綺羅星の目覚め 3
超弩級浮遊都市イェツィラー。
それが、ルビーの、二千万人の人々が暮らす都市の名前。
荒廃した地表を離れ、空と宇宙に新天地を求めた人類の、四つある箱舟のうちのひとつだった。
星に近い場所に浮かぶ架空の大地を、ルビーが眺めていると、男性に尋ねられる。
「お前はこの都市をどう思う? 美しい作り。空に浮かぶ人類の英知の結晶。素晴らしいと思うか?」
「美しい、とは思います。ですが……私はこの都市が、息苦しいと感じます。荒野を再生するのではなく、見捨てて新たな場所を求めるのは、やがて自分自身を滅ぼしてしまいそうで」
「ほう。面白い考えだな。新たなものを求めるのではなく、過去を清算すべきだと思うわけか」
「そうしなければ、前に進めませんから」
ぽつりと言葉が零れる。
ルビーの脳裏によぎるのは、銀髪の幼い少女。ルビーの心残りと、罪の記憶だった。
「にしても、そこまで視野が広い意見が聞けるとはなぁ。久しぶりに都市に足を延ばした甲斐があったぜ」
「……不敬ですよ」
ふーむと感心するように唸る男性に軽んじられたと感じたしたルビーはむっとした顔をする。
「おお? なんだ怒ったか? そういえばまだ名も名乗っていなかったな。無礼をお詫びしよう。姫さま」
「私が姫だと知っていたのですか?」
まだ名乗っていないのにもかかわらず、身分を言い当てられ動揺する。だが男性は首を横に振った。
「いや、知らない。でもあの少年たちが言っていた蔑称の意味を辿れば、君が姫、ないし貴族に近しい人物だということは容易に想像がつく。……それでもあの呼び名は気分が悪いが」
そう言って、男性は目を細めて視線を窓の外に向ける。街を見下ろすその目には、細かな苛立ちが宿っているようにも見えた。
「改めて名乗らせてもらう。俺は旧市街で小さな塾を開いている、ニコラス・マドロフという者だ。皆にはマドロと呼ばれている」
「ご丁寧にありがとうございます。私は『紅玉宮』を守るアンタレス家の嫡出子、アンタレス・アルファ・ルビーと申します」
「へえ。本当に『宝石一〇宮』の御令嬢だとは。奇妙なこともあったもんだな」
しげしげと興味深そうな目を向けられ、ルビーは居心地が悪くなり先を促す。
「塾、とはなんですか? 学習施設ということは、言葉から窺えますが」
「ルビー殿下は理解が早いな。満点をあげよう」
マドロは顔を上げてルビーの言葉に頷く。
「その認識で合ってるよ。学園との違いは、生徒の出自と授業料がかからないってところだ」
「……というと、マドロさんが教師なのですか? 直接お教えしていると? 教育動画やネクスト・リアリティ機器はお使いになられないのですか?」
ネクスト・リアリティ機器は、網膜に映像を投影して認識を現実からずらすことで、時間や日時に囚われない効率的な教育が行える設備のことだ。
アルマゲスト学園には各生徒一台づつネクスト・リアリティ機器が配られている。
ルビーも度々利用しているが、マドロはその言葉に首を振った。
「うちの塾では導入していない。あれは高価だし、旧市街には通信インフラが整っていない場所がある。俺が直接教えれば、鉛筆とノートさえあればいいだろ?」
イェツィエラーは空に飛び立ってから今日まで、度重なる拡張を続けてきた。
都市自体を浮遊させる浮遊装置や空を駆ける推力装置が発達した結果、その直径は建造当時の一〇〇〇メートルから五倍以上の五〇〇〇メートルにまで広がっている。
中心から継ぎ足し継ぎ足し開発されてきたイェツィエラーの中で、最も外周部分の区域には、未だ再開発の手が及んでいない。
その区画のこと、都市の住民はをひとまとめに『旧市街区』と呼んでいる。
「どうして旧市街で教鞭を? 学園ならば、アルマゲスト学園でも取ることができるでしょうに」
「あの学園は、『星術使い』の適性があるやつしか入学できん。それはよくないだろ。知識というものは、開かれているべきだ。そうだろう?」
マドロの問いかけに、ルビーは曖昧に頷く。
「ですが適材適所という言葉もあります。視野が広がり、自由を手にした結果、迷い、間違った方向へと進んでしまうこともあるのではないですか?」
「それはルビー殿下の経験から出た言葉かな? たしかにそうだ。結果的に間違いへと進む前に、その人が幸福であるならば初めから選択肢を絞ってしまえば良いというのもまた、優しさだろうよ」
ルビーの内心を見透かしたように、マドロが言う。
「だが俺はそうじゃない。選択肢を奪われているならば、それに気づかせてやりたい。君のような迷える若者には、特にな」
「は、はあ……」
いったい、この人は何なのだろう。ルビーはどこか上の空でマドロの言葉を咀嚼する。
「それにな――」
マドロが続いて何かを言おうとしたちょうどその時、三度アナウンスが車内に響く。
『まもなく、プレアデス・スクエアステーション。お出口は車両左側になります』
アナウンスと同時に、マドロが立ち上がる。
すると、ルビーのポケットからピロンという着信音が響いた。
「端末に位置情報を送っておいた。そこが俺の塾の場所だ」
「い、いつの間に……でもどうしてですか?」
「俺には殿下が窮屈そうに見えた。新しい選択肢を見つけるには、いい機会だろ?」
そう言って口角を上げるマドロの前で、列車のドアが開く。
「またな」と言って扉に向かうマドロの背中に、ルビーは思わず問いを投げた。
「マドロさん。貴方は何者なのですか⁉ 人間ですか? それとも『星術使い』?」
振り返るマドロは、必死なルビーに対し、笑顔でこう答えた。
「俺は教師だよ。悩める若者に道を示す、教師だ」




