新たな学び舎 4
「『星宝玉』は空から降って来たんじゃない。地上で作られ、製造の過程で地表が死に絶えたんだよ」
マドロは、黒板の矢印を消し、『星宝玉』と星術の相関関係の矢印を書き換える。
「星術は『星宝玉』が与えた技なんかじゃない。『星宝玉』は人間が生み出した技術、ということだな。ここまでで質問は?」
ふう、と一息入れたマドロが、ルビーの方へと振り返る。
ルビーは口元に手を当て、考えを咀嚼してから口を開いた。
「お話は分かりました。マドロさんの結論に異議を唱える気はありませんが、一つだけ聞かせてください」
「おう。何でも聞け」
「……星術が『星宝玉』によって与えられたものでないのなら、『適正なし』の私はなぜ星術を使えないのですか?」
マドロの仮説、理論は確かに筋が通っている。
『星宝玉』、「宝珠」が星術よりもあとにできたもの。つまり「デバイス」なのであれば、『適正なし』が全く星術が使えないのは、筋が通らない。
「星術が人類の生み出したものだとして、その理由では『適正なし』に星術が使えないという理由の根拠になっていません」
「それは『星宝玉』がもたらす星術と、本来の星術は全く違うものだからだな」
ルビーの問いかけに、マドロは頷きながら答えを返す。
マドロが再び右手を前に出すと、再びマドロの指先が光る。
次いで指先の軌跡に沿って幾何学模様を空中に残していった。
そして五ブロックほどの長さの模様を描き、最後にピリオドを打つように点で括る。
「【駆動】」
マドロがそう言葉にした瞬間、幾何学模様が集約していく。
そして明かりの中現れたのは矢じりの形に氷結した氷だった。
「蒼玉中級属術式『氷鱗』……」
「一目でわかるのか。凄いなお前は」
星術の系統まで言い当てたルビーに、マドロは目を見張る。
ただの姫君だという認識を、さらに修正してマドロは言葉を続ける。
「さてここで問題だ。お前が知ってる星術と今の星術。違いは何だ?」
「詠唱を、なさっていませんね? 代わりに、別の言葉を仰っています」
「その通り。この言葉はルーン語の意味で起動を意味してる」
マドロはそう言って氷の玉を消す。
「本来の星術は霊力に指令を与える文字を書き、起動を明確に示さなきゃならん」
マドロが空中に幾何学模様を数個描く。ルビーはそこで初めてそれらが文字だと理解した。
言われてみれば、二・三節の中に似たような記号が数個存在していることがわかる。
「霊力に指令を与える文字の名前は詳しく定義されていなくてな。文献によってマントラと言われたりルーン文字と言われたりしている。俺は端的にルーンって呼んでる」
「ルーン……」
「これを組み合わせて、『霊力術式』を描く。それが正しく起動したときの現象が星術というわけだ」
さらさらとルーンを描くマドロに、ルビーはふむと頷く。
「つまり……『星宝玉』・『宝玉』は、星術の起動を短縮するためのデバイスだと?」
「その通り。満点をあげよう」
マドロが左手も前に出し、指で丸を作った。
マキラからもぱちぱちと拍手され、ルビーは少し気恥かしい気持ちになる。
「『星宝玉』・宝珠はその内側にルーンが刻まれている。それに霊力を通すと、術式に霊力が満ちて星術が起動するわけだ。本来の星術みたいにすべて理解してルーンを括っているわけじゃないから、起動するものの再現率もまちまちだがな。それに――」
「す、少し待ってください……」
「ちょっとちょっとせんせい、姫ちゃん情報に溺れてる溺れてる」
すらすらと星術についての講義が進んでいくが、ルビーの脳内は、もう情報の濁流でチンプンカンプンになってしまっていた。
頭から煙が噴き出しそうになっているルビーに、マドロは苦笑した。
「ま、厄介な話だろ?」
「列車の中で話すことじゃないのは理解しました……」
「ともかく、これで俺が何をしたか、君が星術を使えると理解できたか?」
「はい。でも、すぐに使えるのですか?」
ルビーの脳裏によぎったのは、およそ一ヶ月後に迫る実技試験のことだった。
今から鍛錬して、間に合うのだろうかという焦りから出て来た問いだったが、マキラは何か違う意味で取ったのか、邪推するような笑みを浮かべる。
「ほう? すぐに使ってみたいと? やはり星術には憧れがあるのかな?」
「い、いやそういう、訳でもないこともないのですが……」
完全に誤解とは言えないため、頬が熱を持つ。
誤解を解くために、ルビーは試験が一ヶ月後に迫っていることについてマドロへ説明をした。
「――というわけなのです。どうでしょう。今から訓練して間に合いますか?」
「そういう経緯が……」
むむ、とマキラが考え込むように口に手を当てる。
「なら始めるのは早い方がいいか。実技試験は学園の訓練場において、実戦形式でダミー人形を倒す、という形式で合っているな?」
マドロは確認するようにルビーに再度問う。
「はい。初年度の実技試験はその形式が主流になっていると聞きます」
「星術を扱えるようになるには三つのステップがある。一つは、体内の霊力を操作できるようになることだが……まあ、『学生』ってことはクリアできてるだろ」
マドロの促しにルビーは頷く。『星宝玉』との適性が無かっただけであり、霊力を操作するだけならば人間だれしもが自然に行っている動作だ。
光るほどに霊力を集めた経験はないが、それは日頃の技術の応用で何とかなるだろう。
「残る二つが少し大変だ。先ほど見せたように、星術を正しく扱うには、この『指示文字』の文法を覚える必要がある。初級なら三節、中級なら四節の文節を繋げなければならない。いわば新たな言語を覚える必要がある。これがまず一つ」
「私は翠玉属の文節覚えるの、二ヶ月くらいかかったな……」
「最後は極めて単純なんだが、それらを書く訓練だな。ちまちま一文字ずつ書いていくっていうなら、一月かければなんとかはなる。まあ、実践では使い物にならんがな」
「それでも一ヶ月かかるんですね」
「新しい言語を覚えるのに久しいからな。指先に書く感覚を覚え込ませつつ、肉弾戦も視野に入れた身体をつくる。この二つを体得してこそ、ようやく星術を会得したと言える」
「……かなり大変ですね」
「それでも間に合うかはルビーの優秀さと才能に左右されると言っていい。もしかしたら一〇属性全てを修めることができるかもしれないし、前日になっても初級すら使えない可能性もある。それでも、君は星術を学びたいか?」
難解で険しい勉強を始めるのかと、マドロは最終確認を示してくる。
だが、ルビーの答えは初めから決まり切っていた。
「むろんです。一度は閉ざされたと思っていた道をもう一度歩めるのならば。私はなんだってします」
諦めるわけにはいかない。
ルビーには、果たさなければならない願いがあるのだから。
覚悟に燃えるルビーの目を見て、マドロは頷く。
「そうか。なら今日この後から訓練を始めよう。お客様扱いは出来ないが、それでもいいか?」
「構いません。姫だということも一度忘れてください。私はマドロさん、いえ。先生に師事を乞いに来た、ただのルビーですから」
ルビーはそう口にして、マドロに深々と頭を下げる。
「これからよろしくお願いします。先生」
世界情勢説明終了です。
描き下ろしを行うので、しばらく投稿期間があきます。




