綺羅星の目覚め 1
はじまります。ぱふぱふ
がたり、列車が揺れる。
その振動で肘から頭がずり落ち、ごつんという鈍い音を立てて窓枠に額がぶつかった。
「いったぁ……」
鈍く痛む頭を押さえて左を見ると、涙目になった少女が居た。
白いブレザー制服と鮮烈な朱色の髪は、地下鉄のトンネルの中でも、鮮やかな色を放っている。
どこか眠そうな目元は、最近あまり休めていないからだろうか。
寝顔を誰かに見られていないかと、不安になったルビーは周囲を見渡した。
ルビーが座っている席は、二人掛けの席が向かい合っているクロスボックスシート。
位置は車両最後部のエリアだ。
通路を挟んで右側の席に座っている乗客は、手元の通信デバイスに目を落としており、ルビーの様子に気がついていない。
向かい合った席には、黒い外套を着た白髪の男性が座っている。
先ほどのルビー同様眠っているようで、頭がこっくりこっくりと舟を漕いでいた。
深くうつむいていることから、男性の表情は伺えない。
男性が今もなお静かな呼吸をしていることから、ルビーはほっと安堵の息を吐く。
それと同時に、列車が徐々に速度を落とし始めた。
ぽん、という音に続いて、女性の声が社内に流れる。
『まもなく。中津菱門です。お出口は車両右側になります』
アナウンスが途切れ、列車がさらに減速する。
窓に目をやると、外の景色は暗いトンネルから地下駅のホームへと変わっていた。
慣性で身体が前後に揺れ、車両右側の扉が音を立てて開く。
「おー、そこそこ人多いじゃん。並んで座れなくね? だるいわー」
「えー、こまるぅー」
乗り込んで来た二人組は、不満げな声を上げる。
二人とも制服を着崩しているので分かりにくいが、そのデザインはルビーのそれと同じ。
だが、真っ白なブレザーであるルビーと対照的に、二人の制服は濃い紺色で彩色されていた。
扉が閉まり、列車が動き始める。
人工物の黄色に染められた頭髪を逆立てた少年は、車両をぐるりと見渡した。
「いい具合に座れるとこ、ないかねぇ」
クロスシートの大半には既に乗客がいるので、二人並んで着席できる場所は見当たらない。
二人は中身の無い話をしながら車内を歩き、視線をさまよわせる。
その少年の目と、ルビーの視線がかちあった。
「あ、白服みっけ」
ルビーの嫌な予感が的中し、少年は至って普通に差別的な言葉を吐く。
「どけよ。俺等が座るから。いいところ見つけたなぁ」
「わーい。膝枕してあげるね!」
「お断りします」
自分の要求が退けられるとは思っていない自然な所作。
だが、ルビーは彼らにぴしゃりと拒絶の言葉を叩きつけた。
「は?」
きょとんとする男子生徒に、ルビーはじろりと紅い瞳を向けた。
「貴方は自分が何をしているのか、理解していますか?」
「あ? 白服フゼーが紺服の俺らに口答えしてんじゃねえよ」
少年の苛立った声に、周囲の乗客が怯えている姿が見え、ルビーはすっと目を細めて反論する。
「力を持ち、それを誇示することで、利益をむさぼる。まるで旧時代の再現です。恥ずかしくないのですか? 野蛮人であることを誇示するということに」
「な、なんだよお前……」
ルビーの怒りが視線に乗っていたのか、少年が一瞬たじろぐ。
だがそこで、口元に手を当てて考え込んでいた少女がルビーを指さす。
「ねえねえ、この子『無能姫』じゃない?」
少女の口にした呼び名に、ルビーがぴくりと肩を動かした。鋭く細められたルビーの目に少女は怯んだが、少年の反応は逆だった。
「『無能姫』……? って、あのザコか! 『星宝玉』に選ばれなかった『適正なし』!」
得体のしれないものに対する苛立ちから、虐げても良いという安心に、少年の目つきが変わる。
ルビーはおぞ気を感じながらも、少年を睨みつけた。
「私はアンタレス・アルファ・ルビー。『無能姫』などという別称は他者を尊重する意識に欠けています。撤回しなさい。それに人類に優劣はありません。そういった選民思想は――」
「あーあーそういうのいいから。黙れよお前。俺は『星宝玉』に認められた『星術使い』。お前は『星宝玉』に見捨てられた『適正なし』。皇族のくせに『星術』を使えない無能は、エリートの俺に黙って従っとけば良いんだよ」
「――っ。だからと言っても、席を奪うような横暴は許されるわけではありません」
少年の指にはめられた、黄玉の指輪が怪しい輝きを放つ。
平静を装い少年に答えるルビーだったが、その拳は血が出るほどに固く握りしめられている。
「それを、優劣の差を振りかざすことは、貴方自信が星術を暴力装置だと思っている、貴方の尾考えの浅さを露呈させることになるのですよ。そのことに気づいていますか?」
「はあ? 何いってんだお前。俺の浅さ?」
「暴力によって優劣を決めるという行為は、最も愚かなことです。『星術使い』として、思慮深い硬度を期待します」
ルビーは淡々とそう言葉にする。面倒だと思わせてこの場から立ち去らせることが目的だった。
こうまで反抗する相手であれば、興を削がれて立ち去るだろうと考えたのである。
だが、少年の愚かさはルビーの想像を超えていた。
「そろそろうざってえなお前。いっぺん死んでおくか? 【剛腕の御手よ・我が右腕に宿れ】」
次の瞬間、指輪から光の帯が吹き出して少年の右腕にまとわりついた。
「ちょっ、何処までバカなのですかっ!?」
公衆の面前で、詠唱をし、星術を発動した少年に、ルビーは皇族にあるまじき暴言を発してしまう。
ルビーはこの事態を招いてしまったことに対する謝罪と共に、周囲の乗客に被害が及ばないように祈る。
その祈りがどう作用したのだろうか。ルビーの目の前で、ありえないことが起こった。
「【霧散】」
ぼそり、という男性の声が響く。
それと同時に、少年の腕から黄土色の光が消し飛び、きらきらと青い粒子――霊力が周囲に散った。
「――え?」
発動状態にあった星術が、先ほどまでの存在感が嘘だったように、搔き消えている。
「は? え?」
少年の視線が、せわしなく指輪とルビーを往復しているが、この現象を引き起こしたのはルビーではない。
ルビーは自然と、声の出所に目を向けていた。
「こら。少しは静かにしろ」
ルビーの視線の先で、男性は片目を開け、右手を少年へと突き出していた。
そこそこの長さになります。
「綺羅星の目覚め」章は6話で完結予定です。
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