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◆室月中学校 普通教室棟 3-B--SceneⅢ 二分割思考





 息を飲む――その行為がすでにカラカラに乾いていた口内をさらに乾燥させた。



 意識は怖いくらいに冴えわたるも、同時に嫌な汗と予感が止まらない。



 オール・オア・ナッシィング――城嶋さんの魔法にこれ程相応しい名は他にないだろう。



 有か無か、一か零か、百パーセントか零パーセントか……



 他人の魔法を妨害するだけでなく、その魔力さえ利用して己が力に変える。



 それが意味するのはつまり、”絶対強者”を生み出す力――ただ一方的に相手を嬲る事さえ可能にする、そんな魔法だということ。




「……なんて、出鱈目」




 思わず呟いてしまった。いや、呟かねば心が折れてしまいそうだった。



 声に出すのは、その事実を自分に言い聞かせ受け止めるため――



 魔法(アウト・オブ・オーダー)は使えない、使えるものは自分の体と”痛覚遮断”という自分の体のリミッターを外す行為だけ。



 だけど、それも何時までもつか――僕はそんなことを考えながら裂傷だらけの掌を握りこむ。 




「出鱈目、か――そうだ、この力はお前が言うとおり正しく出鱈目――」




 城嶋さんの言葉と共に、彼の掌を台座にするように燃え上がっていた火球が放たれた――その狙いはもちろん僕だ。



 僕は息を止め、ありったけの力を右足に込めて地面を蹴り出し、左へ――



 火球が先ほど僕の体があったところを通過するのを光源の移動により確認すると、僕は一気に駆けた。



 とにかく、一葉ちゃんの下へ――僕が考えたのはそれだった。



 城嶋さんがなぜこんなことをするのか、その根本的な事が分かっていないし、第一このように圧倒的な力を持つ城嶋さんを僕なんかが止められるとは全く思えない。



 それならせめて、ここに来るまでに考えていたことを―― 一葉ちゃんを、連れ戻すという其れだけはせめて、彼女を連れて逃げだすくらいはせめて――



 そんなことを僕は考えていた。



 出来る限り城嶋さんとの距離を開けながら一葉ちゃんに近づけるように、教室の中を弧を描くように走る僕。



 幸いなことに先ほどの僕の魔法の暴発によって並べられていた机は、そのほとんどが教室の隅へと乱雑に追いやられていたため、走るだけなら簡単だった。


   


「――正直な話、俺はこの力は嫌いだった」




 城嶋さんの声が僕の耳に届いてきた。しかしながら、その言葉に反応できるほどの余裕は僕にはない。



 気がつけば目の前の床には、走る僕の影が色濃く映っていた。



 瞬間、僕は言いようのない寒気を感じ、慌てて首を回し後ろを見る。



 そこには――先ほどよけた筈のあの火球が変わらず僕へと迫っていた。



 一瞬僕の頭の中は真っ白になりかけ――慌てて首を振って正気を保つ。



 どうやら追尾されているらしい――もとはと言えば一般魔法であるはずの魔法でそんな事まで出来るのか、と、僕は素直に驚愕した。



 とはいえ、このままでは不味い、教室という動きの制限される空間の中で、いつまでも逃げ切れる訳がないのは容易く理解が出来る。



 だからこそ、あの火球を早急になんとかしないといけないということも、僕の頭は同時に理解していた。



 しかしながら、頼みの綱である魔法は使う事が出来ない――それなら。

 


 僕は咄嗟に弧を描くことをやめ、一直線に走る。



 と言っても今僕が走っているのは教室の中、そうすると直ぐに障害物が現れる。



 目の前には教室の壁、廊下に出るための教室の扉も開いていない。



 利用するなら、これだ。



 走る速度は等速、徐々に影の濃さが増しているところを見ると、若干飛来する火球のスピードの方が早いのだろう。



 僕は後ろから迫ってくる火球との間を如何にか保ちながら、そのまま壁へ――



 そして、僕は目前に迫る壁を駆け上がった。



 一歩――二歩、通常魔法を用いればこれ以上駆け登る事も可能なのだけれど、素の状態ではこの程度、それに身体の方もすでにギシギシ言っている。



 色々と限界なのだろう。



 その限界で僕は壁を力いっぱい蹴り出してバク宙。



 僕へと迫る火球は僕の後ろ髪を僅かに掠めながら、教室の壁へと衝突した。



 回る視界の中、壁に当たって破裂するように消えたその火球の熱風が僅かに僕へと届いてきた。



 僕は如何にか着地を果たすと、掠めた後ろ髪に手をやる。



 ――どうやら少しだけ焦げた程度で済んだみたいだ。



 僕はそこでようやく一息つくかのように、大きく息を吐きだした。




「――油断していていいのか?」




 僕は慌てて顔を上げ、城嶋さんの方へと顔を向けた。



 だけど、僕の目は城嶋さんの姿を捉えるには至らない。



 目の前には違う魔法が迫ってきていたのだから。




「――っ!?」




 迫りくるそれは巨大で半透明な塊、元素記号で表せばH2O、水素と酸素の化合物――水だ。



 圧倒的質量、目視での判断だが直径にして一メートルを超えるほどのそれはすでに目の前まで迫っていて、かわせそうになかった。



 僕は咄嗟に頭を守るようにして腕で顔を覆い、如何にか踏ん張ろうと足に力を入れた。



 だが、その試みは無意味だった。よく考えてみれば直径にして一メートルを超えるという事はその質量は一トンを超える。



 そんな質量の物質の衝突に、僕の人一倍小さい身体が踏ん張れる訳もなく――




「――ゲフッ!!」




 僕は本日二度目の衝突を味わった。



 教室の壁へとぶち当たる僕の体。



 ぶつかる前に身構えていたおかげで、一回目と比べれば衝突自体のダメージは小さい。



 しかしながら二回目はそれに加え水塊の圧力のせいで、どっちにしろ大きなダメージとなる。



 壁にぶつかった瞬間、ゴキリ、と僕の体から鈍い音がした。



 ドサッと地面に落ちる僕。



 水浸しで四つん這い。”痛覚遮断”のおかげでやっぱり痛みはないが、それでも、ダメージを受けている事は確か。



 そのことを、体の反応が先ほどよりも若干鈍くなったことで理解した。



 いよいよもって不味い状況になってきた……



 僕はそんな事を考えながら歯を食いしばって顔を上げ。血と水で濡れた手をついて身体を起こした。





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