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◆九月十二日 午後四時三十二分――室月中学校 普通教室棟 屋上




 私は屋上へと続く階段を登り切り、残るは屋上への入口である目の前の錆びた扉だけとなった。



 立て付けが悪いのか錆びのせいなのかわからないけど、ものすごく重いその扉を開けるため、私はノブを捻りながら同時に扉に体を押し付ける。



 運動云々は苦手なわけじゃない――むしろ得意な方なのだけど、こうやらないとこの扉はうんともすんとも言ってくれないのだから仕方ない。



 

 そこでふと、全はさり気なく片手でこの扉を開けていたことを思い出す。



 見ようと服装によっては、男の子とも、女の子とも取れる整った顔立ち。



 毎朝私を起こしてくれて、さり気に料理のうまい幼馴染。



 私の友達曰く、「弟、いやむしろお嫁さんにしたいっ!」というあいつは、本当に何でもないように開けていた。



 見かけは全くそうは見えないのに、結構力持ちなのは案外知られていない事実だった。




 そういえば全は不思議な動きで開けていた気がする。



 全然力を入れていない様に見えるのに、扉はフワッと開くものだから、思わず聞いてしまったことがあった。



 なんでも全に言わせてみれば、こういうのは呼吸法と力の入れ方、要は力学の応用であるから、やろうと思えば私でも出来るとかなんとか……



 力学は分からないでもないけど、呼吸法って……、という感じで結局出来ないまま今に至っている――――仕方ないよね?



 とかなんとか、そんな思いを練りながら、私はようやく屋上へと足を踏み出した。



 それと同時に心地よい開放感を味わう、吹き抜ける風が気持ちよかった。



 だが、それも束の間の感覚。



 私は屋上にいる先客を視界にとらえ、そこにいた人物に意外さに少しだけ驚いた。



 私は片手に握った手紙を軽く掲げる。




「びっくり、まさかこの手紙の主が彼方だなんてちょっと予想外だった」




「そうかい? それは少し心外だけど、来てくれたことに感謝するよ、いきなり呼び出して悪かったね、水鳥さん」




「本当にね、私としては早く帰りたいんだけど城嶋君」




「……手厳しいな」




 私の言葉に凄く微妙そうな顔をするのは、うちの学校で最も有名といっても過言ではない人物、生徒会長、城嶋 恵介君――その人だった。



 ……微妙そうな顔の理由の見当は難しくない、その見解を得るに至った原因は先ほど掲げた手紙にあるのだけれども。






 ――――貴方に伝えたいことがあります。放課後屋上で待っています――――





 私の”げた箱”という名のポストに入れられていたこの差出人不明の手紙には、ただの一言そのように書かれていた。

 


 こんなことを言っては嫌味に聞こえるのかもしれないけど、私はこの類の手紙を過去何度も貰ったことがある。



 そしてそれはほとんどの場合、同一の目的のもの。



 差出人が城嶋君というのには驚いたけど、この手紙がそれらと同一のものならば、私のとった割かし投げやりな態度がその原因だろう。



 だが、そんな城嶋君は負けじとその微妙そうな色を消し、真剣な顔つきを私へと向けて来た。



 吹き抜けの風が、そんな城嶋君の茶色の前髪を揺らすが、その先にある彼の瞳の力に揺らぎは見られない。




「そうだな、俺はそんなに独創性豊かじゃないから、だから簡潔に言う、俺は君のことが好きだ。だから俺と付き合ってほしい」




「…………」




 私は沈黙を保ちながら内心で密かに思う、やっぱりね、と。



 勿論告白自体は嬉しいし、変に飾り付けないそのストレートな物言いも正直好感触で、しかも相手が相手なだけに正直私の胸は一瞬大きく高鳴った。



 だけど、じゃあその気持ちに応えられるかといういうと、それはまた別問題。

 


 彼のことは知らぬ中ではないし、正直かっこいいと思う。



 母親譲りだという柔らかいイメージのブラウンの髪の毛と瞳は、見る者を虜にする魅力があって、事実私の友達の中で、彼の人気はダントツに高かった。



 だが、そんな彼でも私は彼氏彼女の関係になろうとはどうしても思えなかった。




「……ごめんなさい」




 だから、私のこの返答は、私の中では確定事項だった。



 私がそう切り出した瞬間、城嶋君が落胆したのが分かる。




「私には好きな人がいるから、貴方のその申し出に、私は良い返事を返すことはできないわ。だから本当にごめんなさい」




「……好きなやつって言うのは、もしかしなくても霧生のことか?」




 またしても私は動揺してしまった。



 城嶋君の言葉は正しく真実。




「っ、な、何でそう思うの!?」  



「――図星、か、そりゃ俺は君のことを見て来たからな、嫌でも分かる。毎朝仲良く登校してきて唯一君が名前で、それも呼び捨て呼ぶ男子。それに何よりあいつといるときの君はなんというか雰囲気がいつもと違うから」




 言葉が出ない、自分の頬が熱を持つのを自覚する。




 ……まさか、もしかしなくても周りにはバレバレ? 私ってそこまで分かりやすい?

 



 そんな疑問が頭の中をグルグルと巡る、廻る、回る――




「確かに霧生はいい奴だ。だけどあえて一つ聞きたい、水鳥さん、君は霧生のどこがいいんだい? 俺の何が駄目なんだい? 何があいつに劣っているっていうんだい?」




「劣っているかいないかなんて問題じゃない、どこが? そんなの全部に決まってるじゃない、私はあいつという存在全てをひっくるめて好きなの、私にはあいつが必要なのよ」




 城嶋君の質問に棘のある物言いに、私は少しカチンと来てしまい半ば勢いで答えた。



 だが、勢いで答えようとも、いえ、勢いで言ったからこそなのか、とにかくそれは私の本心だった。



 真面目なあいつが好きで、努力家なところも好きで、お人よしなところが好きで、優しいあいつが好きで、あいつの笑顔が好きで、あいつの雰囲気が好き――ほら全部だ。



 だからこそこれだけは胸を張って言える。



 私にとっての全は、居るのが当たり前で、そして同時になくてはならない、そんな存在なのだ。




「…………そこ……まで」




 晴々とした表情の私と、私の告白を聞いて気落ちした雰囲気で呟く城嶋君。



 落ち込んだ彼には悪いけど、こればかりは譲れない事実なのだから仕方がない。




「そ、これで満足かな? そういう訳だから城嶋君とは付き合えないよ、ごめんね」




 俯いた城嶋君は黙ったままだ。もう話すこともないのだろう。



 気まずいが丁度いい、私は我が家に帰るため、城嶋君へと背を向けた。



 私はあらためて自分の気持ちを再確認する。



 城嶋君には悪いがとてもいい気分だった。



 あいつに面と向かって、それを告げる事は難しいだろうけど――




「は、あはははっ、そこまで言うなら俺は何も言わない!! だけど、あいつは案外器用に何でもこなす、それこそ他人の手を借りずとも済むくらいにな!! あいつが必要だと言ったな水鳥さん――――」







 ――――次の瞬間発せられた城嶋君の言葉を耳にするまではだったけど。

 





「――――だけど、こう考えたことはないかい? あいつは! 霧生は! 君の事を――必要としているのかな?」




 瞬間、私は思わず歩みを止めてしまった。



 私の心臓はうるさい位に高鳴る。それはまるでそれを考えるなとでも言うように――――



 だけど、私は思ってしまった。



 私はあいつが必要だ。



 私はあいつがいないと、朝も満足に起きられないほどにあいつに依存している。

 


 だけどあいつは、全は――――どうだろう?








 ――――あの子は私を必要としているのだろうか?








 思考をカットすることが出来ない。







 ――――あいつは毎朝一人で起きられる。







 考えるな!







 ――――夏休み、あいつは一人で勉強していた。







 考えちゃダメ!

 






 でも、でも――あいつはいつも自分の問題は自分で解決してしまう。



 それこそ、私たちの助けなど必要ないとでも言うように――――







 ――――あいつは私という人間を、必要としてくれるのだろうか?







 ドクンッ!! と、私の心臓はこのとき、この日一番強く脈打った。



 それと同時に私は駆け出していた。










「――――くそっ、こんなことが言いたかったわけじゃないのにっ!! いつから俺はこんなに性格悪くなったんだ……――――」








 

 背後から誰かの声が聞こえた気がしたが、最早それに思考を割けるほどの余裕など、私にはなかった。



 とにかく今私の思考を占めるのは、”あいつにの傍に行きたい”というただそれだけの想い。




 ――確かめたい――答えが欲しい。




 急にわきあがってきた願望が、私を急かす、一分でも早く、一秒でも早く、瞬き一回する時間すらも惜しく思えた。

 



 ――――とにかく早く




 私は、錆びた屋上の扉を必死に引き開け、あいつの姿を探すために階段を駆け下りていった。





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