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◆玖珂整体医院 診療室--SceneⅡ 治療、そして……




「いいか、よく聞いとけよ? 体の歪みってのは、実のところ普通に日常生活を過ごすだけでも出てきちまうもんなんだ。はい大きく息すってー」




 僕は玖珂さんの言葉に耳を傾けながら、言われた通りに大きく息を吸い込んだ。



 現在の僕は、先ほど玖珂さんが腰かけていた診療台の上に、うつ伏せの状態で寝転がっている状態。



 そのため通常と比べると若干吸い込み難かったけど、別段どうという事はない。



 うつ伏せ状態の僕の背中には、二つの大きな手のひらが触れている感覚、これは玖珂さんの手のひらだ。



 手のひらを通じて僕の体に体重をかけている様で、そこからは若干の圧迫感を感じる。

 



「よーし、それじゃあゆっくり吐いてー」




「ふ~~――……、けふっ!!」




 これまた指示どおりにゆっくりと息を吐き出す僕。



 そうしていると肺の中の空気を七割ほと吐き終わったところで、背中の圧迫感が突然強くなった。



 僕の口から洩れた情けない「けふっ!!」という音は、その圧迫のせいで肺の中の残りの三割の空気が強制的に押し出された為に出たものだった。

 


 そして僕の背中は、それと同時にパキキッ、と小気味の良い音を鳴らした。 




「おっ、良い音っと、一日に生じる歪みは大体千分の十七ミリってところだ。たったそれだけ? って思うかもしれねぇが、これが結構侮れない。まあ普通に考えりゃわかる事だろうな。一日でそれだけ歪むってことは、単純計算一年でかけることの三百六十五倍、ついでにそれに自分の年齢分の数値をかけたのが骨格の歪みになってくるわけだ。勿論実際はそんな単純な計算では測れないけどな」



 玖珂さんは淡々と説明をしながら、それと同時に僕の背骨沿いに手のひらを移動させ、先ほどと同様に僕の背中に体重をかけてくる。



 体重がかかるたびに、パキリ、ポキリ、バキバキ――余り聞きたくない類の音が、僕の体から鳴り響く。




「ちょ、あの、玖珂さ――えぶっ!」




 骨を鳴らすそのタイミングは割とゆっくりめだし、言うほど痛くもない――



 だが、骨の位置を今までと違った位置に変えられる感覚というか、”自分の体の中を弄られている”感覚は、何とも言えぬ不快感がある。



 同時に、背中を押されるたびに肺の中の空気を強制的に吐き出されてしまうので、上手い具合に声を出すこともできない。



 僕の頭の中に、一瞬だけ”拷問”という言葉が掠めたような気がした。



 しかしながら、玖珂さんにはそんな僕の心の内など微塵も伝わる事はなく、手慣れた様子で治療? を続けてゆく。




「でもまあ人間ていうのは案外よく出来ててな、自然と骨格の歪みを正そうとする行動をするんだ。一番効果があるのは寝てる時にする”寝返り”だ。実を言うと、赤ん坊や子供の寝相の悪さの原因はそれなんだ。子供って言うのは唯でさえ骨格がしっかりしてないからな、その分身体の歪みも大きいから、そのせいで寝相が悪くなるんだ。でもな、今の世の中、小さい子供は親が一緒に添い寝したり、大きくなればベッドに寝る奴がほとんどだ。親と添い寝すれば自然と動けるスペースが減って寝返りをうたないし、ベッドは無意識に”地面より高い位置で寝てる”っていう思いから、ベッドから落ちないように寝返りをうたなくなる。つまりは床に布団引いて一人で寝るのが一番いいってわけだな」




 ――パキ、ポキポキッ




「~~~~っっ!! ちょ、まっ――ふみゅ!!」




「後はそうだな――二段ベッドなんてそりゃもう最悪だし、布団でも寝た時に体が沈みこむ布団はだめだ。これも骨格に変な癖をつけちまう。あとは――ああ、そうだ、尻餅だな、あれもまた尾てい骨から直接背骨に衝撃が伝わるからまずい、それと正座の姿勢から、両足を横に崩してお尻をペタンと床につける座り方、女の子座りっていえば分かりやすいか? あれも長時間するのは避けた方が――――――」




 正直玖珂さんは、凄くためになる話をしてくれていたと思う――



 ――思うのだけれど、後半になればなるほど、その話をしっかり聞きとる事は出来なかった。






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◆九月十三日 午後七時十二分――自動車の中





 玖珂さんは意外に名医であったらしい。



 治療中こそ拷問かと思ってしまったけれど、背骨、股関節、膝関節、首筋、果ては頭皮のマッサージまで。



 悪い部位に関わる一通りの診察を終え、診療所の閉館時間と同時にそこを後にした僕たちは、今度こそ本当に家に帰路についていた。



 そんな中、僕は何もしゃべる事はなく、半ば呆然としながら車の助手席に座っている。



 はっきり言って、”持て余している”というのが僕の今の状態だった。



 つい一時間とちょっと前まで、馴染みだったものが綺麗さっぱり消えているというその事実にだ。



 玖珂さんを意識の中で名医と評したのも、それが関係していた。



 ――頭痛がしない。

 


 ――吐き気がしない。



 ――関節が痛まない。



 あれだけ僕を悩ませていたそれらが無い――本来ならばこれが正しい事なのかもしれないけれど、可笑しなことに、その”正しい現実”を”異常”と感じてしまうのだ。



 でも、それが決して”悪くない異常”であるものだから、余計に混乱してしまう。



 もうすっかり日が落ち、夜道を照らす街灯と自動車自体の備え付けの計器、あとは、偶にすれ違う対向車のヘッドライトの光位しか、自動車の中を照らすものはない。



 そんな空間の中で、僕は不意に運転席へと顔を向けてみた。



 大きな人影が眼に映る。



 僕なんかとは比べ物にならないほど大きなそれ――



 父さんだ。しばらく見つめていれば、時たま対向車のヘッドライトによって、その表情が見て取れる。



 闇に浮かんでは消えるその顔は、いつもの無愛想な表情では無く、分かりずらいけど明確な優しい笑顔。



 良く考えれば、今一番僕が分からないのはこの人のことだ。



 何を考えているのかが全く分からない。



 闇夜の中に見える笑顔の真意を推し量れない。



 昨夜は僕の”死”を宣言してきた――



 今日は僕を直してくれと、玖珂さんに頭を下げていた――



 ――そして今のこの表情。



 一体どれが本物なのか――――




「――全、もう直ぐ家につくぞ」




 暗闇の中父さんの口が小さく動くのが見えた。



 言われて僕は前を向く、僕たちが乗る自動車のヘッドライトに照らされて見える道路は、いつの間にか見慣れた通学路に戻ってきていた。



 後五分もしないうちに家につくだろう。



 それを確認した瞬間、僕は思い切って切り出した。




「ねえ父さん、この後時間貰ってもいいかな? 聞きたいことがあるんだ」




 はっきり言って、唐突な思い付きだった。



 でも、残り時間に縛りがあるこの自動車の中では、聞く事の出来ない想い。



 父さんの本物の考えが知りたい、ただそれだけを思っての言葉。



 そんな僕の言葉を耳にして、運転中の父さんはチラリと僕に視線を送り、そして一言。




「――ああ、別に構わん、俺もお前と話したいことがあったところだ」




 父さんは、ゆっくりと頷いてくれた。





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