◆霧生家--SceneⅡ 第三の魔法と自分の役目
半開きの扉のドアノブに僅かに手をかけた状態で固まる僕。
一さんの言葉が、よく理解できなかった。
全兄さんとはいったい誰だ、僕と同じ名前の読みであるけれど、ニュアンス的に僕とは違う誰かであるようだ。
でなければ父さんたちが”兄さん”などという名称を使う訳がない――
自分の心臓をえぐり出す――――そんなことをすればその先に待ち受ける結末は一つだけだ。
僕には勿論自殺願望なんてありはしないけど、まるで一さんは僕が必ずその行動をとると言いきっているようではないか。
心臓をえぐり出す? そんなことする筈がないのに――
「僕は不憫でならない、不憫でならないよ!! 僕と同じ目にあわなければならない一葉が! そして何より自分の意志とは無関係にそれをさせられる全君が!!」
木製の扉一枚隔てた向こう側では、更に続く一さんの声。
体が動かない、いや動かそうとしていないのだからそれが当たり前、それほどまでに僕の頭はぐちゃぐちゃだった。
訳が分からない―― 父さんたちは一体何を話しているのか、一さんは一体何に憤慨しているのか――
そもそも僕は一体何を考えているのか――
僕の頭は完全にデッドロック状態、思考のためのリソースが足りない、故に動けない。
だから――――
キィィ――……
震える僕の手が、半開きであった扉の戸を僅かに押したこの行動は、完全に無意識下でのものだった。
「っ?! 全君、何時からそこに!」
「…………」
扉の開閉に気がついたのか、部屋の中から二対四つの瞳が僕に向けられた。
一さんはひどく狼狽した様子で僕に声をかけ、父さんはただ静かに見つめてくる。
――その視線からはなにも読み取れなかった。
そんな調子で僕たちはしばらく固まっていた。
沈黙がやけに長く感じる、僕にはその間が体感的に一時間にも二時間にも思えた。
だが、所詮それは体感に過ぎないのだろう。
事実静かな部屋の中には時計でも置いてあるのか、等間隔のチクチクという音が微かに聞こえてくる。
だからこそ、その音で僕は時の流れの正確さを漠然と感じ、同時にその体感はやはり錯覚でしかないものだと実感する。
「……帰っていたのか、全、ならば丁度いい、お前に話さなければならないことがある」
不意に、父さんが口を開く。
父さんのそれに一さんは、はっとした様子で慌てだす。
「おい悠馬!? 全君! 話なんてない、なんでもないんだ! だから早く自分の部屋にでも――――」
一さんはおそらく”戻りなさい”、とでも続けようとしたのだろう。
だが、僕はその言葉を紡ごうとする一さんじっと見つめた。
確かに嫌な予感はする。父さんが何を話そうとしているのかは分からないけど、聞いてしまったら何かが終わってしまいそうで、ただ漠然とその話を聞くのが怖かった。
だが、何故だろう、怖いという想いと同時に、何故か聞かなければならないような、聞かないと後悔するようなきがしたからだ。
そんな僕の想いを感じ取ったかのように、一さんは言葉を詰まらせる。
そして、言葉を詰まらせた一さんを見て、父さんが動き出す。
その行動に一さんはどこかやり切れない様子で顔をしかめるも、とうとう黙り込んでしまった。
その間に父さんは僕へと歩み寄り、そして一冊の本のようなものを差し出してきた。
正式な出版物ではないのだろう、差し出されたその本は表紙こそしっかりとしているものの、紐で結んだだけという装丁。
ぞんざいに扱えばそれだけでバラバラになってしまいそうな、そんな見た目の古書であった。
僕はそれを受取、恐る恐る開いてみる。
所々汚れが目立ち、筆によってえらく達筆な書かれ方をしているが、それがどういったものかは直ぐにわかった。
人物名の書かれたこれは――
「――家系図?」
「そうだ、それも”霧生家”のものだ」
なんでこんなものを? と僕は思ったが、とりあえず始めの方から順にページをめくってみる。
今まで僕は父さんたちに血縁に関して深く聞いた事はなかったので、当然知らぬ名ばかりがのっているものばかりだと思っていた。
「――――ぇ?」
だが、ページをめくるたび、それは飛び込んできた。
「元々霧生の家は”水鳥”の分家に当たる。それはお前も知っているだろう? そしてこの二つの家には性質の良く似た二つの継続魔法が存在することも、な。だが、この二つは”良く似た”魔法だが”同じ”魔法ではない。全、お前はそのことについて深く考えたことはあるか?」
父さんが何かを語っている。
――僕はページをめくる。
「元々同じ家から別れたのに何故同じ魔法ではないのか、それは意図的に二つに分けられたからだ。その昔水鳥の家は”全ての衝撃”を自在に操る魔法であったらしい。だが、”衝撃”と一言にいってもその用途は雑多。いったいその魔法を、どういった方向性にどの様に極めるか、どのようにして最も優れた”衝撃使い”を生み出すのか、それが水鳥家の課題だったようだ」
――僕はページをめくる。
目を疑ったが、だが事実割と頻繁にその名前は載っていた。
「やがて、その家はある手法の存在を知り、一つの結論に至った。一人で極めるのが難しいのなら二人で極めさせればいい。そういった考えだ。その考えに至り家は二つに分かれた。水鳥家は”空間に作用する衝撃”、霧生家は”自分と物体に作用する衝撃”、それをそれぞれの”長男”に極めさせるそのためにな」
僕はページをめくった。
霧生 全、霧生 全、霧生 全、霧生 全――
なぜか”僕と同じ名前”がいっぱいあった。
気になる最たる事は、そのどれにも書かれている一文
――――享年 二十歳――――
「後は簡単だ、片方の家は極めたその魔法を、そのとある手法を用いて一方の家の長男へと譲渡し、必ず一代に一人最強の”衝撃使い”を生み出させる。さらに力の譲渡は”霧生家”の者が”水鳥家”のものに行う事が決まっていて、霧生家の魔法にはその譲渡のための専用の”魔法”が組み込まれているんだ。それこそ本人の意思など関係なく、必ずそれが行われるようにするために、な、まあ、最早それは”魔法”ではなく”呪い”といったほうがいいのかもしれん」
そこまで聞いて、僕は先ほどの一さんの言葉の意味を理解した。
力の譲渡――父さんは随分と包み隠した言い方をしているが、それを行う方法などこの世に一つだけだ。
それは、この世に存在する魔法形態の内最も異端に当たるそれ。
相手の心臓から生血を直接摂取することによって、相手から魔法と、その魔法を扱う経験と技量を奪い取り、それ行使する第三の魔法。
――”偽造魔法”
それは僕たち継続魔法持ちの人間が最も恐れるものであった。
僕もその手法を聞いた際には、身が震えた覚えがある。
心臓から生血の直接摂取、つまりその行為によって継続魔法持ちがたどる道は唯の一つ、”死”のみだ。
ちなみに僕たち継続魔法持ちが、それを隠すのを常識としてる理由の一つだったりする。
つまり――自分の心臓を自分の手で抉り出した―― 一さんの一言はそういうことだったのだ。
そしてついでにもう一つの疑問の方も嫌々ながらに理解してしまった。
「……じゃあ、さっき一さんが言ってた”全兄さん”っていうのは」
「――恐らくお前が思っている通りだ。全兄さんは俺の兄で魔法を一に渡すために命を落とした。いや、その家系図に書かれた”霧生 全”は皆それを同じくしている。
皆、“二十歳に水鳥の者に魔法を受け渡す”とい行動の強制された我が家の継続魔法の効果よってな。つまり”霧生 全”は霧生家の長男の総称、そしてお前もそうなるかも知れないうちの一人――――」
一さんが苦い顔をしている。今なら先ほど一さんがなぜあれほど慌てていたのか容易に理解できる。
そして、なぜ僕にこれを聞かせるのを拒んでいたのかも――
――だが、今頃一さんの真意を理解したところでもう遅い。
目の前では父さんが、悲しそうな目で、だけど真っ直ぐに僕を見下ろしながら、言う。
「――――”全に至る為の衝撃”を水鳥家の者に譲渡し、水鳥の”一の欠けた衝撃”を”衝撃の全一”へと昇華させる為の存在、八代目――霧生 全だ」
その言葉に、僕は呆然と立ち尽くした。