◆灯台ふもと--SceneⅣ 疑心のもたらした結果
結局あの後、私は学校中を探し回ってようやく全を見つけ出した。
――だというのに――私が必死で探していたというのに、あいつときたら、見つけた時には呑気にお茶なんて飲んでいる始末。
挙句の果ては、先生の胸を見て赤くなって――――別につねったところで問題ないよね?
でも、その報復の結果、あいつが赤面したことに対する憂さ晴らしにはなったけど、それだけだった。
――――あいつは! 霧生は! 君を必要としているのかな?――――
その一言は私の心を蝕んでいるかのようで、結局モヤモヤとなって残ってしまっている。
……結局のところ真実はどうなのだろう?
私は動き回る全を意識して見る。私に向かってくる全の様子は変わらない、いつもと同じだった。
いつもと同じであるはずなのに……今日ばかりはその全容ではなく、内面が、あいつの心のうちがひどく気になった。
全は何を考えているのだろう、何を考えて先ほど女の子の猫を助けてあげたのだろう、何を考えて私に向かってくのだろう――――
今までそんなことはあいつに聞いたことがなかったから、勿論分かるわけがない。
だからこそ、良くない想像ばかりが私の頭の中を廻りに廻る――――
あいつは私に諦めることなく挑んでくる。
魔法の能力差に愚痴を溢しながら、それでも私に向かって頑なに挑戦し続ける、自分に備わるその力のみで、物事を成し遂げんとするその姿。
想像でしかないけれど、もしかして――もしかして――もしかして……
あいつにとっての私は、ただのハードルと同じで――
――越えるべき障壁でしかなかったとしたら?
「っ!?」
そこまで考えて、私は目の前が真っ暗になり、思わず倒れそうになった。
私が必要とするあいつの、私に対する認識が、ただの”越えるべき壁”でしかないなんて、いや過ぎる。
私はその考えを振り払うように、強引に頭を振った。
でも、その程度のことでは、その考えが消えてくれるわけもなかった。
「……そんなはず、ないよね?」
思わず、小さく呟きを溢す私。
小さすぎるその呟きに当然あいつは何も答えてくれなかった。
そんなことはないと信じたいけれど、一生懸命私へと挑むあいつを見ちゃうと――完全に否定する事が出来ない。
……――嫌、だ。そんなのは嫌だ!
でも、でも、もしその考えが正しいのだとしたら……もし仮に、それが正しいのだとしたら――
私は一体どうすれば――?
――そこまで考えて、ふと、ある妙案が思い浮かんできた。
先ほどは力が抜けかけたが、今度は四肢に思わず力が籠るのを、私は自覚する。
そうだ、もし私があいつにとって”越えるべき壁”でしかなかったとしても、構わない。
そうだとしたら、私が高くあり続ければいいだけの話。
そう、あいつがいくら頑張ったところで、それを全く寄せ付けないほど高く。
あいつを今までと同じように、吹き飛ばし続ければいいだけのこと。
あいつの目標であり続ける限り、私はあいつの特別であり続けることができる。
そうすれば、あいつは私を見続けてくれるだろう。
「――――負けられない」
決意の言葉が私の口から思わずこぼれた。
希望が見えた。今までと同じように、あと二分弱持ちこたえれば、少なくとも次のゲームまでは、あいつにとって私は特別であることができる。
そう思った――――
だけどそんな私の考えは考えは、逆に見事に吹き飛ばされた――――私はそれに気がついた瞬間凍りつく。
全が目の前からいなくなっていた。
なんという愚か、先ほどの良くない思考のせいで、私は刹那の間とはいえあいつの動きを追うことを忘れていたのだ。
焦る、焦りながら私は急いで”空間の振動”を読み取った。
全の居場所を早く知らなければ、その思いがさらに私を焦らせる。
散りそうになる意識で強引に集中した結果、全の居場所は左後五十二度、六メートル後方に振動を感知した。
私はそれを知り、とりあえずホッとすると同時に、少しばかり驚愕する。
今までこれほど距離を詰められたことは、ほとんどなかったから。
全は、少しだけど確実に、私のもとへ至ろうとしている――飛び越えようとしている。
――怖い。
私は左後方へと振り返る。そこには確かに全の姿があった。
少しばかり肝を冷やしたがなんてことはなかった。
怖いけど、”まだ大丈夫”。
これであいつを吹き飛ばせる。
その動作は今までと同じで、そして之からも変わらない、否変わらせない。
私が”全から必要とされる”ために――
だが、私が全の姿を視界のとらえ、今まさに吹き飛ばそうとしたそのとき、ズグムッ! という鈍い炸裂音とともに視界に移る全の足元が爆発した。
「――え?」
それはまさに一瞬の出来事、それまで六メートルあった全との間合いが、その刹那の間に二メートル程度にまで急速に縮まっていた。
「ッッ?!」
速過ぎる!? それを知覚するのと同時に、再び私の心臓は早鐘のように鳴り響いた。
何をしたかは分からなかったが、今のはまさに、今まで見て来た全の動きの中でもダントツ、いや桁違いの速さだった。
拙い、まずい、マズイ――――
視界に移る全は、左手を突き出しながら私に迫る。
余裕などあるはずがない、急いで全に衝撃をぶつけないと!
私は何時ものように、なぎ払う動作をするため左手を振り上げた。
だが、余裕をなくし私を尻目に、全は咄嗟にしゃがみ込み、突き出した左手をそのまま地面へと押し当てた。
ドンッ! という鈍い衝撃音、それと同時に立ち込める土埃。
――そして私は再び全の姿を見失った。
私にはもう訳が分からなかった。
「ッ! こっのぉ!!!」
私はただ我武者羅に、なぎ払うように目の前に衝撃波を発生させる。
その衝撃波は目の前の土煙を一掃させるように吹き飛ばした。
――が、それだけだった。
土煙を吹き飛ばした結果開けた視界のなかに、全の姿は見られない。
目の前で全の姿を見失ったというその事実に、最早私は何も考えられなかった。
と、次の瞬間――――パシッ! と右の肩に軽い衝撃を感じた。
唖然と私はそちらへと顔を向ける。
するとそこにあったのは――――
「僕の勝ち、だね」
私に満面の笑みで微笑む幼馴染の姿。
それを見て、私は初めてこのゲームで全に負けたことを自覚した。
血の気が引いた――――勝てば良い、勝ち続ければ良い、勝ち続けなければならない、そう思ったばかりなのに、その結果は、絶対にあっては成らないものになってしまった。
「あ、あぁ――――」
続けられない、必要ではなくなってしまう、特別が終わってしまう――――それを思うと、私の目からは自然と涙が零れ。
一つこぼれたら、最早止める術はなく。
「ああ……うぐっ、ひっく、うわあぁぁぁ――――――――――――――!!」
私は、恥も気にせず嗚咽を零していた。