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◆室月中学校 保健室--SceneⅡ 豹変の片鱗





 ―― 一体どのくらいそうしていたことだろう。保健室で僕がひっそりと涙を流しすなんて、間違いなく変な奴だろう。



 だけど、僕にはそれを止める術がなく、止める理由もない――



 だからこそ、それをそのままにしていたのだけれど――それを止める切欠は、案外早く訪れた。



 ――コンコン、と、慎ましやかに響く扉を叩く音。




「失礼します」




 それは僕にとって聞き覚えのある声だった。



 とはいっても声の主の姿を確認したわけでは無いので、何とも言えないところでもあるのだが……



 と言うのも、僕の横になっているベッドは、現在進行形で白い布地のカーテンで仕切られているからだ。



 まあ、よしんばこのカーテンがひかれていなかったとしても、保健室の配置物の配置上、僕の寝ている位置から入口を見ることは不可能だったと思うけど――



 声の感じから判断するに、保健の先生ではない事は何となく分かった。



 当然、入ってきたその人には何かしらの理由があって、その理由の為にこの保健室に訪れたのだろう。



 今日はクラスマッチだから、当然けが人はいつにもまして多いはず、となると必然的に今日という日の、保健室の利用頻度は多かったことだろう。



 それを踏まえて、今の状態――



 時計が見えないから正確な時刻は分からないけれど、お日様の傾き具合から見て、あれから其れなりの時間がたっている事は分かる。



 と言う事はつまり、クラスマッチは間違いなく終了し、今現在は放課後に相当するはずだから、此処に怪我や病気の治療目的で訪れる人は少ないはずだ。



 だから、確率として高いのは、誰かが、誰かの様子見に訪れたということぐらい。



 だけど先ほどからこの部屋では、僕以外の人の気配を感じていない――と言う事はつまり。



 僕は慌てて、運動着の裾で目元を拭った。



 足音が聞こえてくる。僕の方に向かって近づいてくる足音、本当に少しずつではあるが確実に大きくなる。



 そして目前、白いカーテンに影が映ったかと思った瞬間、小さな音を立てながらそれは捲くられた。




「……起きてたか、丁度よかった」




 一瞬、寝たふりをすることも考えたが、それをする意味を考えて即座に止めた。



 この人が僕に何らかの用事がある事は間違いないのだ。



 それなのに意図としてそれを蔑ろにする事などできない。



 カーテンを引っ張って僕の前に現れた人物は意外な人ではあったけど、たとえそれが誰であっても恐らく僕はそうしたと思う。




「――何の用でしょうか? 城嶋さん」




 僕はかけられていた薄手の毛布を除けて、上半身をゆっくりと起こした。



 まだ多少ふらつくが、それでも起きていられないほどでは無い。その状態となって改めて城嶋さんへと顔を向けた。



 先ほどまではそれほど気にならなかったが、どうやら僕は結構汗をかいていたらしい。



 汗を吸った体操服が体に張り付いているのが微妙に気持ち悪く、同時に、いつにもまして体にあたる風が心地よかった。




「なに、ちょっとした野暮用さ、聞いておきたいことがあってな」




 城嶋さんは様子を窺うように僕を一瞥して、そのように言ってきた。



 故に僕はその”聞いておきたいこと”とやらの内容に耳を傾ける。

 



「…………」




「…………」




 だけどどういう訳か直ぐに問いかけられることはなく、暫くの間保健室には沈黙が訪れる。



 城嶋さんにしては珍しく随分と煮え切らない様子だった。



 聞いて置きたい事というのは、それほどまでに聞きにくいことなのだろうか?




「……お前は、どうして頑張る?」




「……はい?」




 質問の意味が理解しかねる。僕は思わず間抜けな声で聞き返してしまった。



 そんな僕の様子に、城嶋さんは先ほどとは打って変わって、僕を真正面から見返してくる。




「お前はどうして頑張る? 常日頃お前の行動を見ていても疑問に思ったことだが、今日のお前は異常だった。何故倒れる程に、意識を失う程に頑張れるんだ?」




 その眼に見えるのは疑念の色、心底分からない、城嶋さんの表情はそれを語っていた。



 確かに、今日の僕の行動を言い表すのならば愚かの一言、自分の力量をわきまえず、自壊覚悟で走りぬいたその行動はどこか狂気じみていたかもしれない。



 城嶋さんが疑問に思ったのも、そういった面に関してのことなのだろう。




「何でと言われると難しいですね、僕自身あの時はちょっと色々思う事がありましたから、でも、まあ、あえて言うなら――」




 僕はあの時――今もだが――不安で一杯だった。



 僕の持つ力の真の意味、それのせいで押しつぶされそうだった。



 僕は正直、状況を客観的に俯瞰することで現実から逃避しようとしていたのだろう。



 そう考えると、もしかしたら、適当に走り、倒れることもなく、ここにくることもなかったのかもしれない。



 あの時の僕には、そういったIF(もし)も確かにありえたのだ。 



 でも、それでもそうならなかったのは、本当の直前にかけられたあの一言があったからだろう。



 そう、あのバトンを繋いできた修司君の一言だ。




「――頼まれたからです。走り出す直前、修司君に頼むといわれました。多分それがあったから何だと思います」








 ――――頼む――――







 そう、たったそれだけ。たったの一言。 



 そのたったの一言こそが、複数あった僕の選択肢を――唯一にしたのだ。



 事実は、それだけのこと――

   



「――っ!? まて! 本当にそんな事なのか? たったそれだけのことなのか?」




「? え、ええ、まあそうなりますね」




 僕の答えを聞いて狼狽する城嶋さん。



 確かに頼まれたから――それ故に、ぶっ倒れるまで無理をしたというその事実は、奇怪なことなのだろう。



 でも、そうだとはいえ結局、本当にそれだけのことなのだから仕方がないと思う。



 でも、だからといってこれ程までに狼狽するようなことでは無いように思える。



 それとも、余りに単純な理由に、拍子ぬけでもしたのだろうか?



 僕は城嶋さんの様子に小さく首をかしげた。




「――っく、は、ははは、あははは、頼まれたから? 俺はそれに負けたのか? それだけのことでお前は俺に勝ったのか? たった”それだけのこと”に俺は負けたのか? ……たったそれだけの事にっ!」




 そして城嶋さんは、狼狽した様子から一転し、高らかに笑い始めた。



 いつもとは明らかに違う城嶋さんに、今度は僕が戸惑う。



 一体、今の話の何が面白かったというのだろうか?

 


 城嶋さんは、そのまま暫く笑い続けた。

 


 どれだけその笑い声は続いたことだろうか? 声高らかに笑う不自然なその様子に、僕はただただ呆然としていることしか出来なかった。




「――そうか、”その程度の事”にも負けるようじゃ、やっぱり”これ”は間違っていたってことかんだな、……結局何の役にも立たなかった。いや、”役に立たない”という事実に、気がつけた事だけでも意味があったのか、まあ、とにかくこれで踏ん切りがつく」




 不意に城嶋さんは笑う事を止めた。



 そして、僅かに俯き加減で僕の方を改めて向いてきた。




「――霧生」




「は、はい、なんでしょう?」




 突然かけられる声に、僕は慌てて返事を返す。




「――この後でいい、しばらくしたら俺はお前の教室に行く、だからお前も来てくれないか? ちょっとした用事がある」




「……今じゃダメなんですか?」




「ああ、この後俺はやらなければいけないことがあるんだ、悪いが頼まれてくれるか?」




 支えを失った様に、どこか朦朧とした雰囲気を醸し出す城嶋さん、その様子に僕は密かに寒気を覚えた。



 でも、城嶋さんの頼みを断れる”雰囲気”ではない。僕は嫌な予感を感じながらも、首を縦に振った。




「そうか、感謝する――それじゃあまた後で」




 そうして城嶋さんは、僕に背を向け、一度も振り返ることなく、保健室から出て行った。






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