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◆室月中学校 普通教室棟 3-B--SceneⅧ 真なる対峙




 俺は同じ夢を見る事がよくある。



 と言っても希望や願望というような求め憧れる方ではなく、睡眠時に見る方のだ。



 その夢のシチュエーションは灼熱の砂漠であったり、吹雪く雪山であったり――パターンは色々あるが、一概に言える事は大体が過酷な状況である事が多い。



 俺の夢はそんな劣悪な状況の中を、ただただ走り続けるといったものだ。



 暑さにうなされ砂に足を取られながら、寒さに震え深雪に足を埋めながら、それでもひたすらに走り続ける夢。



 そんな状況であるものだから、当然目に映る光景の流れるスピードは普段の俺のそれとは比べ物にならないほどに緩やか。



 夢の中の俺はそんな現状が気に入らなくて、ムキになって全力疾走するのだけれど、そうすると決まって強い向かい風に吹かれてしまい、スピードが上がらぬまま無駄に体力を消費する。



 それがお決まりだった。



 なまじ早く走る事を知っているから、思い通りにいかない事に憤りを感じる。



 そうして――本当ならばもっと早く走れる筈なのに、だとか――本当ならばもっと遠くに行ける筈なのに、なんて事を考えて目を覚ますんだ。



 ハッキリ言って最悪の目覚めだ。



 この夢を見だしたのは、中学入学してからの学年が一つ上がった位だったような気がする。



 興味本位で夢占いなるもので俺の夢を見てみたら、足が動かず、うまく走れないのは、いらいらやストレス、思い通りにならないことを暗示しているらしい。



 ……きもち悪いほどに的を得ていて、逆に笑えなかった。



 努力しても努力しても、いつの間にか掌からこぼれ落ちて、そして、消えてしまう。



 ――なんでこんなにもこの世の中は理不尽なんだと嘆いた事もあった。



 ――明日なんてこなければいい、実際そんなふうに思った事もあった。



 俺はこんなにも一生懸命やっているのに、と、そんな事ばかりを考えていたんだ。





 でも、少しでもよく考えてみれば、結局それは独りよがりでしかなかったのかもしれない。

 




 優れていると思っていたあいつは――俺が羨んだあいつは、どうやら俺が思っていたほど優れていた訳ではないらしい。



 なんていう思い違い――



 夢のなかでもそうなのかもしれない。



 確かに俺が劣悪な状況の中を走っていた事に変わりはないのかもしれないけれど、はたして走っているのは”俺だけ”だったのだろうか?



 俺は自分が辛いという事実だけに目を向けていたけれど、俺が気がつかなかっただけで、もしかしたら夢の中でも俺と同じように必死になって走っていた人がいたかもしれない。



 俺には余裕がなかったから、自分の事に精一杯だったから気がつかなかったのかも――




 ――いや、違う、本当はもう気付いている。きっと俺は”他にも頑張っている人がいる”という事実に気がつきたくなかったんだ。




 俺自身が時間をかけて出来るようになった事を、身近にいる誰かが同じくこなしている。



 俺はこんなにも頑張って出来る様になったというのに、それと同じように出来る誰かを見ると、出来る様になるための費やした労力が、時間が、否定されているようで嫌だったから。



 そして何より、他の誰かが出来て、現時点の俺が出来ない事が出てくるのが怖かった――



 ――俺は皆に、置き去りにされる事が怖かったんだ。



 だから、俺は自分より優れている奴の事を”才能のあるやつ”、なんて思いこむ事で自己防衛をしていたんだろう。



 あいつには才能があるから、だから俺と同じ事が出来るんだ。



 俺の努力はそういった才能と釣り合うものなんだって、無理矢理自分自身を納得させて――



 ――そういう目で霧生の事を見ていたんだ。



 ……でも真実は違う。あいつは俺と同じように努力の人間だ。



 そうとも知らず、俺はこんな暴走をしてしまった。


 

 もう俺にはどうしたらいいのか、皆目見当もつかない。



 ここまで来てしまったからには、俺から止まることは出来ない。



 まるで道化、自分の行動さえ自分の意思で制御できない。

 


 そんな俺に、もし出来る事があるとするならば、それは霧生の提案を受け入れて立ち上がるくらいだろう―― 


 



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■





 震える足を無理矢理踏みしめて立ち上がった。切れるだけの啖呵を切った。



 そして僕は今、城嶋さんがゆっくりと立ち上がる姿を目にしながら、必死に思考を巡らしていた。

 


 考える事はただの一つ――目の前の、僕が心から尊敬するこの人を倒す方法だ。



 巻き込んでしまった一葉ちゃんの為にも、そして何より道を間違え”かかっている”城嶋さんの為にも、僕が何かを考え、そして何とかしなければならない。



 ――例え使えるものがこの身一つだったとしても、だ。



 せめて魔法が使えたら、そんな事を思ったりもするけれど――



 僕の心臓は相変わらず煩いくらいに鼓動を刻んでいて、それはまるで魔法が使えたところで、この人相手では何の意味もないと、僕の中にいるもう一人の弱い僕が僕自身に語りかけてきているようだった。



 弱気の思考、その声に心折れそうになる。



 否、多分きっと保健室にいたときまでの僕だったら立ち向かう事なんて出来なかっただろう。



 下手をしたら僕自身、城嶋さんの立ち位置にいってしまっても可笑しくはなかったかもしれない。



 でも、僕は城嶋さんのようにはならなかった。



 僕は立ち止まる切欠をもらえたから――



 だからこそ思う。



 同じ類の人間である僕が立ち止まれたのだから、同じように切欠さえあれば、きっと城嶋さんだって間違えないで済むはずだ。


 

 ――だから、僕はこの人の切欠になる。


 


「霧生、俺はお前になりたかった」




 それは彼の願望だったのだろう。



 折ったひざを奮い立たせ、僕を見つめながら城嶋さんは言う。



 そうして初めて、僕は己が瞳で城嶋さんの状態を直視した。



 辛そうに顔を歪ませながら、落ち着かない視線。



 恐らく城嶋さんも相当無理をしているのだろう。



 恐らく身体的にも、精神的にも――



 こんな弱弱しい城嶋さんを見るのは初めてだった。




「城嶋さん、貴方は僕の憧れでした」




 対して、僕が口にしたのも城嶋さんと同じく願望。



 ほとんど同じ僕と城嶋さんの願望、互いが互いを羨むという可笑しな関係。



 まさかそれが原因で、自分の教室で命がけで喧嘩をしないといけなくなるなんて思わなかったけど――



 ――でも、人間なんて所詮そんなものなのかもしれない。



 人間、自分自身の本質を理解するという事は誰であっても須らく困難なことだ。



 だからこそ自分の目に映り、”優れている”と感じたものを羨んでしまう。



 僕たちは正にその典型だ。



 ……――さて、僕は今まで通り精一杯の事をしよう。



 魔法(最善)は使えないけれど、どんな時でも次善の策というものはあるものだ。



 例えそれが失われても、さらなる次善が生まれるだけ。

 


 とにかく、やれることをやるだけだ。

 


 ――城嶋さんが、頭を押さえていた左手を振り上げた。



 それを合図に放たれるのは水塊、僕を一度壁に叩きつけた水魔法。



 厄介な魔法だ――水魔法は城嶋さんが攻撃魔法に使用する四種類の魔法の中で唯一それ自体が質量をもつ。



 故に、先ほどのように机を投げつけて魔法を散らすことはできない。



 それに、運搬魔法で射出した机のように、確固たる形状を持たないから、手で逸らすなんて事も出来ない。



 当たったら最後、僕は一度目と同じく壁に叩きつけられるだろう。



 避ける以外の手立てはない。



 僕はそう判断し回避のために足に力を込め、初動の為の一歩を踏み出した――

  









 ――つもりだった。










「――ッ?!」




 起こったのはイレギュラー。



 一歩を踏み出し出す筈の”左足”は、床に移動の為の力を加えようとした瞬間、カクンと力が抜けるように膝から折れた。



 殴って無理矢理痙攣を押さえたつもりだった僕の左足は、まだまだ激しい動きが出来るほどに回復してはいなかったのだ。



 流石に焦った。



 出来る事をしようと意気込んだ次の瞬間に犯してしまったケアレスミス。



 このミスの代償は大きい。



 傾いてゆく視界――そしてその視界に映るのは僕に向かって飛んでくる水の塊。



 今のままではそれが避けられない事を、僕は悟った。



 僕は水の塊の直撃を覚悟して、咄嗟に頭を守るようにして両腕を顔の前でクロスさせる。



 同時に上体の崩れた体勢ながら、せめて直撃だけでも避けられるように、かろうじて地につく右足で、力いっぱい地面を蹴った。




 






 ――ハッキリ言ってこの一瞬、上記した事以上の事をしたつもりはなかった。









 ―――だから。








「――っ!?」


 





 ―――急激に浮遊感を感じ、見当違いの方向に吹っ飛んでしまったことに動揺して、間抜けな声をあげてしまったとしても、可笑しくはないと思いたい。





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