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◆室月中学校 校庭--SceneⅢ それぞれの葛藤





 結論からいえば、今日のあいつは朝から変だった。



 朝、私を起こす際に見せた奇行、通学路での虚ろな態度、距離を置きながらそのくせ泣きそうな顔で私を見てくる態度。



 腹が立った。そして、同時に悲しかった。


 

 いつもと明らかに違うその態度で、あいつに何かがあったことなど明白なのに、私に何も言ってきてくれない。



 昨日私のことを”特別だ”と言ってくれておきながら、そのくせ頼ってくれていないのだと、そんな事を考えてしまう。



 勿論私からは何度も声をかけた。



 唯でさえ真っ青な顔なのに、それでも自分の仕事を自分一人で、何とかこなそうとするあいつの姿は、見ているだけで痛々しかったからだ、



 でもあいつと来たら、そんな私に向かって曖昧に笑いながら、一言「自分は大丈夫だ」と弱弱しく返してきた。



 そう言ってくるその姿が、既に儚くて、今にも壊れてしまいそうで、私はそれ以上何も言えなくなった。




 大丈夫な筈がないのに――




 あの”大丈夫”、私は知っている。あれはあの時の”大丈夫”と同じ。



 体の弱いあいつが私たちに心配をかけまいと、必死に笑みを浮かべながらに口にする”大丈夫”と言う言の葉。



 去年の、何に対してもから回らし、絶望の淵にいた全がよく口にしていたことと同質。



 ……――そんな顔で言われたら余計に心配になるじゃない。



 昨日のあいつはあんなにも暖かい言葉をくれたのに、私はあいつを見ていることしか出来ない。



 その事実がひどくもどかしかった。

  


 せめて、せめて……何事もなく競技が終わってほしい、私はそれだけを密かに心のうちで祈っていた。



 そう、祈っていたのだ。祈っていた、というのに……




 ――最終競技、そこで全は見事にやらかしてくれた。

  



 三位でバトンを渡された全、あいつの足の速さは嫌と言うほど知っているけど、一位の人とは結構離されてしまっているし――第一、前を走るのは城嶋君だ。



 流石に彼が相手ではいくら全でも無理だろう――私はそう思っていたし、このリレーを見ていた殆どの人がそう思っていたことだろう。


 

 だけど、遠目に見えた全は、目に見えて酷い顔色をしていながら、その実真っ直ぐと城嶋君の背中を凝視していた。



 それを目にした瞬間、私の中に嫌な予感がよぎった。



 だって私は知っている。あれは他でもない、あいつが”ゲーム”の時に私に向けてくる眼だ。




 全は勝負を投げ出して、いない――――

 



 そして私の周囲は割れんばかりの声援に包まれた。



 全はスタートするや否やすぐさま二位の人を抜き去り、少しづつ城嶋君に肉薄していったからだ。



 その光景はまさにデットヒート、最終競技に見合う競争、応援が沸き立つのも無理はない。

 


 だけど、走る全の表情は今にも泣きそうだった。



 今朝に一度目にしたが、あいつはあんな顔人前で滅多にすることはないというのに、今それを浮かべているという事は、ひとえに、あいつがそれだけ追い込められているという事に他ならない。



 その姿があまりにも痛々しくて、私は正直直視していることが出来なかった。



 この光景を目にして、どうして周りはこんなにも騒ぎ立てることができるのか。



 それを酷く疑問に思い、同時にひどく腹立たしかった。



 

 ゴール直前、あいつの走りはさらに速くなった。そして、それと同時に、ついにこらえ切れないとばかりに涙を溢した。



 その光景にようやく観客たちから愴然とした声が上がった。



 でも、その頃にはもうすでに私の関心は微塵もそちらには向いていなかった。



 順位なんてどうでもいい、一位でなくても構わないから、とにかく早くゴールして欲しかった。 



 結果、突き出すように張られた全の胸は、城嶋君より体半分ほど早くゴールテープを切っていた。



 瞬間、はしゃぎだしたクラスメイト達が私の視界に割って入ってくる。

 


 優勝が決まって嬉しいのは分かる。でも、邪魔でしかない。



 私はなりふり構わずクラスメイト達を押しのける。きっと押しのけられた方は怪訝な顔をしているだろうが、今はそんなことに気を回してはいられなかった。




 全はどうなったのか、あいつは大丈夫なのか、もしあいつに何かあったら――私は!




 クラスメイト達を押しのけ、やっと開けた視界の先、そこに見えた光景は――――




 ――――あいつが、膝から崩れ落ち、地面に倒れるその姿。




「全ッ!!」




 この時、私の心臓は不安で一瞬止まった気がした。






■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




 

 

 その影は、寸前で俺の勝利をかすめ取っていった。



 走っている最中、あいつが追いすがってくる存在感は確かに感じていたが、スピード的に追い抜かれることはない、俺はそれを確信していた。



 けれど現実は無情、俺の思い浮かべていたシミュレーションは、いとも容易く覆えされていた。




「流石霧生、でかした!」




「最後の凄げえな、俺感動した!」




 あいつの傍に、あいつの仲間が駆け寄る。賞賛の言葉、それが現実を俺に思い知らしめる。



 俺は呆然と脚を止め、荒れた息を整える。ぐちゃぐちゃな思考も一緒に整えようと努力する。



 だが、視界に入る俺よりも遥かに小さな背中が、それを許さなかった。




 ただ呆然と立ち尽くしていると、視界に変化が訪れる。



 俺と同様、クールダウンするようにゆっくりと走っていた目の前のあいつが、突然糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。




 その様子に、騒然となる外野。すぐさま駆け寄るあいつのクラスメイト達。



 そして、その中には――




「全ッ!! ちょっと、しっかりしてよぅ」

 



 必死にあいつに語りかける彼女の姿。



 その光景に、ギリッ! と音が出るほどに奥歯を噛みしめていた。



 そうしていると、優しく肩を叩かれた。



 振り返れば、リレーを一緒に走った仲間たちがそこにいた。




「会長、ドンマイだ。ありゃしょうがねえって」




「同感、最後のあいつおかしい位に速かったからな、ありゃあんたじゃなくても抜かれてたよ」




 慰めの言葉をかけられるも、何も言い返せなかった。



 再び視線を戻してみれば、担架を持った職員たちがあいつに駆け寄いる場面。




「お、おいおい、あいつ大丈夫かよ? 倒れるとかどんだけ?」




 仲間の声がするも、今度は振り向かない。




「……霧生、お前は何で」




 担架に乗せられようとしているあいつから目が離せない。



 ……――なんでだ。なんでお前はいつもそうなんだ。倒れるくらいなら――――何で俺に勝ちを譲ってくれない!



 担架に乗せられ、校舎へと運ばれてゆくあいつから目が――離せなかった。





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