◆灯台ふもと--SceneⅡ 一般魔法と継続魔法
突然だが、僕と一葉ちゃんは継続魔法持ちである。
魔法――それ自体、ずっと昔から伝わる古の御技――――かと思いきや、実は必ずしもそうではない。
確かに古いものもあるが、最近でも日進月歩の勢いで進歩し続ける技術の一つ。
そう、魔法の一部は、僕たちの日常生活に割かし深く関わっているものだったりする。
日常に溶け込んでいる魔法というのは、解りやすく表現するならば”知識の塊”。
ヒトが持ちえる”魔力”という力を動力とし、構築した術式へとそれを注ぎ込むことで顕現する。
魔力という力自体は、ヒトの生命力により具現化するものだ――――と、まあそれだけ聞けば、まるで文字通り命を削っているような感覚にとらわれ、聞こえが悪いかもしれない。
――が、実はそれほど重々しいものではなく、簡単に説明するとすれば精神力と体力をミックスしたようなものである。
それ故にヒトならば誰しもが生み出すことが可能であり、つまり魔法とは、言うなれば誰しもが使える力なのである。
その証拠といっては何だが、街中を見渡してみれば、それは結構頻繁にお目にかかれることだろう。
一番身近に存在する術式としては、“ライター程度の火が出せる魔法””喉を潤せる程度の水を生み出せる魔法””擦り傷程度の治癒魔法”等があげられ、これらにはきまった術式が存在し、誰でも努力次第で習得できるものとなっている。
それ故に、この、”誰にでも努力次第で習得できる魔法”は”一般魔法”と呼ばれ生活に浸透しているわけなのだ。
そして、この魔法の一番の特徴は、知識、技術として習得せずとも、お店で”錠剤”として買えてしまうということだろう。
――原理は割かし簡単。
そもそも魔法の習得は、一定の術式を知識として脳内に取り込み、その術式に己の魔力流すことによって魔法が発動する。
習得した魔法と、販売されている魔法の違いを上げるとすれば、その術式を知識としてではなく”物質”として体内に取り込んでいるだけのこと。
つまり物理的に取り込んだ魔法術式に、己の魔法発動意識が反応し、自動的に己の魔力を消費して魔法を使えるようにするわけだ。
だったら魔法を覚えたいのなら、わざわざ知識として魔法術式を覚えこまずとも、売られた魔法錠剤を飲めばいいじゃないかという話になってくる。
実際、最も簡単な魔法――例えば、“ライター程度の火が出せる魔法”を例に挙げてみよう。
その魔法の術式は、文章量としても結構な量 (確かだが魔法文字にして二百文字程度)であり、それを完全に記憶し、文字一つ一つの意味を理解して、さらに文体の構造を理解しないと使えない。
それが魔法だ――
ハッキリ言わずとも厄介なものである。
そのため純粋に魔法を習得している者となると、実際に魔法を使用している人たちの中では、ごく少数になってしまうのが現状だった。
だが、一見便利に見える魔法錠剤にも落とし穴があったりする。
それは魔法錠剤には効果継続時間あること、すなわち期間限定でしか使えないことが一番の理由としてあげられる。
期間は個人差はあるものの大体一カ月前後であるらしい。
この一カ月前後というのも、日進月歩で進歩し続ける現在の技術の最新の成果だ。
まあ、その理由は考えてみれば簡単な事。
そもそも魔法錠剤は、循環系の機能が数多く存在している人間の体内に”物質”と言う形で魔法術式を展開するのだ。
故に時間が経つにつれて、術式が劣化してゆくのはどうしても逆らえない事。
そして、それは恐らく今後も解決することのできない問題だろう。
さらに、魔法錠剤の欠点――魔法錠剤は単価が高いのだ。
考えても見てほしい、“ライター程度の火が出せる魔法”を千円出して買うのと、百円ライターを買うのとではどちらが経済的だろうか?
確かに、”身体の任意の場所から火を出す”というその行為自体には、僕自身少しだけ憧れはするけれど、それでも一か月の使用期間。
それに比べ百円ライターならば値段も安いし、下手をしなくても一か月以上は使えることだろう。
よほどのヘビースモーカーでなければの話だが……
そんなわけで魔法というのは、はっきり言ってかなり使い勝手の悪いものだった。
だがそれでも、これだけ使い勝手の悪い魔法という技術は、衰退することなく、今も現代に深く根付いている。
その原因は一重に、人間が”魔導科学”という、新しい分野を開拓したいと考えているからに他ならない。
”魔道科学”――それは簡単に言ってしまえば、電子的、機械的、そういった所謂”科学の結晶”とも言うべき機械装置の原動力を魔力という力で賄おうとする取り組みだ。
魔力という力はクリーンでありながら、力への変換効率が頗る良い。
つまり、魔導科学とは魔力を次世代のエネルギー資源として確立できないかというのが大本の礎となっている。
しかしながら、魔力という力は人間の精神力と体力の具現、つまりあくまでヒトのみが生み出せる力であり、科学的に生み出すことは未だ成功していない。
それどころかヒトの身以外で魔力を保管することすら成功してはいないのだった。
とりあえず、”魔道科学”の課題は”魔力電池”を作ることなのだろう。
――――――閑話休題
大幅に話がそれてしまったが、そろそろ本題に戻すことにしよう。
今まで説明したのが世に言う”一般魔法”に関する説明だ。
だが、世界にはもう一つ、昔から伝わる古の御技である魔法も存在する。
それ即ち僕たちが持つ”継続魔法”であった。
継続魔法は、その名の通り単一の家系、一族に脈々と受け継がれる、その家系、一族固有の魔法の総称だ。
この魔法は知識として覚えるわけではなく、体の細胞、DNAのレベルで基本術式が体に組み込まれている。
そして、この継続魔法はというと、現代社会においては畏怖の対象であった。
その理由は単純にして明快、継続魔法は一般魔法に比べ殺傷能力の段違いに高いものが多いからである。
故に僕たち継続魔法持ちの人間は、その事実をおいそれと口に出したりはせず、基本的にひた隠しにするのが主なのだった。
隣人が自分たちを容易く傷つける術を持っている。
――それに気がついたら、気が付いてしまったものは、普通ならばおびえずにはいられない筈だから――
いらぬ混乱は避けるべし――それが僕たち継続魔法持ちの暗黙の了解だった。
だが、今この時、僕たちの訪れたこの場所は”人が訪れることのない秘密の場所”である。
つまり、自分の家以外では、唯一この場所のみが僕たちが大っぴらに魔法を使う事が出来る場所であった。
それ故に、互いの継続魔法の特性を知っている僕たちは、何時からかこの”人のこない場所”で、魔法を使い、”人のいる場所では出来ない遊び”をするようになったのだ。
何故これをするようになったのかは、ハッキリ言ってよく覚えていない、初めはじゃれあい程度の営みであったそれに、自然に細かいルールができていったと、その程度のもの。
魔法の練習が発展していつの間にかゲームになったのだ。
そして、未だかつて僕は一度もこのゲームで一葉ちゃんに勝てたことはない。
だが、今日はどのような動きをしよう、どのようにすれば上手くいくんじゃないか、こうすれば勝てるかも知れない。
そう考えながらこのゲームに挑むのは、僕の数少ない楽しみの一つであるということに間違いは無かった。