◆灯台ふもと--SceneⅢ 霧生家と水鳥家の魔法
「――――痛感断絶――――」
対峙する一葉ちゃんから、僕は目をそらすことなく、それでいて彼女に聞こえない程度に、その言葉を紡いだ。
これはここ最近、僕は一葉ちゃんとこのゲームをする際に限らず、家で父さんに継続魔法の特訓をする際にも紡ぐ言葉。
僕の家計に代々受け継がれる継続魔法は、一言でいえば”僕自身の体、もしくは、身体と密着している物質に対する、力の流動と振動、衝撃を感知及び操ること”だ。
これを聞くだけなら何のこっちゃと思うかも知れない。
え~っと、つまり……分かりやすく言い表すならば、僕の体は”衝撃蓄電池”なわけだ。
衝撃と言えば、様々な事態に発生する二次的な力。
爆発後に起こる「衝撃」、物を殴りつけた「衝撃」、地面を自分の足で思いっきり踏みしめた際、自分の足に跳ね返ってくるその力もまた”衝撃”である。
そう、”振動や衝撃”とは日常生活、もっといえば人間の挙動隅々に至るまで、それは発生しているわけだ。
通常それらは、発生してすぐに四散してしまう――当り前の現象であり、自然の摂理とも言い切れることだろう。
だが、僕の家系に限りその限りではなかった。
僕の体は先ほども言ったが”衝撃蓄電池”、つまり僕の体に加わる”衝撃”に限るのだが、それらは僕自身の意志で、僕自身の体に、正確には僕の魔力に練り込むことができるのだ。
そしてそれらは、僕の意思により、そのまま”衝撃や振動”という形で、もしくは”力の流動”という形に変換し、好きに使う事が出来る。
自然の摂理を捻じ曲げ、衝撃を自由自在に操る力。
魔法の名前は、全に至る為の衝撃
それが、”霧生家”の継続魔法である。
だが、この魔法はそれを使う際にかなりの”反動”が発生する。
地面を思いっきり踏み締めれば、跳ね返ってきた衝撃によって、足はしびれてしまう。
――それと同じだ。
それ故に、その反動に耐えるためこの魔法を受け継ぐ者は代々、大柄で、なお且つ強靭で柔軟な筋肉を備えている者がおもだった。
僕の父さんをみて貰えば、それは容易に納得できることだろう。
僕自身母さんに似てちんまい見た目だが、それにかかわらず体の性能は驚くほどにハイスペックであったりする。
学校の体育テストなど簡単に”A”の判定が取れてしまうほどのものだった。
実際お医者さんの話を聞く限りでは、常人の二倍近くの筋肉密度をしているとかどうとか――
昼間修司君の頭を締め上げるのに発揮した握力は、その片鱗なわけである。
――話を戻そう。
呟いた言葉――――痛感断絶――――この言葉自体には魔法的な要素はない、これはただ単に呟いているだけの言葉。
しいて意味を持たせるとするならば、自己暗示のためのスイッチとても言うのが適切なのだろうか?
これはとういと、何というか……気がついたら使えるようになっていた。と、いうほかない。
僕の体の性能がハイスペックであることは、今しがた説明したと思うが、僕の体はただいま成長期だ。
僕の膝や関節は、歩行でさえ痛みを訴えるほどに、まだまだ成長段階。
ハッキリ言って、しっかり成長しきっていない僕の骨格に、この筋肉繊維の密度はバランスが全然取れていない訳だ。
まあ、解りやすく言うならば――ロケットエンジン積み込んだ乗用車。
調子に乗って速度を出せば、車体の方が耐えられないと――なあ、そういうこと。
つまり、素の状態で魔法を使おうものならば、関節が軋んで物凄く痛いのだ――
でも、魔法の特訓自体は、避けては通れないものだった。
何せ我が家の魔法は、基本的に自分の体を基準として使用するため、失敗でもしようものならば、そのフィードバックは否応なしに僕自身に襲いかかってくる。
―― 一度大失敗をして、自分のため込んだ衝撃で、自分の内臓を押しつぶしそうになった事がある。
その時は激痛でのたうちまわり、盛大に吐血して大騒ぎになった――嫌な思い出でだ。
とまあ、そんな訳で、僕は痛む体を無視して、力を操り続けてきたのだけれど――
人体とは不思議な物で、定期的に不具合があればそれを排除しようとするらしい。
結果、僕はいつの間にか、僕は自分の意志で自分の痛感を、つまり”痛み”を遮断できるようになっていたのだ。
「いっくよっ~~!!」
一葉ちゃんが名乗りを上げた。それはゲーム開始の合図だった。
ゲーム自体何も難しいことはない、言うなれば鬼ごっこの亜種のようなもの。
鬼が僕で、僕が時間内に一葉ちゃんにタッチできれば、僕の勝ちとなる。
逆に、僕から逃げ切れば一葉ちゃんの勝ちだ。
説明するだけならば、普通の鬼ごっこと何ら変わりはないのかもしれない。
だが――――そのスケールは一般を大きく凌駕する。
「ッ!!」
僕は一葉ちゃんの視線の変化に気が付き、咄嗟に真横へと飛び退った。
刹那、僕のいた所の地面が、派手な”衝突音”とともに陥没する。
まるで大質量の何かが、僕を押しつぶさんと空より舞い降りた――――そんな感じだ。
しかし、避けたその場所へと視線を向けてみても、そこは陥没しているだけで、やはり何の実体もない。
それは、一葉ちゃんの使う魔法では当たり前のことだった。
「よそ見してていいの? 次いくわよ!!」
一葉ちゃんの声を聞いて、僕は一葉ちゃんへと視線を固定し、一気に走りだす。
後方で何かがぶつかる音が聞こえてきたが、今度はスルー、そろそろ一葉ちゃんにだけ意識を向けていないと、容易に吹き飛ばされてしまう。
僕は一葉ちゃんと一定の距離を置き、円運動の軌道を描くように走った。
それは一葉ちゃんの視界から外れ、なお且つ近づくための行動だった。
一葉ちゃんの継続魔法は、僕と同じく”衝撃”を操る力だが、僕とは明らかに違う力だった。
一葉ちゃん曰く”認知する空間における振動と衝撃の感知と生成”であるらしい。
つまり一葉ちゃんの力はというと、自分が視界に収める範囲内ならば、自分の魔力を”衝撃”という形で、その空間内に顕現させることができるということだ。
先ほどの一動は大方僕の”頭上”から衝撃を落としたのだろう。
認知できればどこにでも”衝撃”を加えられる力、聞くところによれば物質内部に衝撃を顕現させることは無理らしいのだが、それができずともすごい力だと常ずね思う。
自分の体に貯め込んだ”衝撃”を扱う事が出来る僕、見える範囲に”衝撃”をぶつけることができる一葉ちゃん。
ともに扱う力は同じなのだけど、優位性は圧倒的に一葉ちゃんにあった。
僕が今まで一度も、この鬼ごっこモドキで勝てたことがないのは、そのためだ。
「いくら頑張っても無駄よ、ほらほら!!」
「ッッ!!」
僕は必至に一葉ちゃんの後ろに回り込むも、一葉ちゃんはすぐさま振り返り僕を見つめてくる。
そもそも優位性が違いすぎる。
今一葉ちゃんとの間の距離は大体十五メートル、僕は螺旋の軌道を描きながら彼女に近づくも、彼女にとってすれば顔と視線を動かすだけなのだから。
ゴウッ!! と三度目の衝撃。
今度のそれは僕の眼の前より発生し真っ直ぐこっちに向かってきた。
空間が歪んでいるのがよく分かる、迫りくる衝撃波、避けることはできそうにない。
「拙いっ!?」
咄嗟に腕で顔をガードする。そして直撃――――
僕の体は情けないほどあっけなく空中に投げ出された。
身体にぶつかったてきた衝撃を出来る限り体に取り込み、余剰分は放出するようにして空間中に散らす――
彼女の力が”衝撃”である為、気をつけていれば、僕にはダメージに成りえない。
これが出来なかったら――考えるだけで恐ろしい。
が、逆に僕がこれを出来るから、このゲームは今日まで続いてきたのだ。
僕は、空中で何とか体制を整え無事に着地を果たし、再び開いた空間を埋めるため、再び走り始めた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「やあああぁぁ!!」
「ハイ残念」
あいつは相変わらず、私に必死になって向かってくる。
”これ”をするときはいつもそうだ。
そんなあいつを、私はというと腕を薙ぎ、腕の動きとリンクさせるように発生させた”衝撃波”によって吹き飛ばす。
その衝撃波はちっこいあいつの体を容赦なく飲み込み、容易く後方へと吹き飛ばす。
「っと!」
だが、吹き飛ばされたあいつは、今回もうまい具合で空中で体制を立て直し、そして着地。着地後にはまた凄い速さで走り始める。
ここ最近、またあいつのスピードは上昇したようで、その姿を偶に見失うことがある。
でも、それでも私はあいつという存在は見失わない、今もほら”空間の振動”があいつの位置を教えてくれる。
今は……私の右後三十二度、十三メートル後方。
私の継続魔法には”空間の力の流動の感知”も含まれている。
つまり、目で追わずともあいつの動きは始めからまるわかりなのだった。
私は、力の流れに身を任せ、体制が崩れぬよう注意しながら振り返り、真剣に、愚直に、私へと迫りくる幼馴染の姿を直視した。
私の瞳は、幼馴染――霧生 全の姿を捉える。
真っ直ぐ私を見返してくる全、その顔は何時になく真剣で、それを直視した私は先ほど全に聞かれた質問の内容を再び思い出した。
――――どうして一葉ちゃんの志望校は僕と同じ所なの?
あの時は気恥ずかしくて答えることはできなかったが、その質問の答えは一つ、単純でいて明快。
――でもだからこそ言えない。
……――あんたが志望してるからなんて言えるはずがないじゃない。
そのたった一つの回答を私は胸の中で密かに呟き、思わず頬を赤らめてしまった。
「~~~~~~!!」
気恥ずかしさから、私は半ば八つ当たりに近い威力の”衝撃”を全にぶつけることにする。
全はというと、その規模の大きさに小さく呟きを洩らしながら、再び吹き飛ばされていった。
あいつは”衝撃”という攻撃で怪我をすることがないから出来ることなんだけど。ちょっとやりすぎてしまったかも知れない、少しだけ反省。
でも、そう思った矢先、全はやっぱり何事もなかったかのように動き出した。
そんな全に私は少しだけむっとする。
あいつは私の魔法に対し、さんざん、やれ卑怯だの、やれ反則だのといちゃもんをつけてくるが、はっきり言ってそれは私の言葉だった。
何せ、私の攻撃はあいつに通用しないのに、あいつの攻撃には私自身、対する術を持ち合わせてはないのだから。
私の魔法は”認知する空間における振動と衝撃の感知と生成”だ、だから、全のように”物体や自分の体に対する衝撃”を操ることはできない。
つまり、あいつにゼロ距離、密着状態で衝撃を直に打ち込まれたら、私に為す術はない。
私の継続魔法、一の欠けた衝撃はそういう力だ。
だけど、対する全は、私がいくら衝撃を命中させたところで、それは”全の体に対する衝撃”となってしまうわけだから、コントロール可能。
決定的な差だと思う。
だからこそ、私たちのこのゲームには”時間制”という条件のほかに、全の勝利条件を”私にタッチすること”と定めているわけだ。
……そのルールがなかったら、私が今まで”負け無し”でいられるわけがない。
「隙あり!!」
「そんなものは御座いません」
吹き飛ばす。
「これでどうだぁ!」
「はいはい、無駄無駄」
吹き飛ばす。
「まだまだ!!」
「どうも、お疲れ様」
吹き飛ばす。
全を吹き飛ばしながら、密かに腕に巻きつけてある腕時計の時間を確認する。
常時付けているものじゃない、これは先ほど荷物をうちに置いて来る代わりに持ってきたもの。
時間としてはそろそろ半分が経過しようとしていたところだった。
それを確認して、また再び私は視線を全へと戻す。
あいつの様子は変わらない、やはり私だけを見ていた。
時々その愚直さがうらやましくなる。
そもそもこのゲームのルールは私の攻撃に意味がない事に腹を立てた私自身が仕掛向けた。私に圧倒的有利なものだ。
それなのに全はあきらめることなく、私へと向かってくる。
それはまるで儀式でも行うかのように――――
勝てないのに、よしんば勝てたところで、それには何の意味もないのに、それでも向かってくるその真っ直ぐな姿勢と視線。
それのせいで私は、今日言われたあの言葉を再び思い出してしまった。
主人公はプチヒュペリオン体質