◆九月十五日 午後五時五十分――室月中学校 総合体育館--得た答え
ガヤガヤと、無駄に会話が飛び交う暗闇の中に、今この時、僕たちはいた。
総勢約六百人、それがこの暗闇の体育館の中に押し込められている人の数だ。
正確な数は勿論分からない、でも今この時”全校生徒”がこの場所にいる事になっているから、数に大きな誤りはないはずだ。
ただたっているだけで物凄い熱気を感じる。
それは、この暗闇に押し込められた人たちのテンションをそのまま表しているかのようだった。
だがまあ、今日は白聖祭の三日目で、しかも後夜祭直前という事柄を考慮に入れれば、このテンションの高さも当然の事と言えば当然なのだろう。
皆で協力して作り上げた白聖祭はあと少しで終わってしまう――けど、まだ終わってはいない。
そんな今の状況は、燃え尽きる直前のろうそくの炎と同じだ。
最後の最後で今まで以上の火柱を上げる――今のこの状況は正にそれだった。
『さ~、お待たせしました~~! ついに、ついにこの時が訪れてしまいました。説明は不要だよね!! さあ次は皆が待ちに待った今年度の”ベストオブクラス”の発表だ~~!!』
暗闇の中、唯一眩しいくらいに光の溢れるステージの上で、マイク片手に叫んでいる人がいる。
運営委員副委員長の冴島さんだ。
普段はきちっと城嶋さんの補佐をしている彼女もまた、まるで人が変わったかのようなテンションだった。
そんな彼女の言葉に触発されるかのように、体育館内は爆発――いよいよ皆のテンションもマックスに近づいてゆく。
『本当ならこれ会長の役目なんだけど、会長からは用事があるからお前がやれって言われちゃった!! 皆どうか許してくれぃ!!』
冴島さんのその声に、女子生徒は不満の声を、男子生徒は肯定の、いや、歓喜の叫びをあげる。
女生徒の不満は言わずもがな、男子の歓喜の理由はなんとなく分かる。
冴島さんもまた城嶋さん同様、とても人気のある人だから――
……冴島さんの言葉は果たして誇張か否か、城嶋さんがそんな事を言うとは思えないけれど、実際城嶋さんの姿はステージ上には見られない。
…………
城嶋さんがあれからどうなったのか――
城嶋さんとはクラスが違う為、彼との接点と言えば運営委員会位の物だけど、流石に白聖祭当日ともなると、彼と顔を合わす機会は殆どなかった。
城嶋さんは委員長で、僕は運営委員といえどもクラスから派遣されたお手伝い要因。
――その違い故。
それでも、遠巻きに城嶋さんを見る機会は何度かあって、その時に見た城嶋さんは、何時も通りの城嶋さんだった。
――少なくとも城嶋さんは、あの夜の賭け要求に答えてくれているのだろう。
『とりあえず三位から発表するぜ!! ”ベストオブクラス”第三位は~~はい! 二年Fクラス! おめでと~~』
拍手の巻き起こる――全校生徒が並ぶ体育館の中、その中の一角が歓声をあげた。
学年順に並ぶなかで、中央よりやや後ろ側――呼ばれた二年のFクラス付近。
僕は彼らが騒ぎ立てるのを見ながら、その実別の事を考える――
『さあどんどん行くよ!! 続いて”ベストオブクラス”第二位――さっきから”ベストオブクラス”の三位、二位ってちょっと可笑しいような気もするけど、そんな野暮なことは気にしない気にしない! とにかく二位だ!! 栄えある第二位は~~三年Aクラス!! はい! 拍手~~!!』
今度は僕たちのいるすぐ近くで、大歓声。
三位の時よりも若干長い拍手――違う事を考えながら、僕も周りに合わせて手を打ち鳴らす。
考える事は、城嶋さんと改めて面と向かって話合わなければならないという事――
『うし! 真の”ベストオブクラス”発表いっくぜ~~!! 前夜祭の”クラスマッチ”活躍し、さらにアンケート集計結果、今年一番”演劇”を盛り上げた栄えある今年の”ベストオブクラス”は~~~~――――!!』
流石にメインとあって、三位や二位との時と違ってひっぱる冴島さん。
……芸の細かい事に、冴島さんの言葉に合わせてドラムロールのSEまで付いている。
固唾を呑み込みながら見守る皆を、僕は眺めた――
『――ここは流石に三年生の意地か!? おめでとう!! 三年~~Bぃ~クラスだーー!!』
瞬間、世界が揺れたような気がした――
巻きあがる歓喜との声と拍手の地震、その震源は正に今僕がいる此処。
正確には僕の周りにいるクラスメイト達だ。
肩を組んで喜び合う彼ら――両腕を突き上げる友人たち――
見渡せば一葉ちゃんも、仲の良いクラスメイトと一緒に手を取り合ってはしゃいでいた。
喜ぶ修司君が若干強めに僕の肩を叩いてくる。
そんな彼に対し、僕は曖昧に笑って見せた。そんな笑みしか浮かべられなかった。
そうして僕は鮮明に思い出す――忙しなく動き回った白聖祭の準備の時を――
――――何より、命をかけるつもりで走った、あのリレー走を。
とくに最後は甚だ疑問だ。
これからの僕の行動は、僕の大切な人たちがちゃんと見ていてくれる。
だからこそ無駄ではないと思う事が出来るし、そのために何をすればいいのか考えられる。
でも、あれだけは違う、あれは行き当たりばったりの自暴自棄。
反則に近い行為を使用した、偽りの勝利。
確かにクラスの勝利には貢献できたのかもしれないけれど、でも反則であるだけに喜べない。
”ベストオブクラス”の第二位はAクラス、これは城嶋さんの所属する教室。
僕の自暴自棄は――あの販促の勝利はAクラスから一位を奪い、城嶋さんの想いを踏みにじったということ。
あの、僕の自暴自棄が確実に未来を変えてしまったのだ。
だからこその疑問。
――僕が命を賭して駆け抜いたあの走りには、一体何の意味があったのだろうか、と。
……否、こればっかりはきっと、答えを求める類のものではないのだろう。
一生懸命やったとしても無駄になってしまう事は有る。それが真実。
いくら一生懸命でも、それが間違った事だったのなら、それもしょうがない。
大前提が間違っているのだ。
だからこそ、そこに意味を求める事も間違いなのだろう。
僕は一度視線を下に向け、大きく息を吐きだした。
……――改めて面と向かった時、城嶋さんは何と言ってくるだろうか。
あんなことがあった後だから、こういう結果を迎えてしまった後だから――彼と顔を合わせるのが正直怖い。
でも、こればっかりは僕の自業自得、城嶋さんを狂わせてしまったのは僕だから。
――とにかく彼に謝らないと。
…………
僕は下を向きながら、そんな事ばかりを考えていた。
――そんな最中、伏せ見がちだった僕の網膜は、不意に強烈な光を感じた。
その光にハッとして顔を上げる。
先ほどまで暗闇で、そこに光が灯ったという事は、もしかしたら後夜祭が終わったのかもしれない。そう思ったからだ。
「――ぅ、ぇ?」
だけど違った、光は体育館全体を照らし出すモノではなく、焦点を絞り、ある一点を照らす事を目的とした光――所謂スポットライトから放たれたものだったらしい。
何かの演出だろうか? そう思ってその光から外れるように移動する。
しかしながら、光は僕を追尾するかのようについてきた。
どうやらこの光は僕を照らすための物らしい。でも一体なぜ?
別の事ばかりを考えていたから急激な状況の変化に思考が付いていかない。
『―――――――三年Bクラス!! ”霧生 全”君、君だ~~!!』
そうして呆けていると、今度はいきなりステージ上の冴島さんからマイク越しに名前を呼ばれた。
沢山の視線が一斉に僕へと向けられる。
そして、そんな彼らから放たれるのは拍手と喝采――
……――訳が分からない。
『――っと、どうやら当の本人が状況を呑みこめてないみたいだね? もう一回詳細込みで言った方がいいのかな?』
冴島さんがマイクで聞いてきた。
是非もない、僕は慌てながら冴島さんに向かって、大きく二回、頷いて見せる。
『本人から希望が出たので、それじゃあもう一回!! 今年度のベストオブ”ユニット”、それが君だ!!』
”ベストオブユニット”、その単語を聞いて再び固まった。
ベストオブユニットとは、簡単に説明するならばベストオブクラスの個人限定版だ。
まあ、その辺は"unit"という単語から想像するに難しくはないだろう。
要するに、ベストオブユニットと言うのは、その年の白聖祭において一番活躍した人物に贈られるモノ。
選考基準は来客者と在学生の”アンケート”で、そのアンケートは僕も描いた記憶がある。
僕には絶対に無縁なものだと思っていたから気にも留めていなかった。
ちなみに去年、一昨年の選考者は城嶋さんで、今年もそうだと信じで疑わなかった。
それなのに、なんでそんなものをこの僕が?
『実は今回の選考は二位と凄く僅差だったんだ。選考理由に多かったの”魔法少女可愛かった”とか”一生懸命準備を手伝っているのが印象的だった”とか色々あるけど、
とにかく”リレー走で倒れるほど頑張る姿に感動した”ってやつが一番多かったみたい、確かにあれは凄かったからね~~』
「っ!?」
思わず息を呑みこんだ。
だってあれは僕の自暴自棄で、自分勝手な破滅の一歩。
そんなものが――評価されるなんて……
僕は放心しながら辺りを見渡してみる。
前を向いていた視線を左へ――
「オイオイマジかよ!! やったな、全!」
修司君がクラスメイト達と一緒になってはしゃぎながら、僕に声をかけてくる。
右へと顔を向ける――
一葉ちゃんが僕の方を向きながら、まるで我がことのように喜び歓声を上げていた。
なんともなしに後ろを振り返る――
後ろには僕へと拍手を送ってくる同学年の人たちの姿、そして眩しいくらいのスポットライト――
「――っな、なんで?!!」
そして僕はそこで驚くべきものを目にした。
如何して”あの人”があんなところにいるのか?
その人は僕が向けた視線の先で――スポットライトの光をたどったその先で―― 一人静かに佇んでいた。
誰も気がつかないような場所で、スポットライトの光を操るその人の名は――生徒会長、城嶋 恵介さん。
……――本来なら、貴方は、ステージ上に立っていなければいけない人の筈なのに……如何してそんなところに?
いくら考えてみても、当然の事ながらその理由など僕にはわからない。
きっと僕は今、酷く間の抜けている表情を浮かべていることだろう。
そして僕へと光を送る城嶋さんは、そんな僕の視線に気がついたらしく、一度小さく頷き、そして――
「――っ!?」
してやったりという様な笑みを浮かべながら、右手を前へと突き出して、その手の親指を突き立てた。
――冴島さんが言っていた。城嶋さんはやる事があるからステージ上にはいないのだ、と。
つまりこれか? これが彼のやるべき事だったと言うのか?
僕は貴方を歪ませてしまった張本人だというのに――
後夜祭の司会という重要な役目をなげうっているというのに、どうしてそんな笑みを浮かべながら、僕なんかに光を当ててくる事が出来るのか――
彼は僕を許してくれるというのだろうか? 彼は僕を認めてくれるのだろうか?
城嶋さんだけじゃない――今この時この場所で、僕なんかに拍手を送ってくれるこの人たちも、変わらずそうなんだろうか?
それを考えた瞬間、僕が目にしていた世界は、急にその輪郭を曖昧にした。
目頭から涙がこぼれる、涙が頬を伝う感触が酷くムズ痒い。
ただ、皆に迷惑を掛けたくなかったから、頑張った。
ただ、皆からの頼まれごとを断りたくなかったから、頑張った。
ただのそれだけ、だからこそ、そこに意味を求める事は間違いだと思ったし。
意味などなくてもいいじゃないかと思いもした。
そうだ、僕が頑張ったのはこの結果を求めたからじゃない――僕は自分が望んだ事をしていただけの筈なのだ。
なのに如何して、如何して僕は――
――こんなにも、満たされているのだろうか?
……いや、この疑問の答えは簡単なことだ。
――結局僕は皆に認めて貰いたかったのだ。
僕自身意味などないと思っていたあの一瞬でさえ、彼らは認めてくれた。
意味のないことなどこの世にありはしないのだと――たとえ錯覚であったとしても、彼らは僕に思わせてくれた。
そうか、意味のないことなどこの世に有りはしないのか――
――僕はあと五年で死ぬらしい。
それは残酷な、胸の締め付けられるような事実。
でも、それを変えられるかもしれないという事を、僕の大切な人たちが教えてくれた。
――真剣にやっていても勘違いされてしまう事がある。
それはもどかしい、胸の痛くなるような真実。
でも、それは訂正できると、あの夜を超えて理解した。
―― 一生懸命やっていても意味のない事がある。
それは悲しい、胸の重くなる様な現実。
けど、意味のないことなどないと、僕を認めてくれた人たちが思わせてくれた。
この三日間は本当に色々な事があった。
そして僕は沢山の”答え”を得る事が出来た。
これから先大変なことは沢山あるだろう。この三日間より壮絶な事もあるかもしれない。
でも僕にとって価値ある事が明らかで、それはこれからの日々が決めてくれると分かっているのだから、問題なんかありはしない。
そのために努力をする。それは別段可笑しなことではないって”答え”を、僕はもらったから。
僕は涙で濡れた頬を乱暴に拭った。
泣いている場合じゃない――泣くより笑え、この場は笑顔こそ相応しい。
そして口にするんだ。
「――ありがとう、ありがとうございました――!!」
僕の事を認めてくれた人たちに、”答え”をくれた全ての人に、感謝の言の葉を――