◆室月中学校 普通教室棟 3-B--SceneⅤ 賭け
城嶋さんの放つ魔法は、段々と、その勢いを増している様な気がする。
――でも、そんな状況に置かれながら、ギリギリの状態でありながら――僕は不思議と未だに五体満足の状態であがき続ける事が出来ていた。
勿論、余裕などありはしない。
少しでも気を抜こうものならば、たちまち城嶋さんの魔法に呑みこまれてしまうだろう。
だがそれでも、ギリギリの状態を保っていられるのは、偏に、追い詰められたこの状況は、奇しくも一葉ちゃんと何時もやっている、あの変則の鬼ごっこと似通ったものだったからだ。
一方的に僕に向かって攻撃を仕掛ける城嶋さん、その攻撃をよけ続ける僕。
世の中何が役に立つかわからないとはよく言うが、まさかあの鬼ごっこがこんなところで役立つとは思ってもいなかった。
そう、あのゲームをやっていなかったら僕は今頃どうなっていた事か……やめよう、そんな事を考えても状況は変わらない。
今考えなければならない事は、この状況の打開案だった。
僕は必死に身体を動かしながら――今も、上体を捻ねって強引にかわした灼熱の軌跡に肝を冷やしながら、必死に思考を巡らせた。
厄介なことは城嶋さんと一葉ちゃんの攻撃方法と、僕に用意されている勝利条件の違い。
城嶋さんが放ってくる魔法は、どれもこれもが威力の高いものだ。
元は一般魔法らしいが、安全規制が無視されているものばかり。
一葉ちゃんの魔法ならば魔法の性質上受け流す事も、そのまま身体に備蓄する事も可能なのだけれど、こればかりは避けることに徹するしかないのが現状だ。
……まあ、全力で動けば如何にか回避できるのだからまだこれはいい。
問題なのは勝利条件の方。
僕に考え付く勝利条件はとりあえず二つだけ。
一つは先ほど真っ先に考え、今も実行に移そうとしている”一葉ちゃん救出案”。
だけどこれは一葉ちゃんに近づくことすら出来ていない。
あの何時もの灯台下ならともかく、教室という物質的に限定された空間の中では、どうしても動きに制限が出来てしまい、あと一歩のところで一葉ちゃんに届かないのだ。
というわけでもう一つの案――これは名づけるならば”城嶋さん打倒案”とでもしようか。
暴走する城嶋さんを無力化し、事態を終息させるという案。
だけどこれは、今の状態から選択するのは余りにも無謀な案だ。
”魔法を使えない”今の状態では、城嶋さんの魔法を最大限離れてようやくギリギリで避けられるというのが現状。
これ以上近づけば先ほどの”水魔法”の二の舞になりかねない。
でも、だからと言ってこのまま城嶋さんの魔法を避け続けることは……ハッキリ言って無理だ。
とにかく呼吸が荒かった。心臓が嘗てないほどの心拍数を刻んでいた。
全力疾走という無酸素運動を先ほどから続けているのだから、これは仕方のない事なのかもしれないけれどとにかく辛い。
身体の動きが刻一刻と鈍くなっているのを、否応なしに理解させられる。
痛覚を遮断している今の状態を踏まえてなお、その状態なのだから、僕の体の”稼働限界”が近いのは明白。
そう、”稼働限界”だ。
そう遠くないうちに僕の体はきっと動かなくなる。
だから稼働限界を迎えるその前に――賭けに出ようと思う。
……――とりあえず、観察していて分かったことがある。
それは城嶋さんが使ってくる魔法は運搬魔法、燃焼魔法、水魔法、風魔法の四つという事。
とりあえず城嶋さんが次に”あの”魔法を使うとき、その瞬間打って出る事を心に決めた。
城嶋さんが指揮でも取るかのように右腕を大きく振り払う――向かってきたのは不可視の刃、風魔法だ。
これは違う、右足を軸にして全力で方向転換をしてやり過ごす、全体重がかかった右足がギチギチと悲鳴を上げた。
城嶋さんが大きく左腕を振り上げる――向かって来るは一度僕を吹き飛ばした水の塊。
これも違う、左方へ飛び込み前回り受け身、勢いがつき過ぎて右腕を強く床に打ち付けた。
城嶋さんが振り上げた左腕を再び振り下ろした――向かってくるのは机が四つ、運搬魔法だ。
これでもない、僕は出来る限り上体を低くしてジグザグに走った。
一つ目は上体を低くすることで、二つ目三つ目は手で強引に軌跡をそらし押しのけるようにして、四つ目は上から押しつぶそうとしてきたので急停止してやり過ごした。
目の前でゴシャリと潰れた机に息を飲む。
次――城嶋さんへと目を向けると、彼は既に振り下ろした左手を僕へと向けて魔法の用意をしていた。
準備している魔法は――赤々と燃え上がる燃焼魔法。
――――来たっ!!
僕はそれを確認すると同時、前方に進むために有らん限りの力で床を蹴り、無我夢中で手を伸ばし目的の物をつかんだ。
僕がつかんだのは四つ目の魔弾、先ほど目の前で潰れた机の脚だ。
「――――ぁぁああああっ!!」
僕はそれをつかむと一度反転、左足を軸に遠心力を利用して思い切り城嶋さんへと投げ飛ばした
柄にもなく声が漏れたが問題など何もない。
投げ飛ばした机は狙い通り城嶋さんの用意した燃焼魔法へと飛来し、それにぶち当たった。
瞬間四散する熱風。
「――ぐッ!!」
熱波で揺らいだ空間の向こう側、城嶋さんのくぐもった声が聞こえた。
……――やった!
僕は内心でガッツポーズを決めながら、一葉ちゃん向けて走った。
城嶋さんの魔法は強力だけど発動と発動の間に僅かなタイムラグがある。それは魔法を避けることで何となく分かっていた。
だけどその僅かな間では一葉ちゃんに、あと一歩届かない事も先ほどからのトライで経験済み。
だからこそ、そのタイムラグとはまた別に、城嶋さんの気をそらす何かを用意しなければならなかった。
そのための奇策、たった一度の目くらまし、もう一度は成功しないだろう。
だからこそ、この奇策が成功したのは何よりの事だった。これで一葉ちゃんに手が届くのだから。
後は城嶋さんが再び魔法を組み立てるまでに、一葉ちゃんを連れて教室の窓から脱出するだけだ。
三階から一葉ちゃんと一緒に飛び降りるのは正直無茶かもしれないけれど、魔法が使えれば何とかなるだろう。
その魔法も教室では城嶋さんの魔法のせいで使えなかったけど、教室から出てしまえば何とかなるはずだ。
なにせ”教室に入るまでは”問題なく魔法をつかえていたのだから。
僕は、教室の床に力なく横たわっている一葉ちゃんへと手を伸ばし――
「――舐めるなぁぁぁ!!!!」
――あと一歩、もう少しで一葉ちゃんに触れるというその瞬間、見えない何かに吹き飛ばされた。
「――ガフッ!?」
本日三度目となる壁への衝突、そして衝突の瞬間、ビキリと嫌な音が僕の体から聞こえてきた。
身体が上手く動かない――特に左足の状態が酷いらしい。
なんとか立ち上がろうとしては見たものの、左足が痙攣して上手く立ち上がる事が出来なかった。
先ほどの嫌な音はもしかしたらこの左足から聞こえてきたのかもしれない。
「ちょ、ちょっと、全! 平気!?」
一葉ちゃんの声が聞こえる。
だけどその声に反応している余裕はなかった。
今の状況はとにかくまずい、ハッキリ言って直ぐには動けそうにない。
今の僕には城嶋さんの魔法を避ける術がないのだ。
それも全ては僕が状況を読み違えたから――
何たる失態、何たる不覚、城嶋さんにはあの状況になっても生きている術があったのだ。
だが一体それはなんだろう?
当たる瞬間まで僕には魔法の種類が全く分からなかった。
不可視であったから風魔法だったのかもしれないが、それにしては当たってきた瞬間にえらく固い質量を感じたような気がする。
右のわき腹に突っ張るような感触が残っているから、それは間違いないだろう。
一体あの人は何をしたのだろうか?
僕はそんな疑問抱きながら、霞む視線をなんとか動かして城嶋さんの方を向く。
「――ぇ?」
だけど、そんな僕の視界に飛び込んできたのは予想外の光景――左手で頭を押さえ片膝をついている城嶋さんの姿だった。