教育。アリシア先生の個人レッスン
「おはようございます」
朝早くに、ギルドの門を叩く。まだ、職員も来ていないようだ。建物内には、1人しか気配を感じない。
「おはようございます、よく御越し下さいました」
アリシアさんが迎えてくれる。決して自分は、少女趣味でもなければ熟女趣味ではない、しかし、この人はカテゴライズが難しい。しかし、やはり年上なりの包容力でもあるのか、女性が苦手な俺でもあまり堅くならずに接することが出来る。会議室と書かれた場所に通され、お茶を出される。
「それでは、はじめます。まずお尋ねしますが、呪式に対して何か知っていますか?」
「いえ、何も知りませんね。名前だけです」
現実問題何も知らない。町で聞いたりもしたが、明確な答えは何も出てこなかった。何かに使われていると言うような情報は有ったが、使用法や実体についてはさっぱりだ。
「そうですか、それでは呪式の成立からお話します。まずは、魔法と言う物があったのです。魔法は、A級や一部のB級の穢れ物、もしくはS級のような、高位の存在が使う技能です。これは、意志の力で、事象を無理やり捻じ曲げる力でして、非常に大きな力が要ります。しかも適性による差が大きく、エルフ等の意思が強い種族でも、使えるのは1000人に一人、人間では、万人に一人と言う具合でした。しかも、大きな力は使い難い、と言う難しい技能でした。そこで、誰もが使えるように魔法を模したもの、それが呪式です。この開発により、多少の適性差はあるものの誰にでも扱える技術になりました」
穢れ物の中にも、不思議な力を使うものもいるということか。気をつけていかないと、困るかもしれない。
「その割には、一般的に呪式を扱っている様子は、ありませんよね。今まで見たのは、依頼の板と、アリシアさんの物だけです。生活などに対しての使用は、行われないのですか?」
アリシアさんは、俺の質問に、答えを返すことなく。話を続ける。
アリシアさんは、手のひらを上に向け、顔の前に置くと、手に光を集め始めた。真っ白は光で熱などは感じない。何も言葉を発したりはせず、特別な行動も無かった。
「これは、蛍光といいます。創造系の呪式の中で、最も簡単な呪式です。空気中に、蛍の発光物質と同じ性質のものを、作り出しています。創造系は、名前の通り何かを作り出す系統です。発動手順としては、発動する位置を設定、呪式を展開、そして発動となります。最初に覚えるべきは、この創造系の呪式でしょう」
アリシアさんが、手のひらに浮かんでいた光球を消す。
「それは、つまり蛍の発光成分、その解析と理解が行われている、と言うことですか?」
「少し、違います。物質の名前は定められていますし、発光すると言う特徴も分かっています。ですが、言ってしまえば、それだけです。なぜ光るのか、そして、蛍光で使われている物質が、本当に同じものなのかは、分かっていません」
「つまり、何と無くでしか出来ていない。同時に、何と無くでも出来てしまう。そう言う事ですか?」
コクリと頷く。
それは、便利でもあるし、同時に問題にもなるな。しかし、いまは、何らかの対抗手段が必要だ。話を続けるように、目線で促してみる。
アリシアさんは、続いて、手のひらにカップを置き、ふわふわと浮かせて見せる。
「今度は、操作系です。こちらには、個別の名称はありません。例外的に、ドワーフの鍛冶師などが使う錬金がありますが、今はおぼえておく必要は無いでしょう。基本的には物を動かします。発動する手順は、対象物の性質を認識、操作の動き、または変化を想定、操作呪式を展開、そして発動と言う手順になります。呪式自体は簡単なのですが、性質の認識や、動きの想定が、難かしいです。その代わり、汎用性は高く、知識さえあれば、治療などに応用することも出来ますし、体の動きの、補助も出来ます」
カップの動きが変わり、俺の目の前を通り過ぎてソーサーの上に戻る。アリシアさんは、カップを手で取ると一口飲んで言葉を続ける。
「この、創造と操作が呪式の基本となります。今のように、無詠唱でも使えますが、確実を期すならば、そして威力の向上を望むならば、詠唱をした方がよろしいですね。ここまでは理解いただけましたか?」
「はい、ここまではわかりました。しかし、ギルドの依頼用の板、あれは、そのどちらにも属していないように思うのですが、応用と言うことですか?」
「そうですね、これは、私たち人間ではめったに出来るものがおりませんが、付加と言う独立した系統の呪式と、通信の呪式の複合です。先ほども申しましたが、創造と操作は基本です。最も重要では有りますが、実際の使用では、殆どが何かとの複合呪式となります。貴方は、戦士ですから、判りやすく言うと、火の玉を創造し、相手にぶつける様に、操作すると言った具合です。創造であれ、操作であれ、発動地点を自分から離れた距離に設定するのは、非常に難しいですし、無駄も多くなります。もちろん、努力と才能によっては可能では有りますが」
たしかに、火の玉を生み出しても、相手が自分から向ってくるような場合で無いと意味が無い。自分から火の玉に当る奴は、めったにいないだろう。
「その、人間には出来ない者が多いと言うのが、適性と言う事でしょうか?」
「そうですね。適性は、単純に何かに向いているとかではなく、使える呪式の限界や、意識展開の容量、使いやすい系統、また意識展開の速度などがあります。種族や性別などによっても、それらは変化します。先ほど言った付加については、ほぼドワーフの専売特許のような系統ですね。人間では、無駄とは言いませんが、見込みは薄いです」
「何に適性が向いているか、それは判別できるんですか?」
「出来ません。こればかりは、やって見るしか有りませんね。意識展開の容量だけは、量ることが出来ます。ですが、あまりお勧めはしませんね。あまり意味も有りませんし。実際にやってみれば、おのずと結果に現われますので」
「話だけを聞くと、そんなに難しいようには感じられませんが、なぜ一般に広まっていないのでしょうか?先ほども聞きましたが、生活などには便利でしょう。指導者不足などの問題も、必要があれば、それなりに解消されて行くものでしょう。基本の創造だけでも、有ると無いとでは、かなり変ると思いますが」
アリシアさんは、ため息を一つつく。
「確かに便利にはなるでしょう。しかし、今の話を聞いて、すぐに理解できるような人は少ないのですよ。そして、国は呪式を一般人が持つのを恐れています。実は、個人的に呪式を人に教えると言うのは、法に背いています」
「それでは、アリシアさんには迷惑を掛けていますね。まことに申し訳ない。しかし、その一方で冒険者の中には、呪式を活用しているものも、多くはありませんが存在します。それは、仲間内で教えあっているか。もしくは、裏側で広がっている。そういうことですよね」
「その通りです、中途半端に規制を掛けた所為で、本当に必要なところには回らず、かえって悪いことに、暴力に使われているのが現状です。もちろん、冒険者の中にも元騎士や、国立学院に行っていた人もいますが、多くが裏に経路を持っているのも事実です」
俺の謝罪に対して触れなかったのは、気にしていないという意思表示と、他言しない様との意思表示だろう。しかし、国の発展よりも、安全性を取ってはいるが、それが徹底していないため、逆効果とは。国としての力はやはり低いんだろう。神が実存する以上、王権神授もいいように改変は出来ないだろうし、国として、王家としての背景がやはり弱いようだ。
「まぁ、国家論議はこの位にして、実際には、どうすれば発動するんですか?」
「そうですね、失礼しました。それではこちらをご覧ください」
アリシアさんが、文箱から数枚の紙を取り出す。
「これらが基本の呪式です。この紙に書いてある模様は、正確には呪式発動式・基天円環図といいます。簡単に、呪式陣や呪式図、と普通は言いますが。現在、公式に認められている分で142種類あります。この紙に書いてあるのがそうですが、これを、寸分の狂い無く覚えて下さい。まずはそこからです」
「覚えると言うのは、自分でも描けるようになればいいんでしょうか?」
「紙に描けるかどうかは、重要ではありません。ですがもしも描ける様であれば、付加が出来るかもしれません。しかしながら、普通の呪式は、頭の中で思い描くだけなので、頭の中で再現できれば結構です。これは宿題ですね。出来るだけ、早く覚えてきて下さると助かります」
「分かりました。先生」
「ハイ、それでは、今日の授業はここまでです。予習復習を忘れないように」
少し、茶化してみたが、しっかりと乗ってきてくれた。これでアリシアさんが、学校などで、高等な教育を受けた経験があることが分かる。お嬢さんとも呼ばれていたし、貴族や何かの特権階級の出自なのだろうか。
「最後に先生、公式にはと言うことでしたが、非公式も存在すると言う事ですよね?そして、先生もそれをお持ちではありませんか?」
アリシアさんは、見た目にふさわしくなく、ニヤリと笑う。少女のような見た目に反して、寒気すら誘うような、凄みのある笑みだ。
「それは、秘密です」
この日は、それで別れ、ひたすら新たに取った宿の中で、呪式図の模写を繰り返していた。
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