◆九月十二日 午後一時二十五分――室月中学校
「誰か~、手~貸して~」
「やべ、ガムテープ終わった……」
「お~い! ダンボールのストックってどこにあったっけ?」
「きゃあ! 大変大変! セットが崩れてきてる!!」
………………………
………………
…………
……
昼が過ぎ、午前中から校舎中のいたる所から聞こえてくる雑多の音は、時間が経つにつれて激しさを増しているように思える。
まあ、それも仕方のないことなのだろう。
白聖祭の本祭が始まるのは明後日からであるとはいえ、明日はその前夜祭。
陸上競技を中心としたクラス対抗の運動会が催しとして存在するからだ。
そしてその運動会の競技結果は、そのまま白聖祭の終わりに最終的に定まる『ベストオブクラス』、つまりどのクラスが一番優れているかを決める判断基準の一端を担うことになっているため、どのクラスも学年関係なく、運動会に死力を尽くすことだろう。
つまりそのため明日という日に準備をする時間はなく、実質今日という日が明日以降のもっとも力を入れるべきたる演劇の準備ができる最終日というわけだ。
そして、白聖祭運営委員という立場に居る僕はというと、朝から今に至るまでその準備風景を時に見やり、時に手助けし、時に生じるいざこざを仲裁したりと文字通り、学校中を奔走していた。
……はっきり言って凄く忙しい――昨日までも確かに忙しかったが、今日という日は格別に忙しい。
僕は激しく動きすぎて軽く嘔吐感覚えながら、今もまた、抱えた段ボール箱を目的地に搬送し終えることで、与えられた仕事のノルマの一つを消化し終えた。
「ふう……、機材搬入終了っと、疲れた……」
一息――
僕は壁に寄りかかり、息を整えながら学生服のポケットから丸めた冊子を引っ張り出す。
取り出したのは運営委員に配られている白聖祭に関する運営の要項。
これには運営委員各個人の役割分担が記載されているため、今朝から何度もひっぱり出しては開き、ひっぱり出しては開きしているものだ。
その回数は、既に思い出すことすら面倒なほどに達していた。
「えっと、次は――――、あっ! 一時半からうちのクラスの演劇練習だ!」
僕は冊子にかかれたスケジュールを目にし、慌てて時計を探した。
幸い機材を運び込んだ場所は普通教室、教壇向こうの黒板の上方にはアナログ表記の壁掛け時計が掛かっていたため、それで時間を確認する。
僕がそれを見上げた瞬間、時計の長身がちょうど僅かな動きを見せたところであった。
「っと、一時二十七分!? まずい、はやく行かなきゃ!」
僕は慌てて冊子をポケットに納めると、瞬時に教室から飛び出す。
クラスの演劇練習に参加しない僕が急がなければいけないというのはおかしな話かもしれないが、今回の練習は場所が場所だけに仕方のないことだった。
演劇の練習場所とは、我が校の誇る総合体育館であり、同時に本番の演劇の上演場所である。
そして、今回の演劇練習というのは各クラスに割り当てられた最後の総合練習なのだ。
場所が本番と同様ということは、それだけ有意義な練習が出来るわけなのだが、如何せん、皆考えることは同じであるということなのだろう。
実際、本番前に体育館での練習を希望するクラスの総数は十を超え、その事実は僕たち運営委員を大いに困らせたものだった。
その状況の打開策もとい苦肉の策として、各クラスの体育館の使用時間を一時間と定め、運営委員が数日前からステージの使用スケジュールの管理を徹底することで何とかなったのだが、そのせいで僕ら運営委員の労働量が増えたのは正直泣きたくなる事実。
しかも、ステージを使用する際にはそのクラスの運営委員が最低一人は立ち会わなければならないという厄介な取り決めがなされてしまい、結果僕がクラスの演劇練習場所に赴かねばならないのであった。
……まあ、そうはいってもこの取り決めのおかげで、舞台練習に滞り出ないのもまた事実なので、悪く言う事は出来ないのだけど。
僕はそんなことを考えながら急いで、総合体育館へと走る。
運営委員不在では演劇練習を行えない、つまり僕が行かなければ皆が練習をすることが出来ない。
その事実は僕がもっとも嫌う状況である。
僕を急かすのはちっぽけな使命感であり、同時に僕が僕自身に定めた僕自身の”在り方”によるも。
故に一分でも早く、いや一秒でも早く、僕が僕であるために、僕は急がずにはいられなかった。