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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第1章
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呪式と母 嘘と呪式

服などの各種装備、資金など、準備は着実に整い始めている。移動するための準備だが、本来であれば早々に町を移り、静かに情報を集め今後の予定を立てたいものだ。だが、それはもう少し先になりそうだ。


元の世界に、返りたいとは思わない。あの世界は、須らく、くそったれていた。あの世界は、まるで俺を敵視していたようだったし、その中の数少ない希望は、すでに吹き飛んでいる。


そう考えれば、今の方が遥かにましだ。以前いた世界での仲間には比べられないが、此方で出会った人たちも、十分に大事な存在になっている。


3日間かけて、142の呪式図を完全に覚えた。頭の中で何度も確認し、紙の図とも刷り合わせ、紙にも描いて確かめた。昨日の段階でも覚えてはいたが、1日置いて確かめた。これで確実なはずだ。


ライオネルさんの工房に服を取りに行き、宿で着替えてからギルドに向かう。黒を基調としたジャケットと、デニム地のようなパンツを合わせ、シャツもややくすんだ様な赤茶色だ。個人的には好きな色の配色だが、淡い色を好んで着ているこの町の人間の中では浮いている。目立たない方がいいのだが、それでも迷彩の野戦服よりはましだろう。


ギルドに入ると、相変わらず総合受付のところにアリシアさんがいる。


「どうも、三日ぶりですね。お時間は有りますか、アリシアさん」


「もう覚えてきたんですか?それではお昼の時間ですし、外で何か買ってきましょうか。お昼はもう済ましてしまいました?」


「いえ、まだですよ。それならば、私が何か買ってきましょうか?何かご希望はありますか?」


「そうですね。それでしたら、角の店のランチボックスがお勧めです。量もありますので、男の方にも人気ですよ」


「では、それを2つ買ってきます。前回の会議室でよかったですか?」


「いえ、私も一緒に行きますよ。たまには若い男性とも歩かないと、老けてしまいますから。少々お待ちになって下さい」


老けたアリシアさんって想像ができない。無理にイメージしていると、他の職員に一声かけて、アリシアさんが出てきた。


「お待たせしました。その服も、よくお似合いですね。ライオネルさんの服は、本当に服が似合う人にしか、作ってもらえませんから。よくお似合いですよ」


「前の服は、単なる戦闘服ですよ。ですが、この服は私も気に入っています。目立たない方が、良かったのかも知れませんが。それでも良い服は身に馴染みますね」


件の店で飯を買い、ギルドに戻ろうとすると、アリシアさんに止められた。


「ギルドは、もう半休を取りましたので、私の家で練習しましょう。誰もいませんから、遠慮なくどうぞ」


「そうですか、それではお邪魔します」


外見は、冷静を装うが、大きな衝撃を受ける。これはどういうことだろう。女性の部屋に誘われるなんて、26年の人生で一度も無かったぞ。女性の部屋に、ダイナミックエントリーをした事はあるが。


いや、違うそういう事ではない。かわいらしい女性に部屋に誘われる。どういうことだ。アリシアさんは、かわいらしいと言う年ではないのかも知れないが、少なくとも見た目は、かわいらしい。


とっさのことに、異様に頭が混乱している。せっかく覚えたものも吹っ飛んでいきそうだ。こんなに混乱したことは無い。いきなり効力射撃の的になっても、もう少しは冷静でいられる。どうしたら良い、どうしたら。


どうしたら良いーーーー。




よくよく考えたら、先生の家にお邪魔するだけの話だ。見た目に惑わされた。しかし、今回はアリシアさんだからいいが、もう少し女性に対して免疫付けないと、いつか大きなミスをしてしまいそうだ。


「ここが家です。気になさらず入って下さい」


やはりさっきの葛藤も見抜かれている。非常に情けない。


「それではお邪魔します」


二人で食事を済ませ、呪式の話に入る。


「それでは、呪式についての続きです。呪式図をいったん覚えてしまいますと、後は、偏に想像力です。いかに正確に、そして多くのイメージを、短時間で構築するか。それだけの問題になります」


彼女は、数枚の平皿を持ってくる。


「この皿が、呪式図だとしましょう。頭の中で想像する時のイメージは、しっかりとした呪式図を重ねていくところから始めます。一番下に、根源の呪式図、続いて創造、そして光。この順番で、イメージを構築して下さい」


重ねられた皿を元に、イメージを構築する。軽く頷くと、彼女は話を続ける。


「さらに、貴方が持つ光のイメージを、出来るだけ多く与えて下さい、どういった原理で、どういった過程で、何から、何に対して、何時、何処で、そういったことを思いつき限り。呪式図に重ねていって下さい。整然と、順序良く、近しいイメージは近くに、そうでないものは遠くに、一定の法則を持ってイメージを構築して下さい」


光、熱、電光、雷光、朝日、太陽、稲妻、閃光弾、サーチライト・・・・・


数々のイメージを自分なりに並べていく。


「光を発生させる場所を指定し、発動の呪式図を重ねて下さい。そして、発動させるイメージと共に唱えて下さい。-光-と」


自分の頭上、天井近くで発動するイメージと共に唱える。


―光―


途端、閃光弾が破裂したかの様な爆光が辺りを包む。一瞬で消えたが、熱も何も感じない。ただ光だけが顕現したようだ。


「驚きました、初めてでいきなり発動したのもそうですが、よほど多くのイメージを構築したのでしょうね。貴方の意識展開容量は非常に大きいと言えるでしょう。こういった単純な呪式の場合、いかに多くのイメージを積み重ねられるかによって、効果が変ります」


何だか、大きな疲れを感じる。肉体的な疲れではなく、脳が直接疲労を感じているようだ。


「なれないうちは、意識構築には疲労が伴います。こればかりは慣れるしかありません。慣れてくれば、少ない疲労でできるようになります。後は、イメージの並べ方などで、強弱の調整ができます。それでも出来ない様な調整ですと、疲労は大きくなりますし、発動確率は下がりますが、まったく逆のイメージを加えることによって、弱めることが出来ます。光に対して闇のイメージや、火に対して水のイメージですね」


椅子に座って、息をついている俺の前に、アリシアさんが本を出してくる。


「これは、主だった呪式の構成を書いてある本です。発動が出来るところまで行ってしまえば、後は他のものが何かを言うことは、かえって悪い結果を招くことになりかねません。後は、自分なりの構成を見つけ出すしかないんです」


本を受け取る。めくってみると明らかに手書きのものだった。しかも、インクの跡は、青々として新しい。


「拙い物ではありますが、私が知る限りの構成を書いてあります。後は貴方が、それを自分用に構築し直していって下さい。自分にあった呪式は自分でしか作れません。情けない話ですが、これ以上の指導は、私には出来ません」


頭を下げるアリシアさん。この人は、俺に合ってからというものの、何度も頭を下げている。俺は、立ち上がり居住まいを正すと、アリシアさんに向かって、頭を下げた。


「ご指導ありがとうございました。ご教授に報えるように精進いたします。ですが、また聞きたい事が出来た時は、よろしくお願いします」


アリシアさんが笑って言う。


「不肖の師ではありましたが、私に答えられることでしたら、いつでもどうぞ。貴方の、ますますの成長を祈ります」


「それと」と、アリシアさんは顔つきを鋭くして言った。


「呪式は、良くも悪くも騙す技術です。誤魔化す、と言っても良いでしょう。自分の意識を、こんなことも出来ると騙し、他人を騙し、世界すら相手に騙します。嫌な言い方ですが、右手で握手をしながら、左手には毒と短刀、それが本質です。呪式に長く関わるほどに、その不自然さが理解できるでしょう。それを、あらかじめ理解しておいてください。それは、貴方本来の性質とは、反するものかも知れませんから。」


思わぬ言葉に、無意識に表情が作られる。大丈夫だ、顔に笑みを浮かべながら舌を出す。そんなことは常にやっている。そうしなければ生きてこられなかった。そんな純真等、とうに捨てなければ生きてはいない。


「ありがとうございます」

 

顔は笑みを浮かべていたが、それでも、アリシアさんにはそんな嘘はつきたくない。それでも、俺の顔は勝手に形を作る。それを分かっているのだろう。アリシアさんの目は、悲しそうな、同時に優しげな目になっていた。


その後は、夕飯まで、アリシアさんにいろいろな呪式の発動を見せてもらい。夕飯をご馳走になって宿に戻る。


母の食事などは食べた記憶が無い。でも、こういった食事だったのなら、それはなんてすばらしいのだろう。


もう、記憶もおぼろげな、母の顔。泣いている姿しか、思い出せない。


それでも、俺を産んで、守ってくれた母の事を、いつか笑顔を思い出せればいいと思う。


若くして死んだ母の印象が、アリシアさんと重なる。


母も、優しかったのだろう。


母も、強かったのだろう。


厳しかったのだろうか。まじめだったのか。どじな所はあったのか。


何も分からない。今更、知ることも出来ない。


それでも、そうであったなら、そうだったなら。


俺は、とても嬉しい。



俺は、とても穏やかな気持ちで、眠りに付くことができた。


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