表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/55

◆霧生家--SceneⅡ 叔父の想いと僕の気持ち




 僕は不覚にも泣いてしまっていた。



 それは昼間、リレー走の最中に流した物や保健室で流したものと同じで、それでいて全く違うもの。



 辛くもなく、苦しくもない。



 胸の奥がこんなにも暖かい――



 僕は一人、全さんの部屋だった場所で、静かに涙を流し続けた。


 

 そんな僕に気を使ってくれたのか、気がついた時には、父さんはすでに部屋から立ち去った後。



 そんな父さんに感謝しながら、僕は、父さんの凄さを改めて実感させられた気がした。



 父さんは僕の体調不良を見抜いていた。

 


 ――我慢強すぎるのも考えものだと語る、父さんのゆっくりとした口調を思い出す。



 父さんは僕の心情を見抜いていた。 



 ――昨日に続き、この場所で、好きに生きろと優しく諭してくれた。父さんの笑顔を思い出す。



 そして父さんは、僕の性格を見抜いていた。



 ――絶対に守ってやると言ってくれた時の、父さんの瞳に宿っていた強く真っ直ぐな光を思い出す。



 嬉しくてたまらなかった。



 湧き上がる衝動に自分の心が抑えきれない。



 ずっと心の奥で眠っていて、そして今目覚めた暖かい何かが、僕に笑わないでいることを許さなかった。



 何がどうとは説明できない。



 それほど明確なものではない。



 けれどもう、僕には解っていた。




 悲劇の主人公気取りも、いい加減にしなければならないということに――




 だって、僕は知ってしまったから。



 僕と同じ境遇にいたにもかかわらず、変わらず、あがき続けた人がいたことを知ってしまったから――



 僕は手のひらへと視線を落とす。



 そこにあるのは先ほど父さんから手渡された大学ノート。



 感極まって握りこんでしまっていたようで、先ほどよりも余計にボロボロになってしまったそれは、それでも確かに僕の手の中にあった。



 僕は空いた腕で涙を拭い、それが元々あった本棚へと近づいてみる。



 本棚は、たくさんの本で隙間なく埋まっていた。

 


 『呪術構成組み立て理論』『基本魔法文字構成概論』『魔道力学入門』...etc。そして三十冊ちかくにも及ぶ大学ノート。



 手にもった大学ノートに書かれている言葉と数字から、全さんが我が家の継続魔法をどうにかして解除しようと――そしてそれをするために、少なくとも大学ノート十二冊分にもわたり、魔法の解除の為の方法を検討してきた事は、何となくだけど予想が出来ていた。



 予想は出来ていたけど、実はそれは水面に顔を見せた氷山の一角に過ぎない程度のものだったようだ。



 本当に尊敬する――僕はそんな事を考えながら、なんともなしに本棚の端から端までを目で追ってみた。




「――ん?」




 だが、そうしていると一冊の本に目がとまった。



 目にとまった理由は実に簡単な話。



 その一冊だけ異色を放っていた――本当にそれだけの理由に他ならない。



 だけど、この、見るからに小難しそうな内容の本の中、本当にそれだけが異彩で、そして同時にこの中で、唯一僕の”知っている”本だった。



 僕は手にもった大学ノートを本棚に押し込み、代りにその本を手に取ってみた。




「やっぱり『百万回生きたねこ』だ――でも何で絵本がこの本棚に入ってるんだろ?」

 



 手に取ったついで、僕はその本を開いてみる事にする。

 


 『百万回生きたねこ』、これは結構有名な絵本じゃないかと思う。



 昔に一度きりしか読んだことのないものだから、内容は結構あやふやだけど、確か題名の通り百万回の人生を経験したとらねこの話だったような気がする。



 パラパラとページをめくり内容を確認していく――どうやらそれほど、記憶との食い違いはないようだ。

 


 はっきり言うと、僕はこのお話はあまり好きにはなれなかった。



 猫は飼い主に愛されていたけど、猫はそんな飼い主のことが嫌で――なんと身勝手な猫なのだろうかと、そして同時に、この物語の猫は暗に”死ぬのなんて怖くない”と言っている様で、それが嫌だったのだろう。



 この本を”一度しか読んだことがない”のもそのせいだった。



 でも、読み進めるうちに、段々とその思いがただの思い込みなのではないか思えて来た。



 絵本の後半、とらねこは愛する妻子を得て、最愛のしろねこの死に涙し、しろねこの傍らで動かなくなる。



 そしてもう二度と生き返らなかった。という記述で終わっていた。



 ねこの百万回の生のなかで出会った百万人の飼い主たちは、確かに自分なりにねこを愛していたのかも知れない。



 でも、それでもやっぱり――ねこを本当の意味で大事にし切れていなかったのだろう。



 だって、物語を読む限りでは、飼い猫だったとらねこには、”不自由さ”は見て取れなかったけど、同時に”自分らしさ”も見て取れないのだから。



 ねこが自分自身を好きになれなかったのも、それが原因じゃないかと思う。



 だからこそねこは、のらねこになって始めの方で「自分は百万回もいきたんだぞ」という自慢をしていたんだろう。それは自分らしさがその”百万回生きたこと”ぐらいしかなかったから――



 でも、のらねこになって初めて与えられた。他の誰のものでもない、自分自身の生。



 自分らしく生きることができて、ねこははじめて自分を好きになったからこそ、百万回生きたという自慢話は、彼にとって輝きを失ってしまったのだろう。



 だからこそ、ねこは最後に涙したんじゃないのか?



 愛するもの、大切だと思うもの、守らなくてはいけないもの、そしてずっと一緒にいたいと思う気持ちが芽生えてはじめて、死や別れというものへの恐怖が襲ってくるのだと思う。




 きっとそうだ、だって僕自身もそうだったのだから――




 袖で強引に涙を拭い、豪快に鼻水をすする。そうしてから、僕は顔を上げた。



 ”死”という先の見えない恐怖のせいで、ふさぎこんでしまうところだった。

 でもそれは駄目なことだ。



 確かに今のままでは僕は五年後には死んでしまうのかも知れない。



 でもそれは、何もしなかった場合の話。



 僕にはまだ”五年”も時間が残されているのだから。



 それに全さんはゼロからスタートだったようだけど、僕には”目の前”にこんなにも足がかりがのこされている。



 ――ならば抗ってみようじゃないか。



 僕は今ここで生きている。今日も明日も、ううん、きっと明日だけじゃない、明日もあさっても。



 きっと世界は変わらず続いていくはずなのだ。



 五年後に死んでしまうにしても、無事にその五年後のその日を迎えられこそなんだ。



 そっか、そう考えれば案外単純な話なんじゃないだろうか? 様は生きるも死ぬも、僕が動くか動かないかで変わってくる訳なんだから。



 ―― 一番いけないのは思い込む事。



 何も出来ないという”思い込み”が、最初で最後の敵だという事なのだろう。



 でもそれは、僕一人じゃ気付く事は出来なくて――それに気がつかせてくれたのは、間違いなく父さんだった。






 ――――俺たち大人が守ってやる。お前も、お前の大切なものも――――






 不意に、先ほどの父さんの言葉を思い出した。



 ――どうして僕は忘れていたのだろう。



 父さんの言葉に混ざる『俺達』は、まさしく僕を形作る世界であり、僕を支えてくれるものだ。



 僕はこんなにも優しい力で支えられている。それがとてもうれしくて、同時に誇らしく思えた。



 僕は手にもった絵本をそっと元の位置へと戻し、全さんの部屋を後にすることを決める。



 入口に近づき部屋の明かりを落とすと、僕はもう一度部屋を見渡し、その部屋を後にした。






 今回作中に絵本の名前とそれに対する解釈(もちろん凩の独断と偏見)をのせたわけですが――


 えっとまあ、この小説事態大それた物じゃないので、大丈夫だと思ってはいます。うん大丈夫だよね?


 読んだことないという人はとりあえずググる事をお勧めします。『百万回生きたねこ』はwebでも読めますからね。


 絵本って結構侮れないっすよ? 結構読んでてグッとくる内容の物があったりなかったり。


 凩的には、今回取り上げた『百万回生きたねこ』や『おじいちゃんがおばけになったわけ』、『つみきのいえ』、『わすれられないおくりもの』なんかをお勧めしちゃいます。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ