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◆九月十三日 午後五時五十二分――玖珂整体医院 診療室--SceneⅠ 見抜かれる真実



 


 この時俺はいつもと同じように新聞を広げながら時間をつぶしていた。生憎と客はいない。



 ……――勘違いされないために言っておくが、それは俺の腕が悪いからじゃ無い。むしろ俺はご近所で評判の整体師だと言いきっておこう。



 そんな俺の店になぜ人がいないのかと言うと、それは単に時間帯のせいだと言い切れる。



 もっぱらうちの常連と言えば高齢者――はっきり言って爺婆が主なのだが、そういった奴らの診療は午前中に集中している。



 年寄りは早起きだから、そういった理由のせいだろう。



 それが過ぎればお昼時には人波が途切れ、そして二時ごろから再び込み始める。午後の患者はだいたいが午前中に家事を片付けた主婦が中心だ。



 炊事、家事がひと段落して時間も空いてるから、ちょっとこりをほぐしにでも、という考えは分からないでもないし、儲かるから問題はない。



 そうしてそういった患者を診療し、昼に引き続き客足が途絶えるのがこの時間帯。



 午後のお客の割合の殆どが主婦なだけに、家族が帰宅し夕食を準備しなくてはいけない彼女たちが居なくなるのは当然と言えば当然の流れだった。



 そんなわけで、俺は一日の労働によって生じた疲労を感じながら、診療台に腰掛けだらけているわけだ。



 そうやって新聞を流し読みながら、ふと仕事場に設置してある壁掛け時計へ視線を移してみる。



 時計が指し示す時間は六時ちょっと前だった。本日の営業終了まであと約三十分。



 それを確認すると、俺は再び新聞へと視線を戻した。


 


 ――――カラン、カラン、カランッ




 だが、そうやって視線を戻した矢先、来店を告げる鐘の音が俺の耳へと飛び込んできた。



 この時間帯に患者とは珍しい――そんな事を密かに考える。

 



「――あいよー、いらっしゃーい」




 俺は、その音を聞いて半ば反射的にその言葉を発していた。なんだかんだ言って此処を開業してもう随分になる。



 だから俺にとって、来店者に対するこの挨拶をかけること――それは最早条件反射になっているのだろう。



 そうして俺は手にもった新聞を畳みながら、この時間帯に此処に来る珍しい奴の姿を確認した。



 入口にいたのは随分と懐かしい奴だった。



 誰なのかは一目で分かった。



 馬鹿みたいに背が高くて、大柄で、無愛想――そんな特徴的な人柄の奴は俺の記憶の中でも一人しかいない。



 霧生 悠馬――高校時代の悪友の一人だ。



 今まで何度か同窓会等で会う機会はあったものの、めんどくさくて行ったことがないから本当に久しぶりの顔合わせだった。



 とは言っても、こいつが近いうちに来る事は分かっていたのだけれども……



 と言うのも、それは一週間ほど前に電話があったから。



 電話してきたきっかけは、同窓会で俺が整体をしていることを仲間うちから聞いたかららしい。



 そんでもってその要件って言うのが――えっらい深刻な口調で一言、自分の子供の様子を見てやってほしいなんて言ってきた。



 今日来たのは、そのことなのだろう。



 みれば、でっけえ悠馬の影から恐る恐るこっちを窺っているガキの姿も見える。なるほど、あいつが電話で言ってた悠馬の子供らしい。



 悠馬の子供にしてみればえらいちっこいガキ、パッと見では性別の判断がつかない。



 なんとなく坊主であるように見えるが、おどおどした態度が俺の判断を迷わせる。



 俺はそんなガキの様子に内心でため息をつきながら、それでもこれから診察しなければならないであろうそいつの様子をさりげなく観察してみた。



 外見上は特に何か問題があるようには見えない、おどおどしてはいるが姿勢の方も其れなりにいいし、特に問題があるようにも思えなかった。



 何故悠馬はこいつをここに連れて来たんだ? 俺はそんな疑問を抱きながら、今度は”見る”のをやめて”視る”事にしたのだけど――


 

 それだけで、俺の疑問は一発で解決することになった。



 ……――うげ、何だこりゃ!?



 思わず俺はガキを”視て”顔をしかめちまった。なんでこのガキは平気な顔をしてられるのかそれが不思議でならない。



 とりあえず、悠馬がこいつをここに連れて来た理由、電話での深刻な口調の理由が何となくわかった気がした。



 



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■





「――お前、大丈夫か? よくそんな成りで平気でいられるな」




 それは一体何に対してのことなのか、僕には良く分からない。



 でもその一言だけは、直前までのだらけた様な玖珂さんの口調とは一線を改すものがあったものだから、僕は思わず身を固くした。




「――な、んの、ことでしょうか?」




 僕は何とかそれだけ絞り出したものの、それ以上は何も言えそうになかった。



 真正面で僕を見つめてくる玖珂さんの眼は、僕の全てを見透かしているような、そんな錯覚にとらわれる。



 そんな僕の言葉に、呆れたように溜息を一つ。

  



「はあ、何のことかじゃねぇよ、普通そこまで”歪んじまったら”絶対何かしらの不具合が出てくるもんだ。っていうか、出てこなきゃそれはもう人体として可笑しい。そうだな――目まいに吐き気、それに頭痛ってところか?」




「っ!?」




「――やっぱりか、分かりやすい反応だな――おい悠馬、こいつホントにお前のガキか?」




 僕は何も言えなくなった。――”目まい””吐き気””頭痛”、玖珂さんの口にしたそのどれもが須らく合致している。



 初対面のこの人に、何故それが分かるのか?




「……全は母親似なんだ、それよりも――其れは一体どういうことだ? 幸喜」




 言葉を失っている僕を尻目に、父さんが玖珂さんに尋ねて来た。



 だめだ、此処で知られるのはだめだ! 今まで一生懸命隠してきたのに!! 父さんに知られるのだけは絶対にダメなのに……



 でも、そんな僕の思惑とは裏腹に、玖珂さんは父さんへ向かって口を開いた。




「どうもこうも、こんなにひどい奴はそうはいないぞ? 俺が継続魔法持ちなのはお前も知ってるだろう、俺の魔法は”視る”ことで物体、物質の構造を把握することができる。そいつでこいつを”視て”みたんだけど、ひでえの何の、背骨、股関節を中心に関節という関節の殆どが歪んでやがる。歪み過ぎて逆に、外見上殆ど正常に見える位にな」




「むぅ……そうなのか?」




「ああ、分かりやすく説明するとだな――」




 玖珂さんはそこでいったん話を区切ると、診療室の壁に立てかけてある背骨の模型を手に取った。




「――見てもらえば分かるだろうが、背骨ってのは幾つもの骨が繋がって出来てる。上から順に頚椎7個、胸椎12個、腰椎5個、仙椎5個、尾椎4個の骨の塊だ。ま、名前は置いておこう、普通これは縦一列に並ぶのが理想的なんだ。極端にどちらかに曲がってりゃあスゲエ分かりやすいんだが、坊主の場合上から順に少しずつ歪んでる、S字を連ねる感じかな? とりあえず坊主、こっちにきてまっすぐ立ってみろ」




 言われたとおり、僕は玖珂さんの目の前で自分なりにまっすぐ立ってみせる。




「ぱっとみじゃ分からんけどな、よく見てみろ、坊主の左肩、右肩より一センチ弱”下がってる”だろ?」




「なるほど、本当だ……だが、これが頭痛やらと関係あるのか?」




「大いにあるね、あのな、背骨ってのは骨の塊であると同時に神経の塊でもあるんだよ、それがこの坊主みたいに曲がりくねっちまったら、骨の間から出てる神経を圧迫しちまうってわけさ、酷いと”自律神経系”にも影響が出ちまう、この坊主もさっきの反応からしてそうだろう。しかもこの坊主の場合、股関節も悪い、二次性徴まっただ中っていうただでさえ骨格が完全に出来上がってない状態でこの歪み方だ。恐らく成長痛と相まってそっちも相当痛ぇだろうよ、自律神経系の影響と極度の成長痛のダブルパンチ。普通だったら鬱になっても可笑しくねえ、この坊主、実は相当我慢してると、俺は見るね」




「”自律神経系”……医者が自律神経失調症だと言っていたが、まさか……」




「おいおい医者に見せたのか? それじゃ良くならねえよ、こんな状態で見せたらそう言われるか”鬱病”だとか言われて薬を出されてはい終わりだ。でも結局”身体に病的な異常はないから”出された薬飲んで逆に体調を崩すっつう悪循環になる場合もあるんだわ、ま、この場合医者の腕が悪いんじゃないけどな、所謂畑違いって奴さ」




 玖珂さんの言う全てに心当たりがある。僕はもう何も言う事が出来なかった。



 それは父さんも同じであるようで、玖珂さんの言葉を黙って静かに吟味しているようだった。




「……話はわかった。それでどうなんだ?」




「は? どうって何が?」




「お前は――お前なら、全を治してくれるのか?」




 父さんが静かに、それでいてハッキリと玖珂さんへとそんな疑問を投げかけた。



 その声に僕は思わず弾かれたように顔を上げ、父さんの顔を見る。

 


 分からなかった。



 ――僕には父さんが分からなかった。



 昨日は僕の死を、あれほど淡白に告げて来たというのに、今はまるで僕の身を心底心配するかのような口調で、治るのかどうかを玖珂さんへと問うている。



 ふと、父さんはそんな僕に気がついたのか、自分の大きな手のひらを僕の頭へと置いた。



 そうして、父さんは何時もの無愛想な顔から、確かに微笑みへと表情を変えた。



 まるで、何も言わなくてもいいと、僕に語りかけるかのように――




「そうだなぁ、さっきも言ったが坊主はまだ骨格が出来上がってねえから通院してもらうことになると思うが、お前がちゃんと毎回連れてくるんなら、俺が間違いなく直してやるさ」  




「そうか、なら――俺の息子をよろしく頼む」




 そう言って父さんは、玖珂さんに向かって大きく頭を下げた。





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