新たな学び舎 2
「ついたぞー」
マドロの案内に従い、旧市街の込み入った道を進むこと数分。
ルビーの目の前に現れたのは、煉瓦でつくられた三階建ての建物だった。
「ここが、マドロさんの塾……」
息を呑むルビーに苦笑したマドロが、木製の扉を開けて室内に入るよう促す。
ルビーはおずおずとその枠をくぐった。
室内は大きな一間となっていた。
板張りの床には机と椅子が並べられ、正面の壁には巨大な黒い板が掛けられている。
黒い板には白い塗料でびっしりと幾何学模様や謎の数式、図解された物体などが書き込まれており、その壁を囲んで四人の人物が言葉を交わしていた。
「だからな? マイオトラス理論をもとに考えると、霊力には質量が存在しない可能性があるってことなんだよ」
「いやそれはおかしい。それはレージェマイルの原理に当てはまらないだろ。そうじゃなきゃ星術が物理的な斥力を産み出していることに理由が付かないじゃないか」
「バカが。仮想質量の文献を漁ったことがないのか? 二〇年前の研究論文には、斥力を産み出しているのは霊力ではなく空気中の粒子が作用していると証明されているわけでだな」
「ってことは昔の人たちは質量×虚数のカップリングを考えてたってこと!? それって星術が子供ってか攻めってことじゃん!」
「「「いやそれはおかしい!」」」
いったい、何の話をしているのだろうか。
四人の議論の内容があまりにも高度過ぎて、ルビーには内容が理解できない。
彼らの話の水準は、アルマゲスト学園に所属する教職員よりも、はるかに高いものだった。
疑問符で頭がいっぱいになるルビーに、マドロが声をかけてくる。
「驚いたか? これが、俺の塾。『ヘリオセント塾』のいつもの光景だ。おーい全員注目!」
マドロが声を上げると、四人の学生が議論を中断してルビーの方を見てくる。
「あ、先生! 帰ってきた!」
「俺達の話を聞いてください! 今日は斥力の普遍性についての話をしていて」
「……ん? って、誰ですかその子! めちゃくちゃ可愛いじゃないですか!」
「ぐへへ、お嬢ちゃん。ボクといいことしない……?」
「「「黙ってろ両刀!」」」
「ぐええ!」
ルビーを見て此方に飛んで来ようとした一人に、残る三人が手刀を入れて黙らせる。
奇声を上げながらも恍惚とする少女の姿に、ルビーは頬をひくつかせた。
「こいつはマキラ・レーオル。専攻は古文書学だ」
「よろしくね~」
「よ、よろしくお願いいたします」
マドロの紹介に身体を起こし、ひらひらと手を振る少女、マキラに挨拶を返すルビー。
そこで、マドロがルビーの肩に手を置き、口を開く。
「諸君。本日から、新たにこの塾に学友が加わることとなった。彼女はアンタレス・アルファ・ルビー殿下。『宝石一〇宮』のご息女だ。ゆめ、無礼をしないようにな」
「若輩者ではありますが、よろしくお願いいたしま――」
「えええええええええ!? お姫様!? こんな場末の塾に!?」
ルビーの挨拶の途中で、少年の一人が絶叫を上げる。そしてもう一人の少年と顔を見合わせた。
「おいお前ら……」
「やべっ! にげろっ!」
額に青筋を浮かべたマドロが低い声で言うと、少年たちが部屋を飛び出していく。
頭を抱えるマドロと、あっけにとられるルビー、そして机に突っ伏すマキラだけが残る。
「……まあ、彼らが普通の男の子だということは、理解してくれたか」
「あっ、はい」
どこか疲れたようなマドロの表情に、ルビーは少しの同情を覚えた。
そこで、マキラが声を上げてマドロに疑問を投げる。
「で、せんせい。この子どうしたの。拾ってきたの?」
「それも含めて今から説明する。少し、授業もしなければならないからな。ルビー。好きな場所に座ってくれ」
「あの、他の方は……?」
「あのアホ共は知らん。放っておけ」
マドロが着席するように促し、黒い板の前に移動する。
ルビーはマドロがよく見える、マキラの隣の机に腰掛けた。
「さて。さっそくだが講義を始めよう。ルビー殿下。俺はあのとき列車の中で何をしたかわかるか?」
「あのとき」とは、ルビーがマドロに救われた時のことだろう。
ルビーは少し考え込むと、恐る恐るといった様子でそれに答えた。
「状況的証拠から推察するに、マドロさんは……あの生徒の星術を打ち消したと推測されます」
ルビーの答えに、マドロは拍手を以て返す。
「流石だな殿下。満点をあげよう」
「で、殿下はおやめください。呼び捨てで結構です。今の私は、ただのルビーですから」
「わかった。君の意見を尊重する」
マドロが頷くと同時に、マキラが興味深そうな声を上げた。
「へぇ。センセイ、あれ見せたんだ? どういった風の吹き回し?」
「まあ成り行きでな」
そう言って、マドロは義手となっている右手を突き出した。
「ルビー。俺は今星術を使えるか?」
「……いえ、マドロさんは星術を使えません。宝珠を持っていないからです」
ルビーは苦々しい表情で、マドロに答える。
「宝珠、とはなんだ?」
「『星宝玉』のコピー。星術の起動デバイスでもあり、増幅装置でもあるものです」
「よどみない答え。さすがだな。だがな、それは、『不正解』だ。」
そう言ったマドロの指先が、突如として光を帯びる。
「え――」
ルビーの目の前でマドロが素早く指を動かし、二ブロックほどの長さを描く。
「【駆動】」
直後。幾何学模様が光の玉となり、煌々と教室を照らしだした。
それは紛れもなく、星術。光源を産み出し自在に操る、金剛属術式の『燈火』だった。
がつん。と殴られたような衝撃がルビーの頭を襲う。
目の前の光景を、正しく理解できない。頭が、目の前の光景を理解することを拒絶している。
「じょうだん、ですよね? だって、星術は、宝珠がないと――」
口元をひくつかせるルビーは、救いを求めるようにマドロの方へと顔を向ける。
だがマドロは、にこやかな笑みを浮かべて、トドメの言葉を放った。
「星術に、宝珠は必要ない」
解説パートスタートです。
描き下ろしが始まります。




