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◆九月十三日 午後五時五十五分――室月中学校 普通教室棟 三年Bクラス




 全を送り出してから大体三十分ほどたったくらいだろうか。



 私は全から頼まれた事のため、一人あいつの教室であるBクラスへと向かっていた。



 曰く、さっき保健室で城嶋君から何かしらの頼みごとを引き受けてしまったから、自分の代わりに断わりの言付をしてほしいらしい。



 あの時保健室で其れをしぶしぶ了承した私は、とりあえず全を送り出して直ぐに一度、Bクラスに行ってみたのだけれど――その時はまだ誰もいなかった。



 全の話では、城嶋君自体にも何かしらの用事があるだか何だか……



 そのまま教室に留まっても良かったけど、特にすることもなかったから、とりあえず図書館で時間を潰すことにした。



 そういう訳で私はこれから二度目のクラス訪問をする訳なのだけれども……



 その少しのめんどくささと内に連なるイライラから、私は知らず知らずのうちに歩くスピードを速めていた。



 ――だいたい、あいつは何時だってそうなんだ。さっき保健室での三谷先生の言動も今なら理解できる。



 ……注意しておくけど、け、結婚云々に関しては別だからね?



 ……でも三谷先生に盗られる位ならいっそ、ううん、むしろ私が――ってそうじゃない、何を考えてるんだ私は……



 あいつは、優しい以前に物凄いお人よしで、ひとからの頼みごとはその殆をほぼ無条件で引き受けちゃう。



 それはあいつのいいところでもあるのかも知れないし、私自身も気に入っている要素の一つなんだけど、それは同時に欠点でもあると思う。



 周りもそれを理解してしまっているものだから、あいつに頼みごとが舞い込んでくることなんてしょっちゅうだ。



 やれ掃除当番を変わってくれ、やれ今日の日直当番代わりにお願い、好きな子に告白したいから呼び出してきてくれなんてのもあった。



 ちなみに最後のは、何故呼出しをさせられてるのかも分かっていないようだったし。



 え? 最後のはなんで知ってるかって? ……そんなの呼び出しの相手が私だったからに決まってるじゃない。



 神妙な顔したあいつに「ちょっと放課後に体育館倉庫の裏に来てもらってもいいかな?」なんて言われたらいかないわけにはいかないじゃない!!



 それで、放課後にドキドキウキウキマギマギしながらその場所に行ってみれば、そこにいるのは一度が二度しかまともに会話したことのないクラスメイトの男子。



 緊張して赤面していた彼には悪いけど、私はそれを見た瞬間全てを理解し、思わず膝から崩れ落ちてしまった。




 ……――あの時は、ホントこれはないわーって感じだった。




 あの時の神妙な顔は今思えば「なんで自分で言わないんだろ?」とでも思ってたからの表情だったわけだ。



 ……話がそれちゃった。えっと今は何の話だったっけ……あ、そうそう、あいつがお人よしだって話だった。



 あいつはそれでもいいのかも知れない、事実そんな状態を続けているにも関わらず何も不満を言わないわけだから、その考えは鉄板なのだろう。



 でも、傍から見ていればまるで周りがあいつのことを使いつぶしにしている様で、どうしても嫌な気分になる。



 使い続ける周りと、使われ続けるあいつ、その構図がたまらなく気に入らない。



 でも、あいつはなんだかんだ言って結構頑固な所もあるものだから、私がいくらその考えを改めさせようとしたところで、そうやすやすと変えてくれるとも思えない。



 今日のあいつの姿を目にして、それは嫌というほど実感させられた。



 なら、私はどうすればいいのか?



 あいつは私のことを助けてくれたのに、私はあいつを助けてあげられないのか?



 否、絶対そんなわけはない。



 よく考えてみれば簡単なことなんだ。あいつが考えを変えないのなら、”周囲の認識を改めさせればいいだけ”のこと。



 そして、これから会う人もその一人、まさか彼がそんな非常識をするとは思わなかったけど……



 だからとりあえず、これから会う人から言ってやろう。



 そもそも、倒れたあいつに頼みごとをするなんてこと自体が間違っているんだ。



 だからこそ、きっぱりと言ってやるんだ。



 私は、密かにそんな決意を胸の内に秘めながら、たどり着いた教室の引き戸を少しだけ強引に引き開けた。



 教室の中にはこちらに背を向けたまま佇んでいる人影が一つ。



 夕焼けの赤々しい逆光で確りと人物象を確認することは出来なかったけど、恐らく城嶋君で間違いはないだろう。



 私は引き戸を閉めることなく教室へ入る。



 すぐに帰るのだから閉める必要はないだろう、とその程度の認識で。



 だけど、そこに踏み込んだ瞬間何故かうまく言い表せない違和感を感じ、思わず立ちすくんでしまう。



 そうやって教室へと入ると、ようやく城嶋君らしき人影か私の方へと向きなおってきた。



 瞬間、息を呑むのが分かる。




「――み、ずとりさん? なんで君がここに?」




 私が来たことがよほど予想外だったのか、城嶋君は途切れ途切れに言葉を捻り出してきた。



 だけど、そんな彼の様子に、私は怒りを覚える。




 やはりだ、城嶋君は”全が必ず来るものだと思い込んでいる”。




 もうこの際城嶋君があいつに何を頼もうとしていたのかなど知ったことでは――無い。




「私で悪かったわね、全ならさっき帰らせたの、ドクターストップってやつね」




 もっとも、私はお医者さんでもなんでもない、医学に関してはど素人もいいところ。



 でもそんな私から見ても、今のあいつは、無理させてよい状態でないことぐらい一目で分かる。



 だから別に私の物言いでも問題などありはしないだろう。



 私のそれを聞いて城嶋君は目線が見えぬように僅かに俯いた。



 彼が私の言葉を聞いて何を思ったかなど分からない、でもこれだけは言っておかないと私の気がすまない。




 ――――だから言う。




「ねえ城嶋君、あなたが全に何の用があるのかなんて知らないけど、簡単に全を”使おう”としないでくれる?」




「――な、に?」




「これは城嶋君だけに言えることじゃないし、私が口出すことじゃないのかも知れないけど、でも今日のは見過ごせない。城嶋君だって知ってるでしょ? あいつは倒れたの! 全校生徒の目の前で、全は倒れたのよ! 受け入れる全もどうかしてるけど、そんなあいつに頼みごと? ふざけんじゃないわよ!! 非常識も大概にしてよね!!」




 私は持ちうる感情をそのまま城嶋君にぶつけた。



 相変わらず俯いている城嶋君、その様子に変化は見られない。



 そんな様子の城嶋君に更なる怒りを覚えた私は、そのまま踵返した。



 もう話すこともない、と言うよりもう何も話したくない。



 私はそんな一念に駆られ、教室を後にしようと開けっ放しのままの引き戸へと近づき――――




 ――――瞬間、直接背中に氷を突っ込まれたような、強烈な悪寒を感じた。





「――――やっぱり、君にとっての”一番”はあいつなんだな、分かっていたことだが、改めて知らしめられるやっぱり傷つくよ――――」





 静かな声が聞こえた。



 それは鋭利に尖った刃物のような声。



 真後ろから聞こえてくる。



 その声の物々しさに、私は思わず歩みを止めてしまっていた。





「――――水鳥さん、君が来たのは本当に予定外だった。でもね、実は不具合はそんなにありはしないんだ。だから予定変更だ――――」




 

 先ほどまであんなに怒っていたのに、今の私は”怒り”という感情をすでに何処かに失くしてしまっていた。



 背中に嫌な汗が伝うのが分かる。



 兎に角此処にいたらいけない、どうしてそんな考えが出て来たのかは分からないけど、直観的にそう思った。




 とりあえず走る、教室の出口は直ぐそこにある。とりあえずこの場所からでないと――





「――――無駄だよ、水鳥さん――――」





 だけど、そんな声が聞こえた瞬間、目の前の開けっ放しだった引き戸が勢いよく閉まってしまった。



 扉の前私は慌てて立ち止まり、扉に手をかけ出来る限りの力で開けようと努力する。



 でも――開かない、先ほどはあれ程簡単に開いたというのに、扉はピクリとも動かなかった。



 扉には鍵は付いていないし、扉を抑える人影もない、どうなっているのか分からない。





「――――もとより、君も呼び出すつもりだったからね――――」





 最終手段――私は咎められること覚悟で魔法の使用を試みた。



 目標は目の前の扉、圧倒的衝撃によって吹き飛ばすイメージを脳内で固め、私は大きく腕を横に薙いだ。






 そして扉は私のイメージ通り――――





「――ッ?! なんでっ!?」





 ――――吹き飛ばなかった。





 分からない わからない ワカラナイ



 魔法の使用に失敗したのか? 違う、小さいことから使ってきた魔法だ。



 私にとっては、食事に箸を使うのと同じくらい容易いことだ。



 失敗なんてありえない。



 むしろ今のは失敗というより、魔法の発動自体がキャンセルされたような――



 そこまで考えたところで、不意に後頭部を触れられる感触がした。





「――――せっかく準備したのに、これは準備し直さないといけない、悪いが少しの間眠っていてくれ――――」

 




 城嶋君の声。言われた瞬間すさまじい眠気が襲い、抗う事も出来ず、私は意識を手放した。





 

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