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◆九月十二日 午後六時十五分―――霧生家--SceneⅠ 立ち籠める暗雲





「じゃあまた明日ね、一葉ちゃん」




「ええ、明日の朝もしっかりお願いね。言っておくけど今日みたいにでこピン使うんじゃないわよ」




「…………」




「こらぁ! そこで黙るな!!」




「――――ゼンショスルヨ」




「ちょっ! そこまで棒読みだと不安しか浮かんでこないんだけど! ちょっとあんたとは一度深く話し合わなきゃいけないみた――」




「じゃーねー」




 僕は続きそうであった一葉ちゃんの言葉の流れをぶった切って、さっさと家の中へと入った。



 扉を強引に閉めて数秒、僕は扉に軽くうつかかりながら傍観する。



 扉の向こうでは、そんな僕の行動が気に入らなかったのか、一葉ちゃんが声を荒げて何かを言っているのが聞こえた。



 だがそれもそう長くは続かない、しばらく無言を押し通していると扉の向こうは静かになって、そしてその数秒後、お隣の家の扉の開閉音が微かに僕の耳へと届いた。



 どうやら一葉ちゃんは諦めてくれたみたいだ。



 僕はホッと小さく息を吐き出した。





 ……――悟られずに済んだ。





 体の節々がギシギシと軋んでいるのが分かる、僅かに頭痛と吐き気を感じる。



 正直なところ、僕はそろそろ限界だった。



 白聖祭の準備で学校中を駆け回っただけでも結構な労力であったのに、ゲームで”痛感断絶”まで使ってしまったのだから、当然と言えば当然なのだろうけれど……



 僕は弱っちい自分の体を少しだけ恨めしく思いながら、靴ひもを解こうとその場にしゃがみこむ。




「――あれ? 母さんいないや、それに誰だろう、お客さんかな?」




 そこで僕は気がついた。



 しゃがんだ土間先には見慣れた大きな皮靴と、それより一回り小さいサンダルがひと揃えずつ――そしてそのそばの床にはスリッパが一式、どれもそろえてその場に鎮座していた。



 大きい皮靴は父さんのものだ。つまりそれは父さんが家にいることの証明。



 スリッパは母さんがいつも家の中で履いているもので、これが玄関先にそろえて脱がれているという事は、母さんが外室中だということを示している。




 だが、このサンダルは誰のだろう? 僕はなんともなしに首を捻った。



 別に家に誰かが来ていることに変わりはないのだから、悩むことなど不毛なのだろうけど、悩んだのは何となくそのサンダルには見覚えがあったからだ。




「まあ、いっか、ただいまー」




 はち合わせるのであれば、挨拶くらいは確りしないと――と、そんなことを考えながら、僕は疲れきった体を引きずり、取り合えず台所へと向かう。



 誰もいないらしく、台所は真っ暗だった。



 いつもならば、母さんが夕飯の用意をしている時間帯のはずだけど――


 

 僕はそんなことを考えながら、台所の入口付近の壁に手をやり、手さぐりで明かりのスイッチを探し出し、そしてつける。



 チカチカと二度ほど点滅を繰り返し、我が家の台所は光を灯す。

 


 誰もいない台所に踏み込み、中を見渡してみる。――と、テーブルの上におかれているメモ帳に違和感を覚えた。



 このメモ帳、いつもなら居間の固定電話の横に置かれているものだ。



 それがなんでここに置いてあるのかは分からないけど、僕はとりあえずそれを覗き込んだ。




 ――――ちょっと買い物に行ってきまーす お母さんより――――




 メモ帳には簡潔に一言、それだけが書かれていた。書き置きのつもりなのだろう。



 合点がいった。それで母さんがいなったのかと、僕は心の中で納得する。




 母さんは結構妥協を許さない人だ。



 なんでも昔はその性格を大いに発揮し、職場の働き頭としてブイブイ言わせていたとかなんとか。



 父さんに一目ぼれして結婚退職し、今でこそ垢抜けてあんなだが、それでもその性格はいまだ健在で、しかもそれは買い物などの時に結構発揮されたりする。



 しかも、母さんは調理師の資格を持つほどに料理に情熱を注いでいたりするものだから、とりわけ食品関係の買い物は時間がかかるのだ。



 もし、今母さんが食品関係の買い物に行っているとするならば、もしかしたら夕飯は相当遅くなるかもしれない。

 


 僕は気がついたその事実に大きくため息を吐き出しながら、とりあえず鞄を置くために自分の部屋に向かうことにした。



 僕の部屋は二階、痛む間接を気遣いゆっくりと階段をのぼりながら考える。





 ……もし、夕飯が遅くなるようなら、それまで寝るのもいいかもしれない。





 幸いなことに、白聖祭のおかげで宿題はないし、つかれている今日ぐらいは受験勉強の時間を少しくらい削ってもいいかな、とか、そんな些細なことを考えながら――――






 でも、現実は無情だった――――






「―――、―――――! ―――――、――――――――っ!」




「―――――、―――――」




 二階にたどり着くと、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。一さんの声だ。



 その声を聞いて思い出す。



 玄関にあったあのサンダル――よく一さんが履いているものだった。



 一さんと父さんの声、信じられないが口論しているような口調だった。



 声を荒げている一さん、温和なあの人があれだけ声を荒げるなんて珍しい。




 ――何かあったのだろうか?




 自分の部屋に向かっていた僕の足は、自然とその口論の場へと向かっていた。



 聞こえてくるのは、二階の突き当りの部屋。



 いつもは鍵が掛っていて入れない場所で、父さんにただの物置だと聞いている場所だ。



 そんな部屋でいったい何があるというのだろうか?




「――別にそうは言っていない、だが、これは伝えなければいけないことだ」




「――確かにそうだがっ! それでも全君はまだ中学生、十五の子供なんだぞ!! いきなりそんなこと言われたらあの子の心はどうなってしまうか!!」




 そっとドアの前に近づく、ドアは僅かに開いていて、隙間から父さんと一さんの姿が見て取れた。



 僕の名前が聞こえた。どうやら僕に関係ある話らしい。




「だが、伝えてやらねば、これは必ずあいつに訪れることだからな」




「悠馬、お前は分かってない!! 兄さんの最後を見ていないからそんなことが言えるんだ!!」




 何となく嫌な予感がした。



 ここにいてはいけない――



 この話は聞いてはいけない――



 そう僕の自衛本能が語りかけてくる。



 だが、それでも僕の足は、まるでその場に根を下ろしたかのように、動いてくはれなかった。




「…………」




「全兄さんはな!! 僕の目の前で、自分の心臓を自分の手でえぐり出したんだぞ!! それでもお前は言うのかよ!! お前もいずれはそうなるんだなんて、全君に言うのかよ!!」  






 ――――― 一さんのその言葉は、僕の中に強引に割り込んできた気がした。






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