◆室月中学校 普通教室棟 3-B--SceneⅠ 揮われる魔法
訳が分からない――それが学校の校舎をほぼ垂直に駆け上がり、無我夢中で窓ガラスをぶち破って、教室に突貫した果てに遭遇した状況に対する僕の正直な感想だった。
一葉ちゃんが教室の床に力なく横たわり、その横には何時もと違う雰囲気の城嶋さんが、これまたよくわからない物言いで僕を見返してきた。
そして極めつけはあの一言。
――――俺の本当に欲しい物を持っている――――そんなお前が――――
――何故羨む必要があるのだろうか?
城嶋さんが一葉ちゃんに、何をしたのかは分からない。
否、何かひどいことをしたことは分かるし、それに対して酷く憤りを感じもしたけれど――
城嶋さんが発した予想外の一言で、僕は一瞬呆気にとられていしまった。
僕だけが持っているもの――はっきり言ってそんなものがあるのかどうか皆目見当もつかった。
城嶋さんはとにかく優れた人なのだ。
成績は一葉ちゃんには若干劣るものの、それでも三位以下の人たちの追随を許さないほどの高みに。
運動に関してはすでに体育の授業ではほぼ独擅場状態、極めつけは全日中の陸上競技で全国出場するほど。
ほかにも多くの大規模な行事で賞を習得し、授賞式、全校集会の場で壇上に登ることは数知れず、更には生徒会長まで務める始末。
はっきり言ってこの人は有名さで言えばもはや全国レベルであり、下手をしたら我が校の校長先生よりも名前が売れているかもしれない。
何でも出来て、必ず人より前を歩いている――それがこの人、城嶋 恵介さんなのだ。
そんな城嶋さんと比べて、僕はこれと言って特出するものはない。
ちっぽけで、脆弱で、少しの事で心を揺らすほどに臆病な、一介の中学生にすぎない。
それでも、もし何かあるとするならば”継続魔法持ち”ということぐらいなのだろうけれど……
今のところ、この力がもたらしてくれるものと言えば、”二十歳に死せる”という未来くらいのものだ。
そんな僕が、あの城嶋さんが欲しがるほどの物を、本当に持ち合わせているというのだろうか?
僕がそんな思考の渦に意識を落としていると、それまでうつむき加減で静かに佇んでいた城嶋さんが、悠然とした動作で右腕を肩口まで振り上げた。
動いたっ……
その動作を確認した瞬間、同時に息を飲む。
僕の目に映ったのは、城嶋さん右腕に宙に浮かぶ数多の机たちだった。
恐らくは念動力によって発動しているであろう目の前の現象。
起こりうる事象のみで判断するのなら、目の前のこれは一般の運搬魔法と同じだ。
運搬魔法と言えば、今の世の中では恐らく、最もメジャーな部類に入る魔法だろう。
念動力で物を浮かす魔法。大きさ・重さが多くなるに比例し消費される魔力も多くなるものの、自分の精製する魔力が続く限りどんな物でも運ぶことができる。
城嶋さんが今まさに僕の目の前で使っている魔法は、恐らくそれに分類される魔法だ。
だけどおかしい―― 一般魔法ならば机が”僕の目線の高さまで浮き上がっている”はずがなく、ましてや――
「っ!?」
――僕めがけて魔法の対象物(机)が”高速”で飛来するなどありえないはずだった。
運搬魔法は一般魔法だ。故に当然のことながらその魔法には安全規制がかけられている。
かけられている規制は主に二つ――その概要は”浮遊高度”と”運搬速度”。
”浮遊高度”に関しては、魔力切れで物を落とした際、危険がないように地表から三十センチ程度まで。
”運搬速度”に関しては、魔法対象物が運搬中に何かとぶつかっても問題ないように、時速にして五km程度まで。
それらを超える高度、速度の場合は、自動的に魔法内部に組み込まれた安全対策用の術式によって、必然的にその範囲に収まるように魔力をコントロールされるのだ。
だけど、城嶋さんが使った魔法には安全対策用の術式が発動した様子などまるで見られない。
迫りくる机の群れは運搬などと言う話では収まらない。
これは、最早”射出”のレベルだ――
当然のことながら、こんなものを食らったらひとたまりもない。
しかしながら、飛んでくる机の数はぱっと見ただけで十近く、しかもそれぞれが別の軌道を描きながら僕へと迫ってきていた。
はっきり言ってこんなものよけきれる自信など、ありはしなかった。
故に僕は、目の前に迫りくる机に向かって瞬時に両手を突き出した。
今から僕がすることは一葉ちゃんの魔法の真似事だ。
――今現在僕が体にため込んでいる”衝撃”は大体、限界時の八十五パーセント程度。
昨日一葉ちゃんとゲームをした後だし、さっき教室に侵入する際にも使用してしまったから、大体こんなものだろう。
そのうちの何割かを両手から前方方向へ、一定の方向性を持たせて強制的に解放することで衝撃波を発生させる。
体に溜め込んだ衝撃をほぼそのまま打ち出すという荒業だ。
力の効率がすこぶる悪いため普段はこんな使い方などしないのだけれど、緊急時だからしょうがないと僕は自分に言い聞かせる。
僕は瞬時に身体をめぐる衝撃の十五パーセント程度を量の手に集中させ、机目がけて解放した。
「――何かしようとしても、無駄だ」
刹那、城嶋さんの声が聞こえた気がした。
「ぇ!?」
――その一瞬、何が起きたのか僕には理解できなかった。
ただ僕が感じたのは予想以上の”反動”。
気がついたときには、僕は訳も分からずその場から吹き飛び、黒板にぶち当たっていた。