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◆室月中学校 普通教室棟 3-B--SceneⅣ 上手くいかない現実




 目の前で必死に走り回る霧生の姿を眺めながら、俺は再び、運搬魔法の術式を頭の中に展開――同時に集めた残留魔力をそれに叩き込んだ。



 運搬対象は先ほどと同じ”机”――先ほどの魔法行使で酷く拉げてしまっているそれらは、すでに本来の使用目的を果たすことはできないだろう、が、それでも弾丸の代わりを務めるには十分だ。



 そうして浮き上がらせたそれらを、俺は今も忙しなく動き回るアイツ目がけて、勢いよく打ち出した。



 瞬間ドカン、ガシャンと破壊音が響き渡る。



 机は飛ばす前より益々酷い拉げ方をして、教室の床や壁に傷をつけるが――其れだけだった。



 霧生への被弾数はゼロ、あいつは巧みに身体を動かし全てを避けきった。



 俺はそんな霧生の姿を眺めながら次の魔法の構成に取り掛かる事にした。


 

 ……――思いのほか手間がかかる。



 一般の風魔法を構成しながらそんな事を同時に考える。



 はっきり言ってこのままでは色々と不味い事がある。



 といっても魔力切れの心配とか、そういったものではない。



 我が家に代々伝わる魔法は、一回ごとの使用魔力の量自体は他の魔法とは比べ物にならないほどに多いが、それが使用者本人の負担にならないところが利点の一つ。



 それを可能にしているのは、予め施しておいた学校の敷地内を覆う”円陣”のお陰だった。



 我が家の継続魔法はものすごく強力だが、同時に使用するまでの労力もまた大きい。



 その唯一にして最大の理由がこの”円陣”にある。

 ”円陣”を張るには俺自身の体の一部という溶質を溶かしこんだ何らかの溶媒を用いて、使用したい範囲を円に囲う必要がある。



 霧生と保健室で別れる直前口にした”やる事”とはまさにこれ、学校全体をこの”円陣”で囲う事だった。



 今回使用した溶質は俺の血液、そいつを水という溶媒に溶かしこんで”円陣”を形成した訳だ。



 ”二分割思考”はこの”円陣”の範囲内でしか使用することができないという制約はある。



 が、同時にそれは言い換えれば”円陣”さえ引く事が出来れば、その内の”空間”に存在する魔力を自由に操る事が出来るというわけだ。

 


 それも我が校”室月中学校”に在籍する六百を超える人間が、日々の生活でこの場に残した残留魔力を、だ。



 その膨大な魔力は、いくら燃費の悪い魔法を連発したところで枯渇することなどあり得ない。



 問題があるとすれば、魔力の枯渇ではなく俺自身の身体が持つかどうかということ……



 ただでさえ”円陣”を張るために抜いた血液のせいで貧血気味、その上魔法を使用する度に、徐々にではあるが身体の倦怠感が増してきている。



 我が家の魔法は、一般魔法の術式を魔力にモノを言わせて強引に加速させているにすぎない。



 例えるならば、モーターに沢山の電圧をかけることで、回転数を無理やりにあげているようなもの。



 だが、定格以上の電圧をかけられたモーターは、何れ焼けつき動かなくなる。俺の体もそうだ。



 故に、そうなる前に何としてでも霧生の奴を黙らせて、奴にも”忘却魔法”を施さなければならない。



 霧生と水鳥さん、その両方の互いに対する思いを忘却させる。



 片方だけでは恐らくだめだ。それは確信にも近い予感。



 恐らく片方のみでは二人の関係は崩れてくれないだろうから……



 それに片方だけでは俺自身の心にも蟠りを残してしまう。



 だからこそ俺は”最も嫌った”この方法を使う事を選んだ。



 ――でも現実はどうだ? 

 


 選んだというのに――どうしてこうも現実はうまくいってくれないのか?



 これだけではない、実のところ、霧生の意外な抵抗のおかげで、俺の思い描いていた予定は狂いっぱなしだった。



 まあ、それを言ってしまえば、水鳥さんが今ここにいること自体がイレギュラーか……



 本当ならば、今日は”霧生だけ”に忘却魔法を施そうと思っていた。いや、施そうと思い至った。



 だからこそ、霧生を呼び出したというのに、結局教室に現れたのは水鳥さん。 

 



「…………」




 そっと水鳥さん方をうかがってみる。



 見れば俺が描いた忘却魔法の魔方陣は、その機能を停止していた。



 恐らく先ほどの魔法の暴発のせいで、忘却の為の魔法陣に綻びが生じてしまったのだろう。



 忘却の魔法は、一度その術式が途絶えれば発動自体がキャンセルされてしまうというのに……



 またしても予定がくるってしまっていた。



 なぜこうも上手く事が運ばないのか――



 それに、最も気に入らないのは水鳥さんの様子だ。

 


 彼女の状態は先ほどと同じ、うつ伏せの状態で床に横たわっている。身体の自由を奪っているのだから当然だ。



 しかしながら、忘却魔法の発動がキャンセルされてしまったから、恐らく彼女の意識を明確にしている事だろう。



 でなければ彼女が、心配そうに霧生の奴を眼で追う事など出来る筈がないのだ。



 そんな彼女の姿にどうしようもない憤りを感じる。



 俺はその憤りの代わりに、組み上げ終わった風魔法をカマイタチ状態にして霧生目がけて放った。




「――ッ!?」




 だが、霧生の奴は直感的に俺の魔法の発動を悟ったのか、その場に急停止する。



 奴の走る軌跡上に放った魔法は、虚しくも何もないところを通り過ぎ、教室の壁にぶち当たって四散した。



 ……どうやら感もいいらしい。



 世の中はどうしてこんなに不公平なのか。



 あの身体能力といい、この直感といい、どうしてコイツこうも”優れて”いるのか――余計腹立たしくなってきた。



 俺は霧生を睨みつけながら、再び魔法を組み上げるために強引に魔力を収束させた――――




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