綺羅星の目覚め 5
「おや、お邪魔だったかな?」
『ルビー? どうしたの?』
通話をかけていたところを見て、少年はタイミングが悪かったかとルビーに問いかけてくる。
ここで断りたいのはやまやまだったが、相手を無視することが許される立場ではない。
そう判断したルビーは、「ごめん、あとでかけ直す」とミナに言い、通話を切った。
「それで、何の用かしら。ミシェルさん」
「そんなに露骨に警戒しないでくれよ。学友に挨拶しに来ただけだろ? いや、将来の伴侶に、といったほうが正しいかな?」
ミシェルはそんなことを言い、白い前歯をきらりと光らせた。
「……」
「と、言うのは半分冗談でね。ルビーくんが登校していないと聞いてね。居ても立っても居られなくなって探し回っていたのさ。無事で良かった」
ミシェルはルビーの髪を無遠慮に触り、微笑む。
無許可で髪を触られたことに、怒りを通り越し怖気すら感じてしまう。
だが、相手と自分の階級の差を考えると振りほどくわけにはいかなかった。
方や、神子の家系であるものの、『星宝玉』の適正のない白服。
方や、神子の家系で学生にして『星宝玉』と同調したアルマゲスト学園の長。
ミシェル自身が、別の皇族と婚姻関係にあるということも加味すれば、その身分差は考えるべくもないほど大きいものだ。
吐き気を抑えながらも、ルビーはミシェルの愛撫に耐える。
ミシェルの手はルビーの髪を通り過ぎ、肩口、手元へと降りていく。
「本当に、無事で良かった。ルビーくんはほかの皇族方と比べても、ずば抜けた美貌をお持ちだから。悪漢に襲われては居ないかと不安で不安で仕方がなかったよ」
「……お気遣い、感謝するわ。無断で休んでしまってごめんなさい」
苦虫を噛み潰した表情を必死に抑えて笑みを浮かべるルビー。
「いいさ。愛しい君が無事でよかった」
さらりと愛の告白をこぼし、ミシェルはルビーに笑いかける。
年端もいかない少女であれば、その微笑みを受けるだけで心が簡単になびいてしまうだろう。
だが、ルビーの内心に広がるのは、この少年に対する嫌悪感だけだった。
「それでどうだろう。本当に僕の妻になるということは。今は家同士の婚約だが、妻になる、という約束だけなら、学生でもできるはずだ。前向きに考えてはくれないだろうか」
「今は学生として自分のやりたいことを見つめたいと考えているの。それは何度もお話したことと存じますが?」
「ははっ、それはそうだ。でも白服の君は、いずれ退学だろう? 段取り自体は早めに決めておいても良いんじゃないか?」
にこやかに笑顔を浮かべながら、ミシェルはルビーの隣の席に座る。
「………それに、ミシェルさんは既に婚約者がいらっしゃるのでは? 重婚などは認められていないはず。不義理に当たるわ」
「そこは問題ないよ。ダイヤに許可は取っているし。それに――」
ルビーの追求をミシェルはさらりと躱し――
「だって、君は『無能力者』だ。人間でない君は、妾として内縁の妻になれば問題がない」
――極めて自然に、ルビーの人権を認めないような言葉を発した。
ああ。こういうところなのだ。とルビーは内心深い失望を抱える。
ミシェル・カサンドラ一八才。
生まれは第一の『星宝玉』、『金剛宮』を守る、カサンドラ家の次期当主。
その内実は、徹底した『星術使い』至上主義にある。
『星術使い』ではないものは人間ではない。と今朝の少年も言っていたが、ミシェルはその更に先を行く。
生物学上は同じ人間であるのに、星術を持たないだけで人とすらみなさないミシェルのおぞましさ。
それにルビーは求婚され始めた時に気づいてから嫌悪感を覚えていた。
この極端な思想を改めて目の当たりにして、ルビーはマドロのことを思い出していた。
先走ったり、浅慮なことを口にしていた自分を嘲るのではなく、きちんと答えに導いてくれた。
自分の先に立って、導かれると体験は、ルビーにとって久しぶりのことだった。
「ああそうだった。本件を忘れていたよ。レディの時間をむやみに奪うわけには行かない」
ルビーが思案に耽っていると、そんなミシェルの言葉が思考を現実に引き戻した。
「ルビーくん。君を進級させてあげようと思って、そのことで話をしにきたんだ」
「――なんですって?」
信じられない言葉を放ったミシェルに、ルビーが問い返す。ミシェルは胸が痛むように表情を悲しいものへと変える。
「僕は不憫でならないんだよ。ルビーくんの美しさに、落第という汚点がついてしまうということが。僕も鬼じゃない。一人の学生の進級をとりなすことくらい、総長の僕ならなんとでもなるさ」
「……見返りは、なに? あなたが私にそんなことをするメリットがないでしょう」
「メリット大有りさ! 学園生活を送りながら、伴侶と仲を深める。遠征に向かい、星空の下愛を語らう。そんな光景が素晴らしいと思わないかい? でもそうだな。それだけじゃ君の御両親に申し開きが付かないかもしれない……そうだ!」
ミシェルは何かを思いついたように手を叩く。その動作にルビーは猛烈に嫌な予感がした。
「それならば、今のうちに婚約してしまえばいい。ご両親も安心されるだろう。僕の手を取ってくれるかい? 君の生活は、僕が保証しよう」
大仰に手を差し出すミシェル。ミシェルの言葉に嘘偽りはないように見える。
彼は価値観が歪んでしまっているが、そのようなところは誠実なのだと、アタックを受けるうちにルビーは理解してきていた。
ルビーにとっても悪い提案ではないのだ。
現状のままでは、猶予期間が終わってしまったルビーは実家に連れ戻され、ミシェルか、そうでなくてもそれ以外の人々へと嫁ぐことになる。
政略結婚の道具となるくらいであれば、ミシェルの求婚を受けてしまった方がいいのではないか。という、考えがルビーの脳裏に忍び込む。
ルビーの手がミシェルに伸びかけた、その時。
『――選択肢を奪われているならば、それに気づかせてやりたい』
マドロの言葉が、脳裏によぎった。
クズ男め。なんてこったい。




