◆水鳥家--SceneⅡ 起床時に起きた不可解な事
今――私は出来るだけ自然を装いながら、ベッドに横になっていた。
いつもならばこの時間帯、私は夢の中の住人なのだけれど、今日だけは目覚まし時計を利用して、今から三十分ほど前に目を覚ましていた。
何故私がこんな事をしているのかというと、何を隠そう全に一矢報いるため。
私は朝が弱い、認めたくはないけど――本当にこれでもかというくらいに朝が弱い。
そんな私を見かねて、いつ頃からか、全が毎朝起こしに来てくれるようになった。
その行為自体は本当に嬉しいし、凄く助かっている。
けど、優しく起こせばいいものを、あいつときたらいつもいつもでこピンで私を起こしてくる。
そのでこピンというのが、もうなんて言うか、すっっっっごく痛いの!!
もう何度もでこピンで起こすのは止めてといってるのに、あいつは昨日もそれで起こすものだから、いい加減私の堪忍袋の尾も限界。
そういう訳で、私は今こうして狸寝入りをしているわけなのであった。
コンコンッ!!
……――来た!!
ノックの音が聞こえ、私は身構えた。
といっても気持ちだけなのだけど……
数秒の沈黙の後扉が開く音がする――足音が近づいてくるのに従って、緊張の度合が加速する。
こんな時、私の魔法は本当に便利だと思う。
目を開けていなくとも、全が近づいてくる様子が手に取るように分かのだから。
私は密かに、部屋の中の振動を読み取っていた。
「一葉ちゃん、一葉ちゃん、朝だよ、起きて」
全の声とともに、体が揺れる。そんなに強い揺れでは無い、むしろ気を使うように優しい揺らし方だった。
ちょっとだけ面食らう、それはてっきり、近づいてきて即でこピンかと思っていたからに他ならない。
だが、あえて反応を示さない。そう、今回抗しているのは全の毎回の行動を改めさせるためだから。
ちょっと卑怯かも知れないけれど、私は改めさせるために全のでこピンといアクションを待つ。
溜息を吐く音が聞こえ、全が動く気配を感じた。顔に近づいてくる手の気配。私は内心でほくそ笑む。
「っ?!」
息を呑む音が聞こえた。それと同時に伸ばされかけた手が止まるのを、私は魔法で読み取った。
ドキリとする。一瞬私の狸寝入りがばれたのかと思った。
見破るなんて全のくせに生意気だ――なんて事を心の中で密かに思う。
そんな事を考えながらとりあえず様子を見る私、出来るだけ動揺を出さないように、出来るだけ穏やかな呼吸を意識する。
だけど、私の予想に反しそのままの状態で、その状況は数秒間続いた。
「……?」
……――私の狸寝入りに気がついた訳じゃない?
直感的にそう思う。でもそれだと手を止めた原因がわからない。
「っうく!」
今度は呻き声が聞こえていた。
目が開けられないから、あいつが今どんな様子なのかは分からないけど、いったい何に戸惑っているのか私はますます分からなくなった。
何かがおかしい――――私は密かにそう思う。
だがそう思った矢先、とうとう空中で止まっていた手の気配に動きが感じられた。
先に感じた違和感はどうにも気になるけど、とりあえずそれを一時保留にし、私はあらためて身構えることにする。
とりあえずでこピンしようとする全の腕を掴み取る。
そうすれば現行犯だ。
言い訳は出来ないし、させない!
私は伸びてくる全の手を待ちうけ、近づいてきたその手を――――
「ッッ!!!!」
……――いやちょまっえぇ!?
びっくりした! これでもかというくらいびっくりした!? 声を出さなかった自分を大いに褒めたいよぅ――
伸ばされたその手は、私の予想していた軌跡を通ることなく、あろうことか私の右頬へと行きついていた。
優しく撫でてくるその掌は、驚くほどに冷たくて、その冷たさは現実逃避しようとする私の意識を強引に現実にとどめると同時に、触れているのが全だという事を認識させる。
過去何度も繋いだことがあるから分かる。あいつの手はいつも冷たかったから。
手が冷たい人は心が温かいっていうのは良く聞く俗説だけど、こいつに限れば本当のことだと思う。
でも今この時、その冷たさが驚きの度合いを大きくさせているのは、たぶん間違いじゃない。
私は内心で騒ぎ散らしながらパニクった。優しく頬を撫でてくる冷たい掌の感触は、私の理性を容赦なくガリガリと削ってくる。
鼓動は早鐘、一気に流された血流は、おそらく私の頬にこれでもかと言うほど赤く色づけていることだろう。
……もしかして、私の狸寝入りに気がついて悪戯をしてきたのだろうか?
混乱する頭でそんな事を考えるも、すぐさま否定――
あいつの性格など熟知している。
あいつがこういう行動をしてくるときは殆どの場合無自覚な時だ。
決して確信犯でこんなことをする奴じゃない。
……まあ、無自覚だからこそ性質が悪いということもあるけど。
とにかく、この状態は心臓に悪いため、出来るだけ早く何とかしないといけないと私は思った。
だけど私は低血圧だ。当然寝起きは悪い、だからこそ全が起こしてくれるのだけど――そんな私がいきなり目覚めたら今までのが狸寝入りだという事がばれてしまうだろう。
起きたいけど、起きられない。
私がそんな葛藤をしていると、あいつの優しい掌の動きに変化が訪れた。
ゆっくりと私の頬を撫でながら、全の指は下へと――私の首元へと延びてゆく。
…………
――それ以上は流石にダメぇ!!
私は流石に、なりふり構わず目を開いた。
「――っあ」
そうして飛び込んでくるのは、やはり全の顔、だけど、そこにある表情は私の予想に反したものだった。
私はてっきりあいつのことだから優しく微笑んでいるかと思ったのだけど――
全の顔は、今にも涙を流してしまいそうなほど、悲しそうに歪んでいた。
予想外の表情に思わず固まる私。
「――――ッ!!」
そんな私に気がついたのか、全は表情をそのままに慌てて手を引っ込めた。
「――っ、ご、ごめん一葉ちゃん、僕外で待ってるから!!」
そう言うと、慌てて私の部屋を飛び出してゆく全。
私はというと、しばしの間呆気にとられた。
ゆっくりと上半身を起こし、僅かに開いている部屋のドアを見つめる。
いつもならば慌てていようともきっちり閉めて出ていくのに、今日は明らかに変だった。
それに何より、私はあいつのあんな悲しそうな顔など殆ど目にしたことのないものだった。
何が何だか分からない。
「―― 一体、なんだっていうのよ」
部屋にひとり取り残された私は小さく小さく、呟いていた。