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ドリフト―TrifT―  作者: kishegh
第1章
1/85

思い返せば、仲間と師匠。不幸の連鎖

自分だったらどんな風に異世界を描くのかということで、習作初投稿その改定版です。

間違いや 判りにくいなどご意見ありましたらどうかお寄せください。


個人的な考え方ですが、戦う以上は残虐な描写や死などは切り離せないものだと思っていますので。そういったR-15的なパートがあります。

また、恋愛にはなかなか発展して行かないとは思っていますが、発展した場合性描写などもありえますので、お気を付けください。(本当にそうなったらRー18で書くかもしれませんが)

もしかしたら、この世界に俺以上、いや、俺以下に運の無い人間は、いないのかもしれない。まぁ、命を落とすことも無く26までは、生きて来れたのだから、卑下することは無いのかもしれないのだが。


生まれ自体は日本。しかし、俺の国籍が、もう存在してはいないことは確認している、3歳の段階で鬼籍に入っている、と言うことになっていた。訂正することも出来たが、どうせあの国には何も無い。縁も所縁もありはしない。だから、あまり意味を持たない。


俺の親父は、日本人で発電所の開発をしている技師だった。母は、国際的な血筋だったらしい、国籍は日本のものだったようだが、人種的には白人系主体のミックスだったようだ。小柄な人だったと覚えている。


俺が2歳の時、親父は海外援助で、ある中東の小国に、発電所を建設しに行った。子供も少しは大きくなってきたし、愛する妻とは離れたくなかったのだろう。家族でその国に渡った。他にも、思う所はあったのかもしれない。だが、今となっては、何も確認は出来ない。


当時その小国は、王政を布いていたが、安定はしていた。少なくとも表向きには。だからこそ、自分の出国に少し遅れて、家族を呼んで、生活を始めようとしていたわけだ。


しかし、そこにクーデターが起こった。王の従姉妹、その夫だった軍の将軍は、若手の軍将校や一部の富裕層、知識階級と共に反乱を起こした。


主要施設をすべて占拠、わずか数日で偏った選挙を行い、初代大統領となったその将軍は、国内にいた海外技術者や国内の有力者に選択を強いた。すなわち、すべてを差し出すか、死。財産も技術もすべてを差し出し、人質を出して恭順を示すか、死。家族を人質に取られた親父は、恭順を取って日本には、家族は事故で死亡したと届けられた。


そのままであれば、数年後には開放されていたかもしれない。30年前ならいざ知らず、すでに国際的に協調路線を取っていた国連が、いつまでも静観はしていなかっただろう。アメリカ辺りが嘴を突っ込んでいたかもしれない。あまりに一方的な死亡通知は、各国が疑っていたからだ。


しかし、歴史的にはアフガン進攻という、東西冷戦の新冷戦期。ソ連に対して、反抗的とも言える首脳部。そして、宗教色を背景に強く持たない政権は、アメリカには、都合が良かった。放置されるどころか支援され、一気に力を増した。


国家的な援助も乏しく、そして、先の展望も無い中。幸せとも、満ち足りていたともいえない。それでも、多くの人質達は、無事に暮らしていた。


だが、悲劇的なことに俺の母親は美しかった。大統領となった男の弟。ただ、大統領の弟と言うだけで無能なその男は、内陸国にあるまじき海軍の将軍になっていた。個人的な欲望のために、権力を振るっていた。


暇と権力を持て余した下衆のする事等は高が知れている。その下衆は、俺を人質に母を愛人に、いや奴隷にしようとした。母は、けなげにも耐えたのだろうが、その抵抗は3年も持たなかった。俺が6歳に成るのを待たずして、母は壊れた。壊れた母は捨てられて、死んだ。その事を知らされた親父は、激昂と僅かながらの抵抗を残し、ほぼ同時期に殺された。


俺はその事を、一年以上たつまで知らなかった。俺は5歳に成る頃、軍の特殊兵養成のカリキュラムを受けさせられていた。100人いて残るのは2人か3人、そんな拷問を5歳から受けた。できれば、早々に、何も知らずにくたばってしまいたかった。


そうであれば、俺はただの不運な子供で、終われたのに。


6歳の時、両親がすでに殺されていたことを知った俺は、時期を待った。無感情で、心が壊れたかのような演技をしつつ機会を待った。


9歳になろうかと言う頃、当時は自分の年もよくわかっていなかったから、今思えばではあるが。ようやく機会が巡って来た。反体制活動が活発化してきて、親を殺した下衆にも賞金がかかっていた。反政府活動ゲリラが、ちょうど俺たちに訓練という名の拷問を、与えるために来ていたその下衆を、訓練施設を襲った。


俺はとっさに下衆に訓練用のナイフで襲い掛かった。さっきまで、ニヤニヤと、虐められる俺達のすがたを見ていた男は、判断を下すことも出来ず、恐慌に陥った。


冷静になれば刃のついていないナイフには何の意味も無かったのだろうが。混乱した下衆は、ホルスターから銃を抜いた。無能な下衆は、あっさりと銃を奪われ、俺はその両方の鎖骨を打ち抜いた。22口径の銃では、ほかにもいた教官を片付けることはできなかったから、命を奪いはしなかった。下衆の後頭部に銃を突きつけ、教官どもを睥睨した。


護衛も兼ねていたそいつらは、ひたすらに権力を恐れていたので、その男がわめき散らす、俺の言うことを聞けと言う言葉に忠実に従った。俺が命じるとおりに、教官どもを部屋から追い出した男は、太った身体を、醜い二重顎を、プルプルと震わせていた。歯と歯を打ち合わせる、キチキチという音がやけに煩く聞こえる。


奴自身が下した、奴自身が求めた、俺達に強いられた訓練。その訓練が、結果的に自分の人生の最後を飾ることになる。本当にありがとう、糞虫以下の存在を、殺虫できる力をクレテ。だから、下衆には、最大級の感謝をしなくちゃならない。だから、感謝を表してやった、行動をもって、憎しみをこめて。


今思い出しても、歴代1位の座は揺るがない。まったく持って無様な命乞いだった。俺が誰かを、何をされていたかを、正確に把握していれば、そんな命乞いは無意味だとも判ったのかも知れない。だが、やつはゲリラが突入するまでの約10分、無様な命乞いを続けた。そんな声を聞くたびに、怒りや憎しみ、そして無力感と恍惚が浮かんでくる。俺は、下衆の口をふさぎ、切る事もできないナイフで、耳やわき腹をグサグサと刺し続けていた


復讐を果たした俺は、ゲリラにプロパガンダとして活用された。先ほどまで言ったような事を、世界中に向けて告白した。無論取引はした。生活の確保と報酬、そしてさらに厳しい訓練のために、歴戦の猛者を師に付けること。


ゲリラ組織のリーダーは、俺に日本に帰ることを進めた。NPOなどを通じて里親などを探すこともできると言っていた。だが、俺は望まなかった。


今更の様に考えれば、出来ない事も無かったのだろう。だが、9歳にして何人もの人間を殺し、世界中にキツイ過去を暴露された人間が、まともな生活に戻れるとは思わなかった、思えなかった。そして、復讐を、一番上のやつにまで復讐をしたかった。


青臭い考え方だったが、もう俺のような人間が、独りもいなくなればいいと思っていた。出来れば、もう少しましな世界になるのではと思っていた。その為の力が欲しくて、その為の戦いをしたかった。その後5年を、俺はゲリラの尖兵として戦った。


師匠、フレデリック・バウマンは、単なる個人の技能としても、作戦指揮官としても、そして指導教官としても一流だった。あんなゲリラ組織に、雇われているのが、おかしいほどの一流の傭兵だった。


俺は、最低限の才能もあったのだろう。少なくとも地獄を、虐待的な訓練を幼子にして生き抜くだけの素質はあったのだろう。師匠からも一番弟子と呼ばれた。作戦の一部も任せてもらった。うれしかった。高齢を理由に、この仕事を最後にして隠遁して暮らすといっていた師匠を、親父のように思っていた。


5年間、師匠と戦い抜いて、独裁政権は倒すことが出来た。しかし大統領だった独裁者は、多額の資金を持って逃亡した。下衆で無能だった弟とは違い、少しは頭も回ったのだろう。世界的な犯罪者になったわけだが、仮にも元国家主席、放置も出来ないし、大義名分としても国が裁かなければならない。少なくとも、死亡は確認されなければ、新政権には発言力が足りなくなる。


暫定新政権の頭首になったゲリラのリーダーは、師匠に依頼をした。元大統領の追跡と確保、出なければ殺害を。


師匠は、ある傭兵集団のリーダーに協力を依頼した。新政権の頭首は、人員の協力も申し出たが、師匠は断った。錬度が圧倒的に足りていないからだ。すぐに追跡に移らなければならない、いちいち兵を一から鍛えている時間は無かったし、プロフェッショナルが必要だった。


ラッセル・ジャスパーという男がリーダーを勤める。民間軍事会社という名目の傭兵チーム「マーチング・コックテイル」が、師匠の要請にこたえてメンバーになった。ラッセル以下各種の専門家8人を加えて、師匠は俺を知り合いに預けて、作戦に移るつもりだったらしい。


俺は、死んでもかまわないと思っていた。復讐は、全て終わってはいない。俺の行動は、まだ終わっていない、終わってはならない。そう、執拗に師匠に頼み込んだ。街中での行動などでは、俺の様な子供が居た方が偽装に便利がいいとも説いた。何としても俺も行きたかった。いきなり戦い以外の場所に出されることに恐怖を感じていた。師匠とも離れたくは無かった。


結果として、師匠は折れた。ラッセルも、試験を受けて合格ならばかまわないと認め、俺はその試験に合格した。潜入と爆発物の設置、並びに撤去、近接戦闘と射撃、いずれも師匠から叩き込まれていたことだ。伊達に9年も戦っては居ない。俺を加えて10人は作戦を開始した。


プロの腕をもってしても、金に飽かせて逃げ惑う男を捕まえるのは用意ではなかった。中国という国は、国としても人種としてもたちが悪い。裏なのか表なのかも判らない連中を多く抱え込んでいる。もともと華僑に伝手があった元大統領は何と3年間も逃げ続けた。


この三年間は、俺の人生としては充実していたのかもしれない。仲間はいいやつばかりで、生意気な俺にいろいろなことを仕込んでくれた。語学も歴史もその他の雑多な学問も、無論戦闘に関しても、一層の充実を見た。復讐という判り易い目標もあり、悩むことも少なかった。


一度などは、元大統領の娘を監視するために、学校に潜入したこともある。娘は名前を変えて、スイスの寄宿舎のある学校に入っていた。学校の授業についていくため1ヶ月死に物狂いで勉強した。幸いにも、チームには大学の教壇に立てるような人間も居たので、バレずに遂行することが出来た。まったく、俺には勿体無いほどのいい時期だった。いい時期過ぎた。


17の俺は、若く、能力も経験も一流ではなかった。元大統領の潜伏する屋敷に潜入する時、間違った自信で固まった俺は、潜入要員に志願した。屋内戦闘ならチーム内で一番だと思っていたからだ。師匠とツーマンセルで前衛を組み。2人が後衛に続き、ラッセルらの3チームが屋敷の他方を固めた。


復讐が果たせると意気込んだ俺は、圧着式のセンサーを見落とした。赤外線も振動感知も対処していたが、今時そんな旧式のセンサーを使っているとは思わなかった。センサーから繋がったクレイモア・散弾地雷は見事に、面で師匠と後衛の2人を飲み込んだ。時がゆっくり流れると言う経験は、ただ、目の前で死んでいく師匠を、はっきりと認識させた。叫ぼうにも、空気は何処かへ漏れていくようだった。


散弾にズタズタにされた3人に比べ、俺は軽症だった。眉の辺りを切り肩口に幾つかの玉が入ってはいたが、命に別条は無かった。すぐに処置をすれば、3人は助かったのかもしれない。可能性は低かっただろうが、皆無ではなかっただろう。


だが、俺は訓練通りに、爆発音で混乱する屋敷に、飛び込んで行った。男はすぐに見つかった。予定通りの部屋、情報通りの間取り、俺は一人で突入した。


俺がドアを開けて突入した瞬間、元大統領だった男は、自分のこめかみに銃をつけ、引き金を引いた。大口径の銃はきれいに後頭部を吹き飛ばし、痛みを感じるまもなく男は死んだ。親の復讐を果たす前に、師匠の復讐を果たす前に。


呆然として、へたり込んだ俺を見つけたラッセルは、死体の回収と師匠たちの遺体の回収をすばやく行った。俺は一言も発することなく、呆然と男の死体を見続けていた。


怒りが湧き上がった。なぜ勝手に死んだのか。なぜこの男の死に顔は、こんなにも穏やかなのか。師匠たちの遺体はズタズタで、顔の判別もよくつかないほどなのに、この男の顔には目立った傷も無いのか。関係のある人間も、関係の無い人間も、幾人も巻き込みながら、一人で楽に、身勝手に死ぬのか。こんな男のために復讐心を燃やしていたのかと。こんな男を、自ら殺すことも出来ず、そして、仲間を失ったのか。なぜ、師匠が死んだのかと。なぜ俺は生き残ったのかと。


俺が、無理をしたから師匠は死んだ。間違いなく、俺が殺した。今度の仕事が最後、と常々言っていた。家を買って一緒に住むかと言ってくれた。俺の糞の様な自惚れと過信、それが師匠という人間を永遠に失わせた。フレデリック・バウマンは永遠に帰ってこない。俺は二度目の親父を失った。戦友を失い。怒りの、憎しみの矛先たる人間を失い。親父を失った。自分が今更のように安寧を受けてはいけないと。平和を感受してはいけないと思った。


師匠は死ぬ前に、俺を養子にしていた。国に戻った俺たちは、有り体に言って10年は過ごせるだけの報酬をもらった。師匠の分の報酬も俺に支払われた。国籍も住居も仕事も用意するといわれた。しかし、俺はその話を断った。その後3年間、自分を鍛えなおすために馬鹿の様な特訓を繰り返した。砂漠を少ない道具で踏破し。密林や湿原で住み暮らし。高山で体を鍛えた。日本人の血が影響でもしたのか、日本刀を使った近接戦闘法と暗器を使った戦闘。サイレント・キリングとその場に在る物を利用した暗殺技能を修得した。


日本刀を装備した風変わりな傭兵、現代の侍などと呼ばれた俺は、それから死ぬまでの6年間戦場を駆け巡った。ラッセル達との共闘もあり、俺の名前は知れ渡った。


アルト・柊・バウマン 俺は、過去も、現在も、戦場を求めている。


死に場所を、亡骸を横たえる場所を求めている。


26歳になった俺の、今回の任務は、逃亡だった。撤退といってもいいが、負け戦に変わりは無い。俺が元々居た国のように、ゲリラが反政府活動をしていたが、レアアースが発見されたことで情勢が一変した。元々あるとは言われていたが、実際に発見されたことにより、アメリカが介入した。まったく持って俺とあの国は相性が悪い。装備を供与された政府軍は、圧倒的な戦力でゲリラ軍を制圧していった。せめて指導者だけでも海外に逃亡させようと、俺たちにお鉢が回ってきたわけだ。


国境線に向けての空域はすでに制空権を確保されている。幸いなのか政府軍といえども錬度は低く、装備はあっても使いこなせていないのが実情なので、夜間飛行や、定点爆撃などは行っていない。何処まで行っても小銃構えての突撃合戦をしている国なので、陸路で脱出する作戦だった。資産は前もって海外の支援者に渡してあったし。報酬は先に貰っていたので、後は国境まで移動するだけのはずだった。しかし、その国の独裁者自身が軍を率いてやって来た所から話はおかしくなった。


軍備の増強に気を良くしたのか、自らやってきた独裁者、たった7人と庇護者1人を狩るには馬鹿げているほどの規模の人員を差し向けてきた。取り囲まれ、独裁者の乗る車が近づいてきたのを確認したゲリラ指導者は、すまないと漏らしてスイッチを押した。


Special Atomic Demolition Munition SADM 特殊核爆破資材  指導者が積み込んでいた背嚢に入っていた小型限定核爆弾は、独裁者も指導者も、俺たちも巻き込んで爆発した。広島型原爆のおよそ半分、最も小さい核爆弾ながら、半径400メートルほどの人間を皆殺しにするには十分な威力だった。おそらく自分自身をおとりにした作戦だったのだろう。独裁国家はトップが居なければ烏合の衆に過ぎない。乾坤一擲の、一か八かの作戦だった。巻き添えを食った俺たちは、馬鹿みたいだ。至近で食らったために、跡形も残さず蒸発するはず。そう、消え去るはずだった。


そして今俺はここに居る。何も無い世界。白い世界。広く果ての無い世界。視界一面に広がる白、上下も、時間の感覚も何も判らない。空腹も感じない。体感時間で4日程歩き続けたが、汗をかくことも無く喉も渇かない。熱くもなく寒くも無い。死後の世界なんて信じていなかった。宗教は信じていなかったがあえて無神論者でもなかった。神は居ても居なくても自分には一切関わりが無かったか、いたぶって遊んでいたとしか思えない。


訳は判らなかったが、とりあえず精神を健常に保つためいつも通りの行動をした。いつもの様にトレーニングをした。しかし銃弾に予備はあまり無く。食事も必要としないし、眠くもならないので、ひたすら体を動かし続けた。幾ら動こうとも疲れないのでひたすら動き続けた。正拳を何兆回繰り返したのだろう何通りの蹴りを幾京回繰り返したのだろう。跳んで走ってシャドーを繰り返す。知らずに一度目の狂気が俺を襲った。


人間は、強い。発狂した俺だったが、時間の経過と共に状態を回復したようだ。何度も思うがいっその事死ぬか狂うかしてほしいとさえ願う。年も取ったようには思えないし、髪もつめも伸びず筋肉も増えない。肉体的な鍛錬をあきらめ、以前傭兵の仲間が教えてくれた太極拳・八極拳の套路、太刀の扱いを学ぶ時に触れた無外流の型を試し始めた。型を体に覚えこませ、套路を硬軟織り交ぜてこなし、体が慣れた俺は、禅を始めた。別に悟りを開こうと思ったわけではない。自分で自分自身を敵と想定してひたすら戦い続けた。


ほかの事は考えず、ただひたすら戦う事のみを考えた。考えたくなかった。考えれなかった。戦うことに没入した。4度目の発狂を越えたあたりから、変な風を感じるようになった。気配を消す訓練をしていると流れてきて、動くと消える。それを繰り返していた。5度目の発狂を迎えて、目が覚めると。


俺は、森の中に居た。





雑文お読みくださりありがとうございます。ご意見ご感想いただけましたら滂沱の涙を流し、噴死いたしますのでよろしくおねがいします。


追記・活動報告にも色々書き込んでおりますので、見ていただければ幸いです。



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