アリシアさん、お知り合いですか?一応私が調べた範囲でも、医者が調べた範囲でも、異常はありません。寝ているだけです。恐れた後、混乱して剣を振り回していましたので、私が気絶させました」
いきなりアリシアさんが、胸倉をつかんでくる。
「気絶させたですって。メイに何をしているんですか。殴ったんですか、殴ったんでしたら、許しませんよ」
「いえ、軽く当身を入れただけです。医者の」
「当身―、やっぱり殴ったんですか」
話を途中で遮られる。
「いえ、医者の話でも今眠っているのは疲労からだそうです。実際に運んでいる際、1回覚醒しかけたのですが、そのまま眠ってしまいました」
「うー。でも殴ったんですよね。殴ったんじゃないんですか。違うんですか」
こんなに混乱したアリシアさんは、始めてみた。パルプが出てきた時でも、冷静だったのに。
「すいません。確かに事実ですが、あの、その、どういったご関係で?」
「メイは、私の娘です」
目が点になる。助けておいて良かったと言う感情と、多少手間でも気絶させなければ良かったと言う感情が、ない交ぜになる。と言うか、見た目はまるで姉妹だ、アリシアさんが妹だが。
「申し訳ありません。あの混乱のまま剣を振れば、最悪この娘も怪我をし兼ねなかったので」
「まぁ、しょうがありません。それに助けていただいたのですし。取り乱して申し訳ありません。お見苦しいところを見せました」
「いえ、気絶させたのは事実ですから、それに関しては謝ります。しかし、娘さんを助けることが出来てよかったです」
アリシアさんは、居住まいを正すと頭を深々と下げた。
「改めて御礼を言います。娘を助けて頂き真にありがとうございました」
すると、母の声に気が付いたのか、メイリンさんが目を覚ました。
「あれー?何でママが?んー?ここはぁ?」
「メイリン!大丈夫?何処か痛い所は無い?何か変なところは?」
メイリンさんは、状況把握がまだ出来ていないようで、ぼんやりしている。もしかしたら元々寝起きが悪いのかもしれないが。
「えーと。んー、なんか寝過ぎたみたい。んー、のどが渇いた」
近くにあった水差しから、コップについで水を渡す。
「あ、どうも。えーと、何だったっけ、追い駆けられてて、馬から落ちて、それで」
やっと意識が覚醒してきたらしい。
「そこにいるアルトさんが助けて下さったのよ。メイ、貴方一体何をしてたの?王都で、学院に行ってた筈でしょう」
ここで完全に目が覚めたらしい。目を見開くと、アリシアさんにしがみついた。
「ママ、大変なの。フレデリック様とミリア様が。お二人が」
そのまま、しがみ付いて泣き出してしまった。
俺はアリシアさんと顔を見合わせた。